私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる

文字の大きさ
上 下
26 / 48

シリル君の様子がおかしい

しおりを挟む
最近、何だかシリル君の様子がおかしい。

私はミレーユ様の事で頭がいっぱいのように見えても、シリル君の事だけは別なのだ。

〈シリル君見守りセンサー〉がこのところ私の中で鳴り響く。

どこかおかしい、絶対おかしい。

それに、最近また、前に着ていた薄汚れたダブダブのシャツに、くたびれたズボン、穴の開きかけた靴を履いて来るのだ。

理由を聞いたら、洗濯をサボってしまって替えがないと言う。

シリル君が、そんなだらしないことするだろうか?

何より一番おかしいのは、授業が終わってから、教科書を机に入れたまま、持って帰らないのだ。
勉強熱心なシリル君が、教科書を置いて帰るなんて、尋常じゃない。

本人は「重くて面倒だから。帰ったら参考書を見るから問題ない」なんて言うのだけれど……。


「シリル君、そろそろ移動時間だよ。一緒に行こう?」

私が何気なく、後ろからシリル君の肩に手を当てた時ーー。

「ぐっ……! 」

シリル君が一瞬身体を硬くし、眉を寄せて呻いた。

……かと思ったら、すぐににっこりと微笑んで、

「はい、メイベル様。行きましょう。今日はメイベル様は当てられる番ですね。予習は出来ましたか?」

と、いつもどおりに明るく話をする。

私はシリル君を放っておけるはずもなく、今日はちゃんと原因を突き止めるつもりで用意して来たのだ。

私は授業が済むと、馬車の中で平民用の服に着替えた。そしてティナが用意してくれた色付きダテ眼鏡をつけ、フードを頭から被った。

これで変装は完璧ね。

「じゃあ、ティナ。馬車を河原の辺りまで進めて待っていて。それから護衛さんたち、目立たないように、間を開けて私について来てね。よろしく!」

そう言って、私はシリル君の後を追うべく走った。


「いたいた!」

私はシリル君の後ろ姿を発見し、距離を開けて通行人のふりをして歩いていた。

ちょうど河原の辺りまで差し掛かった時。

「おい、お前また、学校に行ったのか?お前みたいな平民エルフが、図々しいって言っただろ?しかも、美しいメイベル様に贔屓にされやがって。今日もどうなるか、分かってんだろうな?」

学園の制服を着たその男は、ニヤリと顔を歪めた。

「こんな事はもうやめて下さい!俺は、どんな目にあっても学校へ行きますし、メイベル様とも友達でいることはやめません!」

「うるせえ‼︎  みんな、いつもどおりに、顔や見える場所を避けて痛め付けてやれ!」

そういうと、平民のような人たちが、4、5人一斉にシリル君に襲いかかった。

シリル君は必死に応戦していたけれど、多勢に疲れ、動きが鈍くなって来た。

「もういい。お前らは消えろ」

指示した男は平民たちを下がらせ、またニヤリと顔を歪めた。

「へへっ、疲れたか?だがこれからが本番だぜ。一応念を押しておくが、平民が貴族に手を出したら、どうなるかわかっているな?」

そう言った後、彼はシリル君の腹部に拳を入れた。

「ぐうっ……!」

シリル君はお腹を抑えて倒れ込む。

「シリル君‼︎ 」

私はこれ以上見ていてはいけないと飛び出していた。

「やめて‼︎  シリル君を傷つけないで! 」

私はシリル君に覆い被さるようにして叫んだ。

変装しているため私だと分からない男は、

「なんだぁ?このアマ!一緒にボコってやろうか?」

そう言って男が拳を振り上げた。

「メイベル様、いけません!」

シリル君が私を抱きしめるように抱え反転した。

ドッ!ズン!ドッ!

シリル君が痛め付けられる振動と共に音が聞こえる。

「やめて!やめてぇっ!シリル君を傷つけないでーっ‼︎ 」

私はシリル君に抱き込まれたまま泣き叫んだ。

そうしているうちに離れて付いて来ていた護衛たちがかけつけ、その男を捉えた。

「シリル君!大丈夫⁈ シリル君⁈ 」

私は涙でよく見えないシリル君を抱えるようにして声をかけた。

「メイベル様……お怪我はありませんか……? 」

傷だらけになっても、私を案じてくれるシリル君が悲し過ぎる。

「どうして……?どうして教えてくれなかったの?こんな目に遭っていたのに!私たち、親友じゃなかったの⁈  酷いよ、シリル君……」

私は悔し泣きでまた涙が溢れた。

「すみません……メイベル様。今日は俺、その涙を拭うハンカチを持っていなくて…… 」

そう言って、シリル君は私の目元を指先で拭った。

そのうち異常を察知したティナが私の元に駆けつけ、涙と鼻水を拭いてくれた。

暴行を働いた男は護衛さんに頼んで学園に連行してもらった。

そして別の護衛さんにシリル君を介助してもらい、馬車へのせ、近くの町医者へ連れて行った。

「新しい傷は大した事ないが、前の打ち身が酷いようだ。かなりしつこく痛め付けられたな。骨まではいっていないとは思うが、最低でも3日は安静にしていた方がいいでしょう」

