私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる

文字の大きさ
上 下
32 / 48

きっと見つけます〜シリル視点

しおりを挟む



俺がメイベル様とハグをして別れた翌日から、メイベル様は高熱を出しているらしく学園を休んでいる。今日でもう3日目だ。


今は昼休み。女性たちはミレーユ様のところへお喋りしに行っている。

「メイベル、大丈夫なのかな……。見舞いに行きたいけれど、高熱が出て意識も朦朧としているらしいから無理だな……はあ。早く会いたい……」

アーサー様が俺の目の前でぼんやりと呟く。

「……なあ、シリル。俺はお前とは良い友人でいたいと思っているが、その前にライバルだと思ってる。もしも、メイベルが俺を選んでも、恨まないでくれよ?」

「何を言われます、アーサー様。俺はメイベル様の親友です。メイベル様に好きな方ができたのなら、俺は応援するだけですよ」

俺は、胸の痛みを感じながらもそう答えた。

「お前、若いのに悟りを開いたようなヤツだな。本当はメイベルが好きなんだろ?そんな簡単に諦めきれるものなのか?」

諦められなくても、諦めるしかないじゃないか……。ああ、好きだとも。メイベル様を特別に思っている……。けれど、一生口に出す言葉ではないのだ。

「……俺は平民ですからね。例え、好きだったとしても、援助してもらっているような身で、求愛などできるはずもないし、幸せにして差し上げる事もできませんから。まあ、例えばの話ですから、お気になさらず」

「フゥン、そういう事にしておいてやるか。じゃあ、必ずメイベルを幸せにするから、俺に彼女を任せてくれよな?」

「……俺の大切な親友ですから、決して泣かさないで下さいね」

かっこつけた事を言っても、俺の内心は穏やかではなかった。


◇◇◇


俺は浮かない気分のまま授業を終え、下宿先に帰って来た。

すると見慣れた馬車が止まっている事に気付く。

馬車の前には侍女さんが立っている。侍女さんは俺を見つけると、静かに頭を下げた。

「シリルさん、メイベル様が、あなたを呼んでいるのです。どうか私と共にアンダーソン家に来て下さいませんか?」

「……まさか、メイベル様は、かなりお悪いのですか?」

「ご両親が交代で付いていらっしゃるくらいに苦しそうなのです。でも、そんな中でもシリルさんのお名ばかり呼んでいて……。ですから、すぐにでも来てはいただけませんか?」

侍女さんは辛そうに言う。

「もちろん、すぐに行きます!」

俺は馬車に乗り込んで、ひたすら祈る。

例え誰のものになっても構わない。だからどうか、メイベル様がお元気になられますように、と。

アンダーソン侯爵邸に着くと、侍女さんに案内されるまま、広いフロアを抜け、階段を上がってメイベル様の部屋に辿りついた。

侍女さんがノックをする。
するとメイベル様の母上様らしい女性が出て来た。優しそうな人だ。

「あなたが親友のシリルさんね。来て下さってありがとう。メイベルに会って、声を掛けてやってくださるかしら?」

「もちろんです。失礼します」

俺は頭を下げて、メイベル様の部屋に入った。

天蓋付きの豪奢なベッドの中で、荒い呼吸をするメイベル様がいた。

「メイベル様……!俺です、シリルです、分かりますか?」

俺はベッドの側で声をかけた。

「シリルくん……?」

苦しそうにしながらも、メイベル様は目を開けた。

黒い双眸が熱のせいか潤んでいる。

「来てくれたの……。会いたかった……」

メイベル様は、俺に縋るように左手を伸ばして来た。

俺がその手を取ると、かすかに震えている。

「寒気がするのですか?」

俺が聞くと、メイベル様は首を左右に振って、一緒にいた母上様と侍女さんに言った。

「お願いです……お母様、ティナ。シリル君とふたりきりで話をさせて下さいませんか……?」

普通、ご令嬢の部屋に男とふたりきりなどあってはならないことだ。
だから侍女さんは「しかし……」と言い淀んでいたが、

「ティナ、お願いよ……私の一生のお願い。後生だから」

すると母上様がティナの肩を抱き寄せた。

「分かったわ、メイベル。……ティナ、行きましょう。シリルさん、何かあったらすぐに呼んで下さいね」

そう言ってふたりが出て行き、俺とメイベル様だけになった。

「シリル君……やっと会えた。来てくれて、ありがとう」

俺はベッドの近くに置いてあった椅子に腰掛ける。

「メイベル様、随分苦しそうですが、お話をして、大丈夫なのですか?」

「ええ、大丈夫。……私、どうしてもシリル君に話しておかなきゃならない事があるの。聞いてくれる?」

「もちろんです。俺たちは親友で、心の友ですからね。何でも話して下さい」

「じゃあ、私が今から話すこと、信じてくれる?」

「信じるとお約束します」

俺が握った左手に力を込めて返事をすると、メイベル様は弱々しくも微笑んだ。

「ありがとう……。あのね、私、メイベルの身体にいるけれど、メイベルではなかったみたいなの。私が誰で、何者かも分からないんだけど、メイベルが表に出たがっているから、私、ここから去らなきゃいけないの」

