私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる

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シリル君に土下座しました。

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 教室に戻ると、クラスメイトたちが机を寄せ合ってランチを食べたりお喋りをする中、ぽつんと一人、シリル君は席に座っていた。

 やっぱり教科書を読んでいる。
 勉強家だなぁ。

「シリル君。もう、昼食は済んだのですか?」

 私はそっと近寄って、驚かさないように小さな声で話しかけた。

「え……はい…… 」

「私、シリル君に話したい事あるんだ。ちょっと人のいないところまで、付き合ってくれるかな? 」

 私がいうと、シリル君の顔がサッと青ざめた。

「…… 怖がらせてごめんね。でも、告白ごっこじゃないし、私ひとりだけだから。シリル君が嫌がる事はしないって、約束するから。お願いします」

 私は手を合わせて頼み込んだ。

 シリル君は俯いたまま、ゆっくりと席を立った。
 どうやら私に付き合ってくれるらしい。

「ありがとう。シリル君、私、場所がまだよく分からなくて。どこか人がいない静かな場所へ連れて行ってくれる?」

 そういうと、シリル君は黙って歩き出した。
 私はその後に続いた。



 校舎の裏側に連れてこられた。
 植木がちょうどいい感じに生えていて、入り口からは程よい目隠しになるような場所。

 秘密の恋を告白できそうな、いい感じのスペースである。
 ロマンチックな環境に、ちょっとワクっとしたけれど、今の私には関係のない話だ。

「シリル君。ちょっと待ってね」

 私は靴と靴下を脱いで、スカートをたくし上げた。それを膝上に結ぶように軽く固定する。 これは、ドレスや靴を汚さないためだ。

 そして私は、草の上に直接土下座した。
 膝から下が、石ころに当たって少し痛いけど我慢、我慢。

「シリル君。今まで私、あなたにたくさん意地悪をしました。本当に申し訳ありませんでした」

「えっ? ……な、何……? 」

 シリル君は戸惑った様子で、絞り出すような声で呟いた。

 私は一旦頭を上げて、説明をした。

「私、昨日から記憶がないんです。でも、自分の部屋から日記が見つかって、読んでみたら、あなたに酷いことばかりしている内容が書かれてあって……。今更、記憶がないからと言って、あなたへの罪が消えたとは思っていません。だから、こうして謝ろうと思いました。本当にごめんなさい。もう二度としないし、お詫びにシリル君が困った時は私、助けに行きます。いつでも私を呼びつけて下さい 」

 私は再び深々と土下座した。

「……や、やめて下さい、メイベル様 」

 シリル君はそう言うけど、簡単にやめるわけにはいかない。私は精一杯の謝罪の意思を表したくて、土下座を続けた。

「もう、わかりましたから……」

 シリル君はおずおずと近くに寄って来ると片膝をついて座り、私にハンカチを差し出して来た。

「僕の汚いハンカチで申し訳ないですが、ちゃんと洗ってありますから……。どうぞ頭をお上げになられて、おみ足を、これで拭って下さい…… 」

 なっ、なんて子なの……!!
 あんないじめをしてた私を、そんなに簡単に許すっていうの?

 しかも、ハンカチまで差し出してきて……!
 優しい! 紳士!!

 マジ、天使ですか? あなたって子は!!!

「だっ……ダメよ! そんなに簡単に許してはダメじゃない! そんな事じゃ、私、罪を償えないもの。ほらっ、もっと罵倒して! あっ、そうだ。私、顔は殴ってもらうと両親が騒ぎ立てるだろうから、お尻を叩いてもらうつもりだったのよ! 悪いことした子は、お尻ペンペンってやるでしょ? 流石に生尻は出せないから、このままで申し訳ないけど、罰をお願いします! 」

 私はまくし立てるように言って立ち上がると、シリル君の方にお尻を突き出して見せた。

「さあ! シリル君。思いっきり打ってちょうだい!! 気が晴れるまで、何度でも!  遠慮なしに!!」

 男の人の力って、きっと強いよなぁ。
 ちょっと怖いけど、私は覚悟を決めて強く目を瞑った。


「ぷ……ぷくくっ…… 」

 小さな笑い声が聞こえて、私は目を開いた。
 顔を赤くしたシリル君は、拳で口を覆うように笑っていた。

「メイベル様。流石にご令嬢のお尻を叩く訳には参りませんよ。それこそ僕の方が罪に問われてしまいます。お気持ちは、よくわかりましたから。……ありがとうございます」

 シリル君は、とても優しい眼差しで私を見ていた。私は、その綺麗な水色の瞳を見ていると、この色が醜いだなんて……と涙が溢れてきてしまった。

「ダメだってば……。そんなに優しいのはダメだよ、シリル君….… 」

 なぜだか次から次へと流れ出る涙を、私は止められなかった。

「メイベル様、おみ足が汚れたままですよ。どうぞこちらへ腰かけて下さい 」

 シリル君がそっと私の手を取り、誘導してベンチに座らせてくれた。彼は持っていたハンカチで私の涙を拭ってくれ、「失礼します」と声をかけると、土で汚れた私の足を、優しく綺麗に拭ってくれた。靴と靴下を持ってきて、「履けますか?」と尋ねてくれる。

 その様子に感動した私は、またポロポロと涙が出てきて、鼻水まで垂れてきてしまった。

 それを見たシリル君は、困ったように言う。

「……困りました。ハンカチはひとつしか持ってなくて。もう、あなたの涙を拭うものがありません」

 なんて紳士なのかしら!
 この子の魂は、綺麗すぎるっ!!

 私は、私は。
 あなたをいじめていた嫌な人間な筈なのに。

 胸に迫るものを堪えきれず、私はシリル君の前で恥ずかし気もなく声を出し、子どものように泣いてしまった。

(この歳になって、こんなに泣いたの何年ぶりかしらっ……て、まだ14歳だったー!)



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