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別れの予感

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楽しかった学園祭が終わると、また静かな日々の繰り返しだ。

秋が深まり、センチメンタルな気分になることもあるけれど、私はこんな静かな日々こそ幸せを感じるのだ。

暖かいココアの香りが立ち込めている。私も飲みたいけれど犬には飲めない。

シリル君は、ココアを飲みながら、勉強机に向かい黙々と学問に励んでいる。

私はシリル君が構ってくれるととても嬉しいけれど、こうしてやりたいことに打ち込む彼を、ただ傍で静かに見守っているのも好きなのだ。

自分でも、なんでこんなにシリル君が好きなのかと不思議に思う事がある。

相変わらず自分の器を探す術もなく、シリル君と離れがたいため、旅に出ようとも思わない。

この先、器のない私がどうなるのか不安になることもあるけれど、自分が消えてしまう瞬間まで、シリル君の傍にいられたら、と思う。


私はシリル君が作ってくれた犬用ベッドに丸まって、シリル君を静かに見つめている。

ふと、シリル君が鉛筆を動かすのを止めた。

振り返って私を確認する。
目が合うと、にこりと微笑んでまた勉強に戻った。

勉強に集中しながらも、時折こうやって、私を気にしてくれる。
肩や目が凝ると、身体をほぐすため立ち上がり、腕を回したり身体を屈伸させたりする。その後私の元へやって来て、わしゃわしゃと私を撫で回し、優しい瞳で見つめてくれる。

私はとくに念を送ることもなく、静かに尻尾を揺らして応えるだけだ。


朝夕は赤や黄に染まった風景を楽しみながらのランニング。

なんて穏やかで幸せな日々。

いつまでも、この幸せが続けばいいのにーー。

私は深まる秋のように、深く深くシリル君を想うのだった。



◇◇◇


短い秋も終わりに近づき、、早朝がかなり冷えるようになって来た。

私は一層シリル君にくっついて、朝の微睡みを楽しむ。

「おはよう、ユリ。朝が寒くなってきたね。布団から出るのが少し辛いな」

シリル君はそう言って私を腕の中に抱き込んだ。

「うん、あったかい」

シリル君は私を抱きしめたまま、布団から起き上がった。

片腕に私を抱いて、窓のカーテンを開けていく。外にはうっすら霜が降りていた。

「もう、じきに冬がやってきそうだ」

シリル君はそう言うと、私を犬用ベッドに下ろしてベッドの布団をきれいに畳んだ。

顔を洗い身支度をすますと、まずは私の食事を用意してくれる。
その後自分の簡単な朝食を取ってお散歩だ。

(シリル君、ごめんね。お散歩があるから早起きしなきゃならないね。冬は私ひとりで行って来れるよ?)

寒い朝に、早起きさせることが申し訳なくて、私はシリル君に言ってみた。

「冗談じゃない。ユリとの楽しいランニングの時間を奪わないでくれ。俺は村にいる時から早起きして農作業を手伝っていたから、こんなこと、何でもないんだよ」

そう言って私の頭を撫でた。

私はこの姿では、食事を作ってあげることも、取れかけたボタンを付け直してあげることも出来ない。

今更だけど、世話ばかりかけて、なんだか申し訳ない。

「ユリ、今、良からぬことを考えただろう?」

(えっ、今の意識が伝わってた?)

「いいや。だが、ユリの考えそうな事は大体わかってきたからな。俺に世話ばかりかけていると落ち込んでいるだろう?」

(うっ…… )

シリル君には何もかもがお見通しみたいだ。

「ユリは自覚がないだろうが、俺はユリにたくさんのものをもらっているんだ。村から出て、下宿して、貴族が通う学園に通って孤独だった俺に、ユリは愛情、ぬくもり、優しさ、癒し……本当にたくさんのものをもらったと感謝してる。俺がこの程度の世話をしたくらいじゃ、返せないくらいのものをもらってる。だから、そんな風に思うのは止してくれないか」

それを言うならシリル君だって。私に愛情、ぬくもり、優しさ、癒し……いっぱいくれているからおあいこなのに。

でも、私はそれは胸に閉まってお礼を言った。

(ありがとう、シリル君)

シリル君は私の頭をひと撫ですると、さあ、走ろう!と駆け出した。

散歩が済んで、シリル君は学園に向かった。



◇◇◇


最近の私はなぜか気分が沈みがちで。シリル君にも気を使わせてしまったと反省していた。もともと寒い冬が苦手だった記憶があるからかな。

私はぼんやり部屋の中からシリル君が歩いて行った道を眺めていると、久しぶりにアルフォレさんの声が聞こえて来た。

〈お前さん、もう少ししたら、わしに体を返してもらうぞえ。この冬が済んで、春を知らせる花が咲いたらわしは森へ帰らねばならぬから。その後のこと、今から考えておくがいい〉

今まで影に徹してくれていたアルフォレさん。どうしたのかな?

〈春になったら番を探して子孫を残さねばならぬから。希少種ゆえ、重大な任務でもあるのじゃ」

アルフォレさんって、年寄りっぽいもの言いだけど、何才なんだろ?

私がなんとなく思っていると、それが伝わってしまったようだ。

〈失礼な。わしはまだ若い。話し方はただの個性じゃ。人間の感覚とは違うのじゃ〉

なんとなく、神さまっぽいから、若くてもそんな喋り方なのかなぁ。

〈神ではないが、わしは霊性が高いと言っただろう。そこらへんの生き物より高貴な生き物なのだ〉

だよね。だから私とも一緒に器に入っていられるし、テレパシーのコントロールまでできちゃうんだものね。

〈こんなことは、誰でもできるわけじゃない。お前さんとは相性と、お前さんの彼への執念のようなものがこの奇跡的な状況を許したのだと思う。だがな〉

アルフォレさんは少し間を置いてから続けた。

〈魂が本物の器から出ている時間が長すぎて、少しずつお前さんの魂が透けて見えるようになっている。おそらくわしから抜けたら、もう仮の器には入れんだろう。……悪いことは言わん。今からでも旅に出て、自分の器を探した方がいい。このままではお前さんは消滅してしまうやもしれんぞ〉

私はアルフォレさんの言葉に、
最近気分が沈むのは、彼との別れの予感を自分でも感じていたからなのだと自覚したーー。



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