私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる

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私は草花

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私は今、メイベルの身体から抜け出てふわふわと浮かんでいる。

誰かの側を通れば、私のことは一陣の風が吹いたくらいに感じるだけだろう。

死ぬのは怖いと思っていたけれど、魂だけになるのって、こんなにも軽く、こんなにも清々しいんだな。

私は今、50前のおばさんでもないし、妖艶美女の貴族令嬢でもない。
とにかく自由なのだ。

私はこのまま、空高く舞い上がってしまいたい気持ちを抑え、人探しをしている。

(いたいた、私の愛しいシリル君!)

シリル君は今、下校の帰路を歩いているようだ。

私はシリル君の頬を撫でるようにくるりと回る。

すると、微かな風が起こり、きれいな銀髪が揺れ、頬にかかる。哀愁を感じさせる水色の瞳と相まって、彼を色っぽく見せた。

(やっぱりシリル君は良いなぁ、好き)

シリル君は、歩きながら、いろいろな場所に視線を移動させている。そして、河原の土手に咲く花に目を止めると、小さな声で話しかけた。

「ユリかい……?もしもそこにいるなら俺を呼んでくれないか?……君に会いたいんだ」

(シリル君が呼んでる……!私行かなきゃ!)

私はシリル君が見つめていた花に入り込んだ。花には複雑な感情がないからか、簡単に入れることが分かった。

少し、体を揺らしてみる。

(シリル君!見て!私、ここにいるよ)

「ユリ?……ユリなのか?」

私はもう一度、茎をくねらせ、花びらを揺らした。

「ユリ……!ユリなんだね?」

(そうだよ!私だよ!)

何度も体を揺らす。
一生懸命に揺らす。

「ああ……!ここにいた。俺の大切な人」

シリル君は愛おしそうに私を手のひらでそっと撫でた。

「ユリ、根っこから上手に掘り出すから、俺の部屋に連れ帰っていいかい?」

(きゃあ!シリル君と同居するの?行く行く!連れてって~!)

私はまた、一生懸命体を揺らして返事した。

シリル君は一旦下宿先に帰ると、管理人さんに鉢とスコップを借りて戻って来た。

「ユリ、じゃあ、こっちに移すからね?少し怖いかもしれないけど、慎重にやるから大丈夫だよ」

そう言って、丁寧に根っこを傷めないよう土を掘り、そっと鉢に移し替えた。

「帰ったら、水をたっぷりあげるからね」

シリル君は大切そうに鉢を抱えて部屋に戻った。管理人さんが、ただの草花じゃないかと呆れていたけど、シリル君は「この花が好きなもので」と気にせず笑った。

部屋に入り、私は窓辺に置かれた。

(今日からシリル君をここで眺められるんだわ、嬉しいな)

私は自然に体が揺れる。

「ふふっ。ユリ、元気だね?俺との再会を喜んでいる?俺も会えて嬉しいよ」

どうやら今の私には、時間の概念がないから分からなかったみたいだけど、メイベルから抜け出て一週間も経っていたらしい。器なしでよくあの世に行かなかったものだわ。

やたらと舞い上がりたい衝動に駆られたのだけど、多分そうしていたらあの世行きだったのかなぁ。

シリル君に執着してここにいる私は、本物の幽霊なのかもしれない。

そんな事を考えていると、シリル君が私に水を注ぎながら、学園の事を話してくれた。

キャロライン様が、ミレーユ様のお洒落にアドバイスするようになって、ミレーユ様の容姿が美しくなったと評判なことや、ドロシー様が私ことユーリとシリル君の小説の続きを書いてくれること、それからアーサー様が、3年になったらメイベルと同じクラスになりたくて、猛勉強していることなど。

(良かった。アーサー様とメイベルは上手くいっているのね)

シリル君は、ご飯を食べながら花の私に話しかけ、お風呂から出れば、「そこにいる?」と確認してくる。
私が揺れて見せると安心したように微笑んだ。


私はその日から、花の中でしばらく過ごした。けれど私から話が出来なくて辛い。
シリル君はクラスの事や授業の話をしてくれるけど、自分のことは語らない。私はシリル君の話が聞きたかった。

なんとか話が出来ないか試みていたある日、シリル君の睡眠中にコンタクトできる事が分かった。

(シリル君、私の声聞こえる?もし、聞こえたら、明日はあなたの話を聞かせて。私、大好きなシリル君のことが知りたいから)

シリル君は眠る時、私を窓辺からベッドサイドのミニテーブルに移動させてくれる。だから、シリル君の寝顔がバッチリ見えるので、彼が眠った時に念を飛ばしてみたのだ。

そして翌日ーー。

「ユリ、おはよう。ユリの声、聞こえたよ。声というのとは違うけど、思考が頭で響くみたいだ。ユリと少しでも、意思疎通ができるなんて夢みたいだ。話しかけてくれてありがとう。今日は帰ったら、俺の話を聞いてくれ」

そしてシリル君は、私を見つめ、問いかける。

「ユリ、君にハグが出来ないのが残念だ。代わりにキスしてもいいかい?」

私はめちゃくちゃ体を揺らしてOKした。

(全然OKだよ!シリル君!カモン!)

シリル君はクスリと笑って顔を近づけた。花びらにチュッと音を立てて優しくキスしてくれた。

(ひゃあ~~~っ/////// 幸せ~ )

私がモジモジしているのを感じとったのか、シリル君はまたクスリと笑って言った。

「じゃあ、行って来るよ」

学園に行くシリル君を見送って、私は考える。

花には簡単に入れたけれど、長く咲いていられない。

(そろそろここから抜けないと、花と一緒に枯れてしまう)

次に入れる器があるか分からないけど、私は思い切って花から抜け出した。



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