町医者は、身体中アザだらけのシリル君に手当てをしてくれ、そのように指示を出した。

私はまた、シリル君を馬車に乗せ、シリル君の下宿先に連れ帰った。




◇◇◇



「シリル君。はい、あーんして」

私は下宿先で、消化に良さそうな食事をチャチャっと作ってシリル君に食べさせようとしている。

「え?あの、自分で食べられますよ?メイベル様」

困惑気味にシリル君が言う。

「ダメよ!先生が安静にって仰ったでしょ?」

「で、ですが…… 」

シリル君は、後ろに控えるティナや護衛さんをちらりと見て恥ずかしそうに俯いた。

「親友であるこの私に、困っている事を分けてくれなかった罰です!恥ずかしくても、我慢して下さい!」

「わ、分かりました…… すみませんでした、メイベル様」

「分かれば良いの。さ、あーんしてっ」

シリル君はおずおずと口を開いた。

可愛い……!雛に餌をあげているみたい!

私はにこにこしながらシリル君にご飯を食べさせた。

ティナたちは、生暖かい目で、その様子を眺めていた。

「メイベル様は、貴族なのに、料理がお上手なんですね。とても美味しかったです」

ふふん。中身おばさんだもの、料理はできて当たり前。

「だって、シリル君にお昼のお弁当食べて貰いたくて作ってたから、だいたいのものは作れるようになったのよ」

って事にしておいた。

私は食後の洗い物もささっと手際良く済ませた。

すると、それを見計らったようにティナが切り出した。

「メイベルお嬢様。そろそろお屋敷に戻りませんと。もうこんな時間になってしまいましたわ」

「嫌よ。私、帰らない」

「「えっ?」」

ティナとシリル君が同時に聞き返した。

「な、何を言っているんです?メイベル様」

シリル君が恐る恐る聞いて来た。

「だって!絶対安静のシリル君をひとりにしておけるはずないじゃない。私、三日間学校を休んでシリル君のお世話をするっ」

心配で心配でひとりぼっちになんてしておけないよ。

「それはいけません!メイベル様!未婚の男女が同じ屋根で寝泊まりするなど!そんな事したら、お嫁の貰い手がなくなりましてよ!」

ティナが必死で説得に当たる。

「なんでよ?私たちは親友で、へんな間柄じゃないのよ。シリル君だって、こんな状態なんだから、おかしな事になりっこないんだし」

「そういう問題ではありませんメイベル様。世間体と言うものがありましてですね」

ティナが更に言い募る。

「世間体なんかより、シリル君の方が大事なの!お嫁に行けなかったら、どこかから後継の養子をもらうから大丈夫!」

「お嬢様…… 」

ティナが困り果てているのを見て、シリル君が笑顔を見せて明るく言った。

「メイベル様、ご心配をお掛けしてすみませんでした。でも、俺はこう見えて野良仕事で鍛えていますから、この程度の怪我はすぐに良くなりますよ。ひとりでも最低限の事はできます。大丈夫です」

「嫌だ!シリル君は、ひとりで無理するタイプだから離れたくないっ!絶対一緒にいるからっ!」

貴族令嬢がなんたるかなんて、私は知らない。

大切な人を放っておくほど大切な事があるわけない。私はまた涙が出てどうしようもない。

おばさんだって、我が子のためなら非常識な事も言う事あるよね?


私の反応に、シリル君も対応に困っている。

そんな中、黙って様子を見ていた護衛さんが優しく声をかけて来た。

「メイベル様、よろしければ、私がシリルさんの家に泊まり、お世話を致しましょうか?」

「ゼンさん!そうして下さる⁈ 助かりますわ!メイベル様、それがよろしゅうございますよ!シリルさんは男性ですから、メイベル様にお世話されるよりも気兼ねがなくて喜ばれますわ!ねっ、シリルさん?」

ティナがこの機会を逃してなるものかとばかりに捲し立てた。

「は、はい、そうですね……メイベル様、それでは申し訳ないですが、そうさせて下さいますか?」

「……学校が終わってからなら、また来てもいい?」

「はい。授業の事など、教えて下さいますか?」

「……分かった。ノートはちゃんと取っておくから、任せてね」

私はシリル君から離れるのがもの凄く悲しかったけど、ティナと馬車に乗って屋敷に帰った。



しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
 王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

前世を思い出した我儘王女は心を入れ替える。人は見た目だけではありませんわよ(おまいう)

多賀 はるみ
恋愛
 私、ミリアリア・フォン・シュツットはミターメ王国の第一王女として生を受けた。この国の外見の美しい基準は、存在感があるかないか。外見が主張しなければしないほど美しいとされる世界。  そんな世界で絶世の美少女として、我儘し放題過ごしていたある日、ある事件をきっかけに日本人として生きていた前世を思い出す。あれ?今まで私より容姿が劣っていると思っていたお兄様と、お兄様のお友達の公爵子息のエドワルド・エイガさま、めちゃめちゃ整った顔してない?  今まで我儘ばっかり、最悪な態度をとって、ごめんなさい(泣)エドワルドさま、まじで私の理想のお顔。あなたに好きになってもらえるように頑張ります! -------だいぶふわふわ設定です。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

処理中です...