私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる

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記憶喪失の演技はよせよ

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私たちが誹謗中傷が書かれた黒板を気にせずに、後ろの席でドロシー様の妄想ストーリーを聞きながらわいわいやっていると、予鈴のチャイムが鳴った。

すると、ひとりの女性が顔を赤らめて言った。

「書いたのは、わたくしではなくてよ!だけど、日直だから、先生が来る前に黒板を消すだけだから!……ちょっと、あなたたちも消すの手伝ってちょうだい!」

そう言って3人の女子が黒板をきれいに消していった。

「……やっぱり伯爵令嬢のデボラ様ね。後は男爵令嬢のミラ様とモイラ様。簡単に正体現し過ぎでしてよね」

キャロライン様は肩をすくめた。

あの人たち、確か私が初めて登校して、キャロライン様たちが話かけて来た時に後にいた人たちだわ。

やっぱり想像した通りの人たちがやったのね。

キャロライン様は私と同じ侯爵だし、ドロシー様は伯爵だから、彼女たちは私たちに面と向かって文句が言えなかったのだろう。

「それじゃあ、とりあえずは、黒板に落書きだけはしなくなりますわね。自分が消さなければ、先生に見咎められてしまいますもの」

とドロシー様が言ったので、私はニヤリと口角を上げてシリル君に言った。

「ね?シリル君。私の言った通りだったでしょ。あんなものは、気にしなければなんてことないんだからね」

「は、はい……」

シリル君は戸惑いながらも返事をした。



◇◇◇


私は今、昼ごはんを済ませ、机を合わせてお喋りを楽しんでいるところだ。
メンバーは言わずと知れた4人組だ。

本当は私とシリル君がお弁当を一緒に食べていたのだが、キャロライン様とドロシー様が後から加わって来たのだ。



「それで~、メイベル様とシリルさんは~、ぎゅうっと抱きしめ合って駆け落ちを決意するのですわ!」

ドロシー様は視点の合わない表情でうっとりと言った。

するとキャロライン様が、セリフの部分を低い声で付け足すように言う。

「そこは抱きしめ合っただけではインパクトが足りないのではなくて?やはり、ぶちゅーっと濃厚なファーストキスをした後、『どこに逃げようとも貴女をお守り致します』とかの誓いの言葉をシリルが言わなければ」

なんか、かっこいいんですけど、キャロライン様が言うと。

「ちょっと待って下さい……!その創作、俺とメイベル様の名前で作るのはやめていただけませんか……?俺、何だかいたたまれなくて…… 」

シリル君は顔を赤らめて懇願してきた。しかし、ドロシー様にあっさりと却下されてしまう。

「あら、ダメでしてよ。シリルさん。わたくしの妄想は、いつもメイベル様がヒロインなんですの。類い稀なる美女メイベル様を、いろんな殿方と恋愛させてきましたけれど、目の前にモデルがいなかったものですから、あまり気に入ったものができなかったのですわ。だけど今は、シリルさんをこよなくいつくしむメイベル様を見ていると、どんどんイメージが膨らむのですもの。名前を変えたりしたら、話が浮かばなくなってしまいますわ」

「話を聞いている時の、シリルの顔が赤くなったり青くなったりしているのも、見ていて面白いですしねぇ?」

キャロライン様も、楽し気に言った。

シリル君は、頭を抱えて、ブツブツ言っている。

「これは新手のいじめではないですか?前の方が幾分マシな気がするのですが……」

などと言っていた。

私はそんなシリル君を気にしつつも、創作を楽しんでいる。現実の自分のことではないのだから、別に恥ずかしくもない。

「うーん、私はどちらかと言うと、シリル君が誓いの言葉を言うよりも、私が誓いを立てて、追ってくる刺客からボロボロになりながらもシリル君を無傷で守る、みたいに書いて欲しいかな~。でも、それだと私にチート的な何かを付与してくれないとね?ドロシー様」

私が言うと、ドロシー様は、

「素敵!それなら、メイベル様は騎士姫って設定にしたらどうでしょう?それで、シリルさんは本当は王子様って設定にしませんこと?平民の母との私生児で、母子で平民として暮らしていたって筋書きですわ」

「イイ~っ、それ‼︎ 」

キャロライン様と私が同意すると、シリル君が涙目で言った。

「もう、勝手にして下さい…… 」

あっ!シリル君が拗ねてしまった!大変‼︎

「ごめん、ごめんね、シリル君。私相手じゃ恋愛話にされるのも嫌だよね?ごめんね。完成された暁には、名前を変えて売り出すから、それまでは今の名前で許してくれない?」

私が手を合わせて拝むように頼むと、シリル君は涙目のままで答えてくれた。

「そういうことじゃないです……メイベル様。……メイベル様が気にしていないのなら構いませんが、せめて俺にも、守られるばかりじゃなくメイベル様を守れるシーンを作って下さいね」

シリル君……可愛い……!
おばさん、ホントに目に入れても痛くない可愛さだよっ!
私はうっとりと潤んだ水色の双眸を見つめた。


けれど、それを打ち破るような男のセリフが私の意識を現実に戻す。

「メイベル。俺への当てつけは分かったから、もう記憶喪失の演技はよせよ」

その男は焦げ茶の短髪と同じ色の瞳で、精悍な顔立ちをしていた。
いわゆる、イケメンというヤツだ。

誰だろ、この人?


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