俺はメイベル様の言葉に唖然としてしまった。

「今のメイベル様が、メイベル様ではない、と?」

俺が聞き返すとメイベル様が言った。

「そう。記憶喪失になる前のメイベルが本物のメイベルよ……。私、自分の事が何も分からないのだけれど、名前をひとつだけ思い出したのよ。百合、と言う名前を」

「ユリ……様ですか?」

「様はいらないわ。ユリの時の私は、貴族ではなかったから」

メイベル様の中にいるその人はそう言って続けた。

「私はどこからかやって来た、幽霊みたいなものなのかもしれないわ。なぜかメイベルの身体に入ってしまったけれど、先日のアーサー様との接触で、アーサー様を慕うメイベルの意識が上がって来たみたいなの」

ハアハアと息をしながら何とか話すユリ。

「じゃあ、あの反応は、本来のメイベル様のもので、ユリじゃないと?」

アーサー様を見て、真っ赤になったメイベル様の反応は、まさしく恋する乙女だった。

「そうよ。私はアーサー様に恋などしていないもの。私も訳が分からなくて戸惑ったけれど、私の中のメイベルが教えてくれて分かったの」

その後、少し息を整えるようにしてからユリは続けた。

「私は随分、あなたより年上だと思っていたのだけれど、それも違うってメイベルが言ったわ。だから、私が、シリル君に恋しても変じゃないって。そう言われて気づいたの。……私、あなたが好きです。親友としてでなく、恋愛感情の好き、です」

「ユリ…… 」

俺はまだ、話の内容が腑に落ちていなかったけれど、俺が好きなのは、メイベル様でなく、ユリなのだと言うことだけは分かった。


「得体の知れない私に好かれて気持ち悪いかもしれないけれど、ここから出て行く前に、どうしても話しておきたかった。……シリル君、好き。大好き。あなたにハグしてもらうのが好きだった。でも、メイベルに、この身体はアーサー様を愛するための器だから、あなたとハグしちゃダメだって言われちゃった。もう一度だけ、してもらいたかったんだけど」


「ユリ……。ユリは、メイベル様の身体から出て、どこへ行ってしまうのですか?」

「分からない。私の入る器があるのか分からないの。あったとしても、私は鳥かもしれないし、佇んでいるだけの木かもしれない。……器がなければ、あの世に行くのか、ずっと空気みたいに漂うのか……。だけど、きっとシリル君の側で漂っていると思うわ。シリル君には分からないかもしれないけれど、私見守ってる。これからも勉強頑張って夢を叶えてね。そして、幸せになって」

メイベル様の瞳から、ユリの涙が溢れて落ちた。

「ユリ、このまま、 そこにはいられないのですか?俺は、あなたを失いたくないのです」

「ありがとう、シリル君。でも、この通り、ふたりの意識が覚醒していると、身体に無理が来るみたいだから無理なのよ。それに、シリル君を好きな私は、アーサー様を愛する事ができないもの」

「ユリ、それなら俺はきっと見つけます。鳥になっても、木になっても。だから俺に声を掛けて下さいね。例えその声が聞こえなくても、きっと気づいてみせますから」

俺はそう言って、ユリの左手を力強く握った。

ユリは最後に微笑んで、安心したようにその瞳を閉じた。



しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
 王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

前世を思い出した我儘王女は心を入れ替える。人は見た目だけではありませんわよ(おまいう)

多賀 はるみ
恋愛
 私、ミリアリア・フォン・シュツットはミターメ王国の第一王女として生を受けた。この国の外見の美しい基準は、存在感があるかないか。外見が主張しなければしないほど美しいとされる世界。  そんな世界で絶世の美少女として、我儘し放題過ごしていたある日、ある事件をきっかけに日本人として生きていた前世を思い出す。あれ?今まで私より容姿が劣っていると思っていたお兄様と、お兄様のお友達の公爵子息のエドワルド・エイガさま、めちゃめちゃ整った顔してない?  今まで我儘ばっかり、最悪な態度をとって、ごめんなさい(泣)エドワルドさま、まじで私の理想のお顔。あなたに好きになってもらえるように頑張ります! -------だいぶふわふわ設定です。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

処理中です...