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悪役令嬢始動前。

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「公爵令嬢ミレーユ様は、何というか……地味な方、ですわ。こういう言い方は良くないかもしれませんが、貴族令嬢独特の華やかさを感じないって言うか……堅実な方って言ったらいいかしら」

キャロライン様は、顎に手を当てて、考えながら、その印象を語った。

なんか、それだけ聞くと、若い女性として、物凄く残念な印象なんだけど。私がそう思っていると、ドロシー様が付け足した。

「私が、彼女を小説の中で使うなら、メイベル様付きのちょっと厳しいガヴァネス、って感じがぴったりだと思いますわ」

なるほど……。そう言われると、想像しやすいな。

ジークフリード様が、ミレーユ様はとても優秀だと言っていましたものね。

しゃがみ込んでいたシリル君が元に戻って私に言った。

「ミレーユ様は、俺のライバルですよ。だいたい俺の成績は一番か二番なんですが、二番の時は、ミレーユ様に負けていますので」

「「へえーっ!」」

私とアーサー様が感嘆の声を上げた。

「お前、主席か次席って、やっぱ授業料免除で貴族の学園に通っているだけはあるんだなぁ。……だけど、そのご令嬢が優秀なのは分かったが、王子殿下が想い入れるような魅力的な方には思えないが。王子殿下がなんのかんの言って、メイベルに近づいているんじゃなかろうな?結局失敗したら、お前を婚約者にするっつてんだろ?」

アーサー様がシリル君に尊敬の眼差しを向けつつ私に聞いた。

「それはないわ、アーサー様。失敗したらっていうのは、絶対失敗は許さないって言う殿下の脅しだと思う。私のことなんて、アウトオブ眼中で、副会長のイスマイル様が、ご令嬢を地味と言ったら、殿下は窘められ、可愛らしいと訂正なさるくらいなのよ。きっと幼い頃から知る殿下にしかわからないお可愛らしさがあるのですわ、ミレーユ様には」

私は、あのジークフリード殿下が好きになるくらいのご令嬢なら、凄く魅力ある人に違いない、と思いながら答えた。


そんなやりとりをしていると、シリル君が真剣な表情で私に話しかけてきた。

「メイベル様、俺は魔性の女プランは反対です。複数の男を相手にする軽い女性と見られれば、他の男からもそういう扱いを受け、危険が及ぶ可能性があります。それに」

シリル君はまつげを伏せて続けた。

「それでなくても、俺と友人として付き合って下さってから、いろいろ邪推され、嫌がらせを受けました。それを王子様を絡めて魔性の女を演じるなど、メイベル様の評判を落とすだけでなく、政争に負けた事にもなり、アンダーソン侯爵家のご威光にも影響を及ぼしかねません」

私の立場をちゃんと考えてくれて、やっぱりしっかり者だなぁ、シリル君は。


「心配してくれてありがとう、シリル君。私もそこは、考えてはいたんだよね。だから、魔性の女プランは、いろいろな条件付きでやろうって思ってたの。例えば色目使う相手は、信用できるシリル君とアーサー様、それからイスマイル様だけにするとか、人気のない時だけ見計らって演技するとか。だから、ミレーユ様といつも一緒にいるご令嬢にも協力を頼んで、私の噂をその方からミレーユ様に吹き込んでもらうのも必要かなって。それなら他の生徒には魔性の女って噂は広まらないでしょう?私のカンだけど、殿下はミッションを達成できた私やアンダーソン家を、悪いようにする方ではないと思うのよね。堅実なミレーユ様を妃に選ぶような方だと知って、余計にそう思うのよ」

長く生きた記憶がある分、私はそれなりに人を見る目がある方だと思う。

ジークフリード殿下は目的を果たすためには強引な事もするけれど、それは我欲だけではない気がするの。

国を背負う者の覚悟みたいなものを話していて感じた。ミレーユ様を欲するのも、ただ愛していらっしゃるというだけでなく、国の正妃として相応しいと感じているからでもあると思うのよね。

まだ少ししか接していないから、買い被りかもしれないけれど、おばさんである私のカンがそう感じているから。

結局、魔性の女プラン以外で良い方法も浮かばないので、私の案で男性陣も渋々納得してくれた。



◇◇◇


「なるほど。魔性の女プランか。なら、俺は、ミレーユ様の前ではお前に惑わされて、メロメロな男の感じで接すれば良いのだな。……まことに不本意ではあるが」

イスマイル様は、私たちのシナリオを聞いて眉をひそめた。

「はい、それでお願いします。それで、殿下は堅いイスマイル様すらも落とすメイベル様に関心があるような態度をミレーユ様に匂わせて下さいませ」

シナリオライターのドロシー様も同席していて説明してくれた。

「うむ、わかった。それでミレーユが私にヤキモチを焼いて婚約者になるのはわたくしよ!みたいに言ってくるのだな。……それは楽しみだ」

殿下はにやにやと笑いながら頷いた。そこへなぜかついて来たアーサー様が会話に入ってきた。

「殿下はともかく、イスマイル様、メイベルの演技で本気にならないで下さいよ。俺のライバルは、シリルだけでたくさんなんですから」

アーサー様は自分でフったくせにまだそんな事を言ってるの?私は良い友人だと思っているのに。白けた気持ちで会話を聞いていると、イスマイル様が憤慨したように言い放った。

「馬鹿な事を言うな!私はジークフリード殿下以外に興味などない!私が結婚だの婚約だの考える時は、殿下のご結婚が無事成立してからなのだからな!」

やっぱりイスマイル様は殿下の信奉者なんだわ……。

これはこれで、後にドロシー様とBL的な小説書いて売り出したい気もするわね……。

私は取らぬ狸の皮算用をしながら、今後の展開が無事上手く行くことを願った。

家に帰ると、侍女のティナに相手になってもらい、魔性の女になりきる特訓を積んだ。

ティナは思いの外食いついて来て、もっとこうした方がいい、とかこのような本を読んで見ては!と図書館から色気溢れるタイトルの本を何冊か借りて来てくれた。

私も思わず興味深々で読んでしまったけれど、いやあ、面白かった。



◇◇◇


ミレーユ様といつも一緒のご友人は、なんと、ホームルームの時発言権を持っていた、キーパーソンのあのご令嬢でナディア様というそうだ。

私たちだけでは信用してもらえそうにないため、殿下に同席してもらい、ナディア様に協力を要請した。

ナディア様はミレーユ様の幼馴染で、事情を心得ていたため気持ち良く協力してくれる事になった。


「さあ、悪役令嬢最初のセリフを実行する時が来ましてよ!メイベル様っ。頑張って下さいまし!」

私はドロシー様が考えてくれたセリフを頭に反芻させ、ミレーユ様に近づいた。



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