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シリル君からのプロポーズ
しおりを挟む私はアルフォレさんの言葉を聞いてから、仮の器に入れる今のうちに旅に出て、自分の器を見つけることを考えてみたけれど、やはり答えは同じだった。
旅に出ても、自分の器があるのかさえ分からないのだ。器のない幽霊という可能性だってある。もしも見つからなかった事を思えば、少しでも長くシリル君といられる今の生活を続けたい。
私は春にはシリル君とお別れになる事を告げなければと思いながらも言えずにいた。
そんなある日、シリル君は何を思ったのか、私に自分の生い立ちを語り始めた。
「俺にはユリが、この世で一番大切な人だ。だから俺のことを知っていて欲しい。俺の家族の事や、大切な人たちの事。聞いてくれるか?」
(もちろんよ。あなたのことなら、なんでも知りたいわ)
私はシリル君の膝の上に乗り、話を聞く体制になった。
◇◇◇
俺の母親は薬草師だった。ある時母は、薬草を摘みに入った森で、猟師に動物と間違われ、猟魔銃で撃たれたエルフが倒れているのを見つけた。
母は、そのエルフを森の小屋に運び込み、薬草治療をしながら介抱してやった。少しずつ回復したエルフは母の優しさに感謝し、接するうちにお互いが愛し合うようになったんだ。
だが、エルフとの交際など認めてもらえるはずがないと、両親に言えないまま付き合って、俺を身籠ってしまった。
日ごと膨らんでいくお腹を隠しておけなくなり、両親に告げたのだが激怒され、父親であるエルフとともに生まれ育った村を出ることになったそうだ。
薬草師ということで、いくらか医術的な知識もあったおかげで母は見知らぬ街で出産をした。しばらく自分で貯めていたお金を潰すように暮らしていたが、そんな生活は長く続けられなかった。
エルフである父親も、何とか働いてお金を稼ごうとしたが、エルフであるというだけで口も聞いてもらえず職を探すのは諦めた。
ふたりは幼い俺を抱えてエルフの森に行き、自給自足の暮らしをした。エルフたちは乳飲み子を抱えたふたりに手を貸してはくれたが、人間である母には冷たかった。
そんな生活の中、母は孤独に苦しむようになり、母が病んでしまう前に父は俺たちとの別れを決断したんだ。
母はまだ幼い俺を連れてエルフの森を出た。薬草を摘んでは売って食い繫ぐ日々。しばらく放浪したが、エルフのハーフの子供を連れた母子を受け入れてくれる安住の場所はなかなか見つからなかった。ある村に到着すると母は、旅の疲れと心労で、ついに倒れてしまったんだ。
倒れた母を、どうして良いかすら分からず困っていた俺に、小さな女の子が声をかけてくれた。
「お兄ちゃ、どしたの?」
くりくりの目で話しかけて来た、おれよりずっと小さな女の子に、俺は情けなくも泣いて縋ってしまったんだ。
「お願い!助けて。母さんが倒れたんだ」
すると女の子は大きく頷いて、
「だいじょぶだよ、すぐジィジ呼んで来るからねっ!待ってて!」
まだしっかり言葉も紡げない程小さな女の子は、一生懸命走って村長を連れて来てくれたんだ。
村長はエルフの色を纏った俺を見て、一瞬目を見開いたが、「さぞかし苦労して、ここまで来たのだろう」と言って、母親を抱き上げ自分の家に連れ帰ってくれた。
それからの母は床に伏せがちだった。俺は世話になっている村長さんに、少しでも恩をお返しするため、母から教わった薬草を摘んでは売り歩いた。
最初のうちは、エルフの色の俺から薬草を買ってくれる人はなかなかいなくて、途方に暮れていたんだが、小さな女の子ーーリリアがいつも付いて来て、可愛らしく宣伝してくれるものだから、少しずつ買ってくれる人が現れた。
不思議なんだが、リリアは俺の髪や瞳の色をとても気に入っていて、誰かから悪口を言われても、リリアが必ずこの色は醜くなんかない、大好きな色できれいだと励ましてくれていた。
そんな優しい村長さんと孫のリリアと暮らして月日は流れた。母が亡くなった時、ひとりぼっちになってしまったと感じずに済んだのは、俺にとってふたりが本物の家族になっていたからなんだ。
そこまで言って、シリル君はココアを飲んで一息ついた。
「メイベル様に入ったユリも、俺の髪や瞳をきれいだと言ってくれたことがあったよね。この世界に、ふたりも俺を受け入れてくれる女性がいるなんて、今でも不思議な気がするんだよ」
(そのリリアさんて人は、寝たきりの病気か何かなの?)
「俺が学園に入る一年前に、街で出稼ぎをしていたご両親の元へリリアが行っていた時、馬車の事故に遭いご両親は亡くなり、リリアは意識不明の重体になったんだ。身体には傷ひとつないんだが、意識が戻らず植物状態で。今も眠り姫のように眠っているんだ。もう3年になるから、これ以上長くなると延命は厳しいと言われてる」
(そうなんだ、シリル君の大切な人だから、早く良くなるといいわね)
私が消えてしまう運命なら、代わりにリリアさんが蘇ってシリル君を支えてくれるといいのにーー。
私はその話を聞いて、自分と同じように、シリル君の色を好きだと言ったその人になら、シリル君を取られても構わない、と思った。
そうだ、私、そうしよう。
アルフォレさんから出たら、リリアさんに会いに行く。
リリアさんの眠りを覚ますんだ。
場所は一度行ったことがあるから知っている。
私が消えてなくなる前に、シリル君にしてあげられる最期の事はこれだと思った。
私がそんな事を考えているのに、シリル君は全く違うことを私に言った。
「ユリ、そんな訳で俺にはふたりの家族がいるんだ。俺は平民用の魔具を開発したら、その売り上げで村長とリリアを養っていきたい。そして、できるなら、ユリを俺の妻にしたいと思ってる。学園を卒業したら、村に帰って研究を続けるつもりだ。ユリ、その時は一緒に来てくれるかい?」
私は言葉に詰まってしまった。
行きたい、一緒に行きたいよ……。
だけど私には時間がない。
(ありがとう、シリル君……。嬉しいけれど、こんな姿の花嫁じゃ、格好つかないでしょう?)
私は冗談っぽく返事をしてみせた。
「ユリがどんな姿でも構わない。もしも、ユリに器がなかったら、俺は風と結婚しよう。だから覚えていて。一生、俺の愛する人はユリだってこと」
思いがけないシリル君からのプロポーズに、私は悲し過ぎて泣きたかった。泣きたいのに犬だから、声を出して泣くことも出来ない。
(シリル君……ありがとう……)
私はプロポーズの返事の代わりに、ただお礼を言うことしか出来なかった。
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