私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる

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シリル君は、綺麗な色のフツメンでした。

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 かつておばさんだったはずのご令嬢・メイベルは、異世界転生したのか何なのか、よくわからない状況でもぐっすりと眠った。そして早起き!

「ラジオ体操よ~い! チャンチャラチャチャチャチャ チャンチャラチャチャチャチャチャ チャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャン♪ いっちにーさんしーごーろくしっちはち…… 」

 見知らぬ異世界に来ても、健康維持に欠かせない体操はやる。
 習慣になっているラジオ体操なら、音楽がなくても平気だ。

 記憶はほとんどないのだけれど、習慣のようなことは自然とできる。

 若返った体とはいえ、健康の努力は早ければ早いほどいい。
 この後、散歩もしたいなぁ。
 だけど、その前にやっておかなきゃならない事がある。

 私は机に座り、日記帳を取り出した。

 新しいページを開く。

◇◇◇

4月8日火曜日。昨日わかった事を書き記す。

・私はメイベル・アンダーソン14歳。アンダーソン家は侯爵位であるらしい。

・鈴蘭学園2年生。昨日一学期の始業式だったらしいが出遅れた。友達できるかなぁ?

・両親は溺愛型。一人娘だから余計かも。だからメイベルはわがままだった?

・私の専属侍女はティナという。私とは乳姉妹らしい。ティナのお母さんは、現在我が家でハウスメイド長をしているとの事。

・メイベルがいじめていたらしい男の子の名はシリル君。同級生らしいけど、2年生でも同じクラスかな?

・日記を見ると、シリル君は平民で醜いらしい。メイベルは、そんな彼に魔力をあげようとして断られ、プライドが傷ついた模様である。

◇◇◇


 昨日甲斐甲斐しくメイドたちがやって来たので、情報収集してわかったのがそれくらい。

 まあ、まだ二日目だし、ぼちぼち調べて行きましょう。

【当面の目標は、シリル君に謝る。シリル君と仲直りして、友達になる。勉強を頑張る】

 とりあえず、人生には目標があった方がいい。
 私は目標を書き記して日記を閉じた。と同時にノックが鳴った。

 侍女のティナが来たようだ。

「メイベル様、おはようございます。お加減はいかがですか?」

 昨日の今日って事で、心配そうなティナ。
 私は笑顔を作って答えた。

「よく眠ったし、大丈夫。記憶は戻らないままだけどね 」

 ティナは少しホッとしたように頷いて、朝食が食べられそうかと尋ねてきた。

「ええ! 胃腸は丈夫なのよ、私 」

「えっ、そうでしたっけ…… 」

 私が答えると、ティナがわずかに眉をひそめた。

 あら。
 メイベルちゃんは小食だったの? だからこんなに細いのねぇ。

「まあ、いいじゃない。早くご飯食べたいわ! 」

 不審げに見てくるティナを気にせずスルーして、私は食事を促した。

「何にせよ、食欲があるのは良いことですわね。ではお着替えをいたしましょう 」

 あー。
 いちいち着替えるあれか~。

 貴族の暮らしってほんとメンドクサ~っ!
 心で愚痴りつつ、ティナに手伝ってもらいながら私は食事用のドレスに着替えた。

 その後もちろん、朝食はありがたく完食したわ。
 うん、異世界のごはんも美味しくて良かった!

 満足した私は、朝食後、腹ごなしに軽く庭を散歩して、学園に行く支度をした。




◇◇◇



 鈴蘭学園まで馬車に乗ったが、距離は近くてあっと言う間に到着した。
 こんなに近いなら、ランニングで行っても良い気がするけど。

 ご令嬢がひとり歩きなんてしたら、攫われたりするのだろうか?
 この世界のことがわかるまでは、慎重に行動しないとね。

 いつもならメイベルは、学園に着くとひとりで教室に向かうらしいのだが、私は初めて来た場所なのでティナに案内してもらい、職員室へと入った。

「メイベル君、ご両親から話は聞いているよ。昨日は大変だったね。体調は大丈夫かい? 」

 中年の優しそうなこのおじさんが担任らしい。

「はい。ご心配おかけしました。記憶はないのですが、体調は至って健康です。あの、先生のお名前を聞いても? 」

 私はご令嬢らしく、遠慮がちに先生の名を尋ねた。
 先生は薄くなりつつある頭を掻きながら、

「ああ、自己紹介がまだだったね。僕はコンラートだよ。2年白組の担任だからよろしくな」

「コンラート先生ですね。こちらこそよろしくお願いします」

 ご令嬢らしく。
 意識しながら、私はお淑やかにお辞儀した。

「……何だか前の君と随分印象が変わったね。クラスメイトの事も分からないだろうし、転校生と同じ扱いになるな。今日はみんなに記憶の事を話そうと思うがいいかね? 」

 そっか。
 みんな私の事を知っているのに、こちらは分からないんだよね。
 それなら、先生からちゃんと話してもらった方がいいよね。

「はい。そうして下さい。お願いします」

 担任との面談は終わり、私は先生と共に教室に入る事になった。


◇◇◇


「そういう話だから、みんなが知ってるメイベル君だが、メイベル君には君たちが分からない。転校生みたいな感覚でいると思うから、みんな助けてやってくれよ」

 先生は私が記憶喪失になったいきさつを生徒たちに説明した。その後、私の席を指差して教えてくれた。

「メイベル君、君は昨日休んでいたから席が残りものになってしまうがいいかね? シリルの隣になるのだが……」

 教室を見渡すと、みんな二組ずつ机をくっつけて座っている。
 後方の端っこに、ひとりだけ座っている男の子が見えた。その横の席が空いているので、私の席はあそこのようだ。

 ん? 
 先生、さっきシリル君の横って言ったよね?
 あれがシリル君か。隣になれるなんてラッキー!

 メイベルがいじめていたらしい男の子。探す手間が省けて良かったわ。

「あの後ろの席ですね。分かりました」

 先生に頷いて見せると、私は空いた席の方へと向かった。

「シリル君ですね。今日からよろしくお願いします」

 ニコッと微笑んで、着席する。
 シリル君は一瞬、ビクっと震えたみたいだったけれど、

「……よろしくお願いします」

 と小さな声で答えてくれて俯いた。

 日記では、シリル君は「醜い」って書かれていたけど、全然そんなことないけどな。

 顔はイケメンっていうのではないけれど、普通に整っていて安心できるタイプだ。
 目を引くのはその髪色と瞳。輝く銀髪に水色の瞳。全体的に色彩が薄くて、とっても綺麗。

 儚げな雰囲気が素敵な男の子だと思った。

 このクラスの人たちは、カラフルで原色に近い、濃い色の髪や瞳の人たちが多いみたい。

 私が知ってた世界では、あり得ないような色の髪や瞳の人たちなのだけれど、ファンタジー小説が好きだった私は、そんなに違和感を持たずにこの状況を把握することができた。

 この世界の人はみんなそうなのかな? 私みたいな黒目黒髪の人はいないみたいだ。

 今の状況を把握しながら、シリル君をこっそりと観察していると、ふいにシリル君がこちらを伺うように見てきた。

 視線が合った!

 ニコッと微笑んでみせる。……けど。
 シリル君の方は、サッと視線を前に戻してしまった。

 あー。
 やっぱり嫌われているよなぁ。いじめてたみたいだから、当たり前なんだけれど。

 少し凹んだ気持ちを立て直しながら。
 とりあえずは昼休みにでも、話しかけてみよう。

 めげずに目標の「謝って、仲直りする!」を私は頭の中で叫ぶのだった。



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