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どんな姿でも、君を愛す〜シリル視点
しおりを挟む俺はメイベル様が元のメイベル様になったのを知った日から、様々なものに注意を凝らした。
ユリが何になっているか分からないから。
もしも動けるものになったのなら、自分から会いに来てくれるだろう。
だから会いに来れない植物や、もしかしたら石ころなんかになっているかもしれないと思い、俺の第六感を研ぎ澄ませるつもりであちこちを見た。
俺に魔力があれば、もう少し見つけやすいのかもしれないが、そもそもメイベル様から出たユリを知らないから、ユリが魔力持ちかどうかもわからない。だからどのみち魔力を追うこともできはしないのだけど。
でも、ユリならきっと近くにいてくれる。そう信じて毎日を過ごした。
気長に探すつもりではいるのだが、
ユリに会えなくなって一週間も経つと不安になってきた。
もしもこのまま見つからなかったら。
ユリの存在を感じることさえできなくなったら。
俺は悪い方に思考が向くとたまらなく苦しくなり、ユリにまた会いたいと強く願った。
そんなある日、いつものように学園からの帰り道、いろいろなものを見ながら歩いていると、一陣の風が吹いた。俺の髪を撫でるような微かな風。
もしかして、器が見つからなかったユリなのでは?と切なく思った。
いいや。きっとまたユリに会える。
簡単に諦めたりするものか。
俺は目の前に咲く、小さな草花に声をかけた。この花がユリならいいのに、と願いながら。
すると、不思議なことにその草花が不自然に揺れた。
「ユリなのか?」
もう一度問いかけるとまた不自然に花が動く。
間違いない。これはユリだ。
俺は嬉しさのあまり、このままユリと離れたくなくなった。
下宿先のおばさんに鉢とスコップを借りて、ユリを自分の部屋に連れて帰った。
会話は出来ないけれど、何となくユリが元気なのがわかる。
きっと俺に会えたことを喜んでくれているのだろう。ユリは花の姿になっても愛おしい。
俺はこの一週間、会えなかった寂しさを埋めるかのようにユリに話しかけ、大切に世話をした。
夜は少しでもそばにいたくてベッドサイドのテーブルにユリを移動させて眠った。
しばらくすると、ユリが夜中に俺に念を飛ばして来た。
眠って意識が沈んでいる時はユリの思考が届くらしい。
直接会話が出来なくても、ユリの思いが分かるなら、こんなに嬉しい事はない。
俺は朝、離れ難くてユリにキスをした。
ユリが恥じらっている様子が見えるようで微笑ましい。
授業が済んだら急いで帰ろう、と思いながら学園に向かった。
◇◇◇
俺は急いで夕食の材料を買うと下宿先の部屋へ帰った。
「ただいま、ユリ」
いつものように窓辺にいるユリの元へ向かって声をかけた。
しかし……。
俺は愕然とした。
花が、枯れているのだ。
「ユリ⁈ ユリっ……!」
俺は懸命に花に声をかけるがユリを感じない。
「ユリ、どこに行ったんだ…… ⁈ 」
俺は悲しみに打ちひしがれて膝を落とした。
「ユリ…… 」
俺がユリの名を呟くと、ブゥンと羽音のような音が聞こえた。
顔を上げると、一匹のカナブンが部屋に入り込んでいる。
俺の顔の周りを飛び回る。
「ユリ、なのか?」
俺は手のひらを上に向けて広げた。
カナブンはその上にちょこんと止まる。
「良かった……。いなくなってしまったのかと思ったよ、ユリ」
俺はユリのために入れ物を用意し、湿らせた敷物を敷き木の枝を入れ、果物を入れてやった。
「カナブンなら、子供の時飼ったことがある。ここにいれば食事もできるし安全だろう?」
カナブン姿のユリは、その入れ物に入り、羽ばたきをしてお礼を言っているようだった。
俺は自分の食事をしながらユリに話しかける。
俺は、俺の事を聞きたいと言ったユリに、自分の今の状況を伝えた。
ユリのいなくなった学園でも、みんな以前の通りに接してくれているし、俺を心良く思わない人たちは相変わらずいるけれど、関わらないようにしているだけで嫌がらせや暴力などは受けていないから安心するようにと伝えた。
その後、シャワーを浴びてしばらく勉強をした。
そろそろ眠る時間だ。
俺はユリの入れ物をベッドサイドのテーブルに移動し布団に入った。
いつもひとりで眠っていたのに、ユリが来てから、こうして近くにいてくれないと安心して眠れなくなった。
「おやすみ、ユリ。また、ユリの話も聞かせてくれよ」
俺はユリからのコンタクトを楽しみに眠りについた。
◇◇◇
シリル君、今日は驚かせてしまってごめんなさい。
あの花は私の本来の器ではないのよ。寿命が近いと感じたからそこから出て他に入れる器を探したの。
長く器から離れると、天に登ってしまうから、自分の器が見つかるまで、仮の器を転々とすることになりそうなのよ。
どうせなら、シリル君とスキンシップできる犬や猫に入りたかったんだけど、私に気付いて威嚇されてしまったわ。
動物は私のような存在にも敏感に気づくから、弱っているか深く眠っているかしないと入れないみたい。
いろいろ当たってみたんだけど、動物はあまり深く眠らないからやっぱり入れなくてこんな虫になっちゃって……。
シリル君が虫嫌いで退治されたらどうしようってなかなか姿を現せなかったんだけど、ほんとは学校帰りからずっと肩に乗っていたんだよ。
数日間はこの姿でいるけれど、この虫の寿命は後ひと月もないから、またどこかへ移動することになると思う。
だから、もし私が消えても心配しないで。きっとまた、シリル君の元へ帰ってくるからね。
◇◇◇
「おはよう、ユリ。君のメッセージ届いたよ。俺は村で育ったから、大抵の虫や動物には免疫がある。だからどんな状態のユリでも大丈夫だからね。ユリ、好きだよ」
俺はユリが人型でないことが幸いし、まだ伝えた事がなかった言葉を恥ずかしがらずに伝えることができた。
ユリは俺の言葉を聞くと、入れ物から飛び出して、部屋中を高速で飛び回った。
「ふふっ。照れてる?可愛いね、ユリは」
たくさん回りすぎて目を回したのか、カナブンのユリがひっくり返ってバタバタしていた。
「おっと。いけない」
俺はそっと手で囲い、ユリを元の体制に戻してやった。
「ユリ、カナブンはひっくり返ってしまったら、自分では起き上がれないんだよ。バタバタしているうちに体力を消耗して死んでしまうこともあるから気をつけておくれ。外に出してあげたいけれど、虫には敵が多いから、ひとりで出歩くと食べられてしまうかもしれない。退屈かもしれないが、俺が帰るまで、大人しくここで待っていて欲しい」
俺がそう言えば、ユリは羽を羽ばたかせて了承の意を示してくれたようだ。
「それじゃあ学園に行ってくるよ」
俺はユリが心配で、今日も早く帰ろうと考えながら家を出た。
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