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シリル君は、臭くなんてありません。
しおりを挟むホームルームが終わって、最初の休み時間になった。
何人かのご令嬢が、私の席に群がってきた。
「メイベル様、記憶喪失って本当ですの? わたくし、信じられませんわ」
その中の一人のご令嬢が話しかけて来た。
「本当です。ごめんなさいね。貴女のお名前は……えっと……ドロシー様、でしたか?」
さっきの自己紹介で、恋愛小説が好きと言っていた図書委員のドロシーさんだ。
ドロシーさんは確か、日記にも名が乗っていた。じゃんけんに負け、シリル君に告白した人だ。
もしかしたらこの人たちは、私と一緒にシリル君を虐めていたメンバーかもしれないわね。
頭の中で考えていると、つり目で身長高めなご令嬢が眉をひそめながらシリル君の方をチラリと見た。そしてハンカチで口元を隠すようにしながら言う。
「メイベル様、お可哀想に。シリルの隣の席だなんて。休み時間にこうして近づくだけでも、臭うようで気持ちが悪うございますわねぇ」
……わざとシリル君に聞こえる声量で言ったわね。
こんなこと言われたら、シリル君、傷ついているわよ。
私は隣を気にしてそっと見た。
シリル君は聞こえないような様子で、ひとり教科書を読んでいた。
シリル君は平民だからか、服装が他の男子生徒たちと全く違っていた。
質素で薄汚れたようなシャツを着ている。ズボンも誰かのお下がりなのか、くたびれた感じの粗末な物を着用していた。
靴もまた然り。
踵が擦り減ったような使い古しのものを履いている。
涙でるよ。涙。
見渡す限り、ゴージャスな服装をした生徒たちばかりなのに。
……ああ、シリル君に靴買ってあげたいよ。
なんとも言えない気持ちになった私は、カタンと椅子から立ち上がった。
そしてシリル君の近くに立って、シリル君に声をかけた。
「シリル君。ちょっとごめんね」
私はシリル君の方に顔を寄せ、彼の首の辺りをクンクンと嗅いでみた。
シリル君はビクっとしたけど何も言わず俯いている。
「うん! やっぱり全然臭くなんてないよ。健全な男性の匂いは多少するような気がするけれど。私、シリル君の匂い、嫌いじゃないわ」
そう言って、つり目の女子生徒に微笑んでみせた。
古い服だから薄汚れて見えるけれど、近くで見るとちゃんと洗濯されているのがわかるし。
シリル君は臭くもないし、気持ち悪くもないわ。あんなこと言ったら、可哀想だ。
すると、つり目のご令嬢——確かお名前は、美化委員になったキャロライン様だったかしら——は青ざめた表情で私に言った。
「本当に……信じられませんわ。あんなにシリルを忌み嫌っておられたメイベル様とは別人のようです」
ハイ、別人ですとも。中身はおばさんです。口に出して言えないけどね。
ここで私は、シリル君から話題を逸らすようにご令嬢たちと会話を続けることにした。
「ところでキャロライン様でしたかしら。前の私は皆さんと仲良しだったのですか? 記憶のない私ですけど、また、仲良くして下さいますかしら?」
するとキャロライン嬢ではなく、隣にいたドロシーさんが可愛らしい笑顔で応えてくれた。
「もちろんですわ、メイベル様! クラス委員に立候補されるなんて、前とは違って頼もしくなったメイベル様とまたお友達でいられるなんて。わたくし嬉しいですわ!」
「ドロシー様、ありがとうございます」
私、ドロシーさん好きなタイプだな。後でもっとお話してみようかな。
感じの良いドロシーさんにほっこりしながら、私はお礼を言って微笑み返した。
一緒に来ていたご令嬢たちも何か言おうとしたのだけど、短い休み時間が終わる鐘が鳴ったので、みんな散らばるようにそれぞれの席に戻っていった。
他の生徒たちが授業の準備を始め前を向いたのを見届けてから。
私はシリル君に向かって、小声で声をかけた。
「さっきは匂いを嗅いだりして嫌だったよね? ごめんね」
両手を合わせて拝むように謝ると、シリル君も小声で返事をしてくれた。
「……いえ……」
なかなか会話にはならないけれど、意地悪してた私にも、ちゃんと返事をくれるシリル君。
そんな彼はきっと、真面目で良い子なんだろうなぁと見る目にはちょっと自信がある私はなんとなく思っていた。
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