上 下
7 / 48

泣いたカラスがもう笑った

しおりを挟む



 私は泣くだけ泣いて、ヒックヒックとしゃくりあげた。

 なんでこんなに感情が溢れているんだろう?
 大人なはずのこの私が、子どもに戻ったみたいだ。

 そんな風に感じる頃、私は冷静さを取り戻していた。

 シリル君はその間、ただ困ったように立ち尽くしていた。

「……なんで私が泣くのよねぇ? 泣きたいのはシリル君の方だよねっ。ヒック。ごめんね 」

 私は言いながらも拭くものがなく、顔が大変な事になっているから困ったなぁと思っていた。


「……あの。僕の髪を束ねていたものなど、お嫌かもしれません。これしかないのですが、使われますか?」

 シリル君が、自分の髪を束ねるのに使っていたスカーフを差し出してくれた。

 解放されたきれいな銀髪が、広がっている。
 やっぱり綺麗だ。

「……いいの?」

「お嫌でなければ。どうぞ、遠慮なく使って下さい」

「……ありがとう……」

 差し出されたそれを受け取ると、私は涙や鼻水を遠慮なく拭かせてもらった。

 申し訳ない。でも、助かった。

「シリル君、これ、私にくれる? 代わりに新しいのをプレゼントするから」

 私が問うと、シリル君は柔和な声音で答えてくれた。

「代わりなんていいですよ。どうせ古いものでしたから」

 やっぱり優しい人だ、シリル君は。
 でも。

「ダメっ! 絶対に返すからっ!」

 強引に言うと、シリル君はクスッと微笑んだ。

「わかりました。でも、急がなくていいですから。無理はしないで下さいね」

 シリル君。
 君は平民だけど、紳士だね。

 うん。
 私はそんな紳士につけ込むよ。

「……ねぇ、シリル君。本当に私を許してくれるのなら、私と友達になってくれる?」

 上目使いで。
 潤んだ瞳で見つめてみる。

 妖艶美女の体を手に入れた私、なめんな!

 ……って、嫌いだった女に媚び売られたら腹立つかな?

 この容姿が功を奏するのかを考えながら返事を待っていると、シリル君がうつむき加減で口を開いた。

「……それは、やめておきましょう。僕といて良いことなんて、メイベル様には何一つありませんから」

「どうして? 私にとってはシリル君と友達になれただけで、すごく良いことになるんだけど」

 だって、ここに来てからの最初の目標が達成できるんだもの。

「僕は平民なので、高貴な貴女と友達だなんて恐れ多いです。しかも僕は、こんなに醜いですし。一緒にいれば、貴女まで立場を悪くしてしまうでしょう。クラス委員は仕方ないですが、それ以外、どうか僕とは関わらないで下さい」

「やだっ!! そんな理由じゃ諦めないっ! 身分なんて、私にはどうでも良いことだもん。…… シリル君が吐きそうなくらい私を嫌いだっていうのなら……しばらくは諦めるけどっ」

「……しばらく、ですか?」

「うん。しばらくは我慢する。だけど少しずつ近づいて、絶対友達になってみせる!」

 拳を握りしめて宣言すると、シリル君は一瞬目を見開いた。
 そしてプッと吹き出し、クスクスと笑った。

「本当に……今のメイベル様は、前とは別人でいらっしゃるのですね。僕からは声をかけられないと思いますが、それで良ろしければ遠慮なく話しかけて下さい 。でも、無理はしないで下さいね。嫌になったら、いつでも捨て置いて下されば結構ですから 」

 よし! 言質は取った!!
 私が捨て置くはずないっしょ♪

「ありがとう!! シリル君。絶対嫌になったりしないよ! この私でいる限り」

 シリル君の右手をがしっと掴みに行く。そのままブンブンと振り回す。
 勢いよく握手しながらお礼を言った。

「嬉しい~! 私、シリル君と親友になるのを目指してるから! これからどうぞよろしくね~♪ 」

 泣いたカラスがもう笑った。
 そんな諺が、記憶にある日本ってところにあったっけ。

 鼻水と涙で汚れたスカーフを左手に握りしめ。
 私はにこにこ満面の笑みを讃えながら、シリル君と一緒に教室に戻った。


 私は嬉しくて、嬉しくて。
 午後の授業はルンルン気分で受けられた。

(あーっ、ルンルン気分とか、死語だっけかぁ? おばさんてバレバレ~!)




◇◇◇



4月8日火曜日。

・鈴蘭学園2年生になって、初登校した。(始業式は昨日で休んじゃったけど)

・担任の先生はコンラート先生。

・席がなんと、探すはずのシリル君の隣だった!
 なんてラッキー!!

・シリル君は、人とエルフのハーフで、銀色の髪と、水色の瞳の好印象なフツメン君だった。

・この世界は、髪や目の色が濃いほど魔力が多く、美しいらしい。
(魔力については聞きそびれたから、どんなものかよく知らない。友達になれたから、シリル君に教えてもらおうっと)

・シリル君は、この世界の美的感覚のせいと、エルフと人との混血児って事で「醜い」と認識されているらしい。あんなに綺麗な色なのになぁ。

・私とシリル君はクラス委員になった。一年間、友情を深めながらふたりで頑張るのだ!

・シリル君に、メイベルがいじめていたことを謝罪する事ができた。シリル君は紳士で天使で清らかな魂の持ち主だったから、すぐに許してくれた。

・シリル君が、いつでも話しかけて良いと言ってくれた。それってもうお友達ってことかな? うん。勝手にそういう事にしておこう!

・元いじめっ子仲間らしいドロシー様とキャロライン様。彼女らは話してみるとそんなに悪い人たちではないみたい。これからはいじめなんかしないで、いい友達になれるかも。まだ、どうなるかわからないけど。


 夜の日記をつけ終えると、大きなあくびをひとつした。
 ん~。充実した一日だったなぁ。

 私はお嬢様仕様のふかふかベッドに入り、明日に備えて眠ることにした。

 おやすみなさ~い。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話

BL / 連載中 24h.ポイント:1,763pt お気に入り:429

陸離たる新緑のなかで

BL / 連載中 24h.ポイント:449pt お気に入り:22

【R18】S令嬢とM執事の日常

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:23

愛情をひとかけら、幸せな姫の物語

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:2,750

限界社畜は癒されたいだけなのに

BL / 完結 24h.ポイント:411pt お気に入り:13

最強ご主人様はスローライフを送りたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,371pt お気に入り:563

処理中です...