私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる

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紫の方、ジークフリード王子殿下

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「ねえ、キャロライン様。あのふたりは、間違いなく、両想いですわよねぇ? 」

「……そうですわねぇ、メイベル様は援助なさる程シリルを大事にしていますものねぇ。男なら、性格良し、見目良しのご令嬢に特別扱いされれば好きにならない方がおかしいでしょうね。……身分をわきまえたシリルだから今の関係から進まないでいられるのでしょうねぇ」

「それもあるでしょうけれど……。メイベル様の方も、シリルさんを何よりも大切に思いながらも、どこか、恋愛からは外れている気がするんですのよねぇ。どちらかと言うと、親が子を愛するような?無償の愛?みたいな。わたくしにもよくわからないのですが、恋愛でしたら、自分を好きになって欲しいとか他の人を見ないでとか思うものですわよね?そういう求愛的なものをメイベル様からは感じないのですわ 」

「そう言われてみれば、そうですわね。そこをちゃんとシリルも分かって自制しているのかもしれませんわね。もし、本当に愛し合ってしまったら、わたくしたちが創作しているような、夢物語のようにはいかないでしょうからね。わたくしたちも、無闇にけしかけない方がいいのかもしれませんわねぇ…… 」

私とシリル君が、クラス委員の集まりに参加していた昼休憩に、ドロシー様とキャロライン様が私たちの噂をしていた。

「では、キャロライン様は、アーサー様とメイベル様との仲を応援致しますの?」

「アーサー様は、軽く見えてもちゃんと紳士ですわよね。性格も気取ったところがなくてさっぱりしてる。女子にモテるのも頷けますわ。今はシリルより劣勢ですけれど、伯爵と言う地位で釣り合いも取れますし、わたくしとしてはアーサー様と上手くいって欲しい気も致しますわ。ドロシー様はシリル派ですの? 」

「いいえ、わたくしは誰派と言うことはないのですわ。それに、今はモテ期真っ只中のメイベル様ですもの。もっと参戦してくる殿方がいるはずでしてよ。リアル恋愛小説を見ているような幸せで、わたくし、目が離せないのですわ」

ドロシー様は、またうっとりとめくるめく妄想の中に入っていった。


◇◇◇


「ねえ、シリル君。あの美しい紫の方はどなた?」

私はクラス委員の集まりにシリル君と出席している。

3年の中に、光り輝くような優美な殿方がいるのだ。

長い紫の髪はきれいに波打つウエーブヘアで、横髪を少し残して後ろでゆるく縛っている。

美女も真っ青な長い睫毛の双眸も神秘的な紫。

派手に美しいのでなく、優雅で、品がある美しさ。

花で例えるなら薔薇というよりカトレアだろうか。

そんなことを思いながら、シリル君に聞いていると、反対隣に座っていた青組のご令嬢が話し掛けてきた。

「あの、白組のメイベル様ですわよね?わたくし、青組のカロルって言います!メイベル様は記憶喪失だと伺いましたわ。それならあれほどの麗人を知らなくても当然ですわね」

そばかすがひととなりを明るく見せる、オレンジ頭のカロル嬢が、紫の方の説明をしてくれるようだ。

「彼は3年のジークフリード様でしてよ。マリーニ王国の第一王子様ですわ。最も王太子に近い、今をときめくお方でしてよ。……本当に、溜息が出るような美しさですわねぇ~」

青組のクラス委員のカロル様はほうっと溜息をついてジークフリード様を見つめている。

その隣で、少し頬を赤らめた赤髪の男性が、こちらを見てニコッと頭を下げた。

「どうも。俺、青組のアルフです。カロル、お前はジークフリード様目当てでクラス委員になったからって、メイベル様の会話にまで勝手に入るなよな」

「あら、そういうアルフはメイベル様目当てじゃない。私をだしにして、会話に紛れてんじゃなくてよっ! 」

「なっ……!メイベル様の前で、余計な事を言うなよっ!カロル!」

くすっ。ふたりは仲がいいんだなぁ。私が笑うと、アルフ様の頬は、一層赤みが増した。

ふたりは幼馴染で、婚約を交わす間柄らしい。可愛いカップルだなあ。

「私たちは白組のクラス委員で私メイベルとこちらはシリル君よ。一年間顔を合わすことになるから、仲良くしましょうね」

シリル君も「よろしくお願いします」と隣から挨拶をした。

「「よ、よろしくお願いいたします(いたしますわ!)!」」

カロル様とアルフ様はきれいにハモった。

「まあ、シリル君。あのふたり、息がぴったりで妬けますわ!私とシリル君の絆も見せつけてやらなければなりませんわ!仲良し度でも、白組は負けたくないですもの」

「メイベル様は、意外と負けず嫌いなんですね?婚約を交わすような間柄の方たちに、仲良し度で勝てるはずないでしょう? 」

シリル君は半目になって答えた。

「何を言うの?シリル君!私のシリル君への愛は、婚約なんてものを通り抜けるくらい格が違うのですよ!もう私の中の人類愛が、全てシリル君に向かうようなもので……」

「はいはい、ありがとうございます、メイベル様。俺はとても嬉しいですよ」

シリル君が私を子供扱いして頭を撫でてくる。

シリル君⁈信用してないね?

本当に、私は何故だかシリル君が大事でたまらないのに。目に入れても痛くないんだから!

私たちがじゃれ合っていると、光の粒を撒き散らしながら、紫の方がやって来た。

「可愛いカップルたちに妬けますね。……貴女が噂のメイベル嬢ですね?噂に違わず、お美しくていらっしゃる 」

「ほえっ?」

私は驚いて間抜けな返事をしてしまった。

「記憶喪失で、至高の黒を纏った美しいご令嬢。最近は学園中の男たちを虜にしていると聞いておりますよ 」

流し目で紫の方が見つめてくる……。

美し過ぎて怖い。

「ジークフリード様、申し訳ありません!私如きにそのような恥ずかしい噂がありましたか?確かに私は黒を纏ってはいますが、ジークフリード様の美しさに比べたら、月とスッポン、いや、美女と野獣の野獣みたいなものです!いえ、もっとちっぽけなミジンコです!」

確かにメイベルは妖艶美女だけど、中身はおばさんだし。

なんて言うか、纏うオーラが違い過ぎる。完全に負けを認めます!ハイ。

「メイベル様……。黙っていれば、負けてはいませんのに」

隣でシリル君が憐れみの目を向けて言った。


「アッハハハハハ……!」

紫の方、ジークフリード様は一瞬目を見開いてから、可笑しそうにお腹を抱えて笑った。

あんなに大声で笑っても、気品が全く失われていない。私はその美しさに呆然とした。

「これは私の予想を超えるご令嬢でしたね。とても気に入りました。……私に気に入られたら、逃げることはできませんよ?メイベル嬢……」

ジークフリード様は、私の黒髪をひとふさ掴むと、その髪にキスをした。

ひょえ~~~!
その仕草ひとつも絵画のように絵になるぅ!

ジークフリード様はもう一度流し目を向けて微笑むと、ご自分の席に戻って行った。

「シリル君……逃げられないって何?すごーく嫌な予感しかしないんだけど?」

「…… 」

シリル君からは、何の返事も返って来ない。

私は薔薇よりも、カトレアよりも、……そう。湖畔に咲く、名もなき野の花のようなシリル君の方がいい。

美し過ぎるのも、畏怖を感じてしまうわね~。


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