私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる

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勝ち組かと思ったら懺悔からのスタートだった。

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「……あら?私、こんな姿をしていたかしら? 」

 目の前に映る鏡の中の自分を見て、私は突如、違和感を感じた。

 黒目黒髪に違和感はないのだけれど、真っ白で瑞々しい肌、艶々の髪。

 なんだか、もの凄く若返ったみたい。

 それに顔のパーツも、以前の自分とは違う気がする。

 涼やかな二重にきれいな鼻筋、少し厚めの色っぽい唇。

 しかも、あれですよ。

 美人にしかついてなさそうな涙ぼくろ。それ、ついてますよ、私に。


 私は確か、フツーなおばさんだったと思うのですが? 

 肌はもっと黄色人種的な色だったし、顔のパーツは凹凸が少ないのっぺりとした「ザ・日本人」だったはず。

 若い頃だってブスではない筈だけど、こんな妖艶美女ではなかったよね?

 自分のほっぺを指でつんつんしてみる。鏡の中の私も真似してる。

「やっぱり私なのね。それにしても肌に弾力ありすぎっ! 赤ちゃんみたいなモチ肌じゃないっ!」

 私はおばさん特有の図太さで、この非現実的な状況を受け入れた。

「なんだかよく分かんないけど、こんな綺麗な美女になったんならお得じゃない。人生勝ち組で、もう一度やり直せるなんて最高! 楽しんじゃおうっと! 」

 鏡の中の私は、若い美女には似合わない”ガッツポーズ”をしていた。




◇◇◇



「メイベルお嬢様、お着替えのお手伝いに参りました。失礼致します 」

 洋風な部屋の中で、私は中世の貴族令嬢みたいな美しいドレスを身につけていた。

 ノックの後に部屋に入って来たのは、シンプルなメイド服を来た若い女性だった。

「私って、メイベルって言うの? 」

 ついそのメイドに尋ねると、彼女は顔を引きつらせた。

「メイベルお嬢様? 何を仰います? わたくしをからかっていらっしゃいますか? 」

 そうだよね~。

 自分の名前を聞くなんて、頭おかしくなったのかと驚くわよね~。

 でも、『私、中身がそのメイベルって令嬢と違うおばさんなんです』なんて言ったら、もっとドン引きされてしまうわよね~。

 この部屋、この服、彼女の身なりからして、ここは時代が中世っぽい。だからへんなことを喋ったら、狂人として幽閉されてしまうかも?

 危機感を覚えた私は、咄嗟に適当なことを答えていた。

「あー。えっとね? 私、夜中に寝相悪くてベッドから落ちたみたいなの。その時頭を打ったみたいで、記憶がぶっ飛んじゃったみたいなのよ? 」

 今の状況。いい感じに設定できたわ。

 ふふん。

 おばさんの適応力なめんなよ?

 私はファンタジー小説が大好きだったし、このくらいの言い訳はチョロいのよ。

「それは大変です! お嬢様、わたくしの事はお分かりですか? 幼い時から一緒の乳姉妹の、わたくしですわよ? 」

 中身が日本人のおばさんにわかるはずもなく。私は眉を下げて申し訳なさそうに答えた。

「ごめんなさいね、分からないわ。あなた、私とは乳姉妹なのね 」

 するとその女性は、みるみる涙を浮かべ、叫びながら部屋を飛び出して行ってしまった。

「旦那様ー! 奥様ー! メイベルお嬢様が大変でございますぅ~!! 」

 案の定、その後は大騒動だった。

 両親とおぼしき人達が部屋に飛び込んで来るわ、医者が運び込まれるように連れて来られるわで大変だった。

 医者の見立てでは、記憶はなくしているものの他には異常が見当たらないという事で、とりあえず両親は落ち着いてくれたようだ。

 この見解は、ある意味間違いではない。私も日本人だったって感覚はあるんだけれど、それ以上の記憶はほとんどないから。
 
 記憶は少しずつ戻るケースもあるし、戻らないケースもあると医者は告げた。つまり、「今後どうなるかわしゃ知らん」って言っているのである。

 医者は顎髭を扱きながら、「とりあえずストレスがかからない生活を」と述べると帰っていった。

 ティーンエイジャーらしきほど若返った私はその日、学園に行く予定だったらしいけれど、お休みすることになった。過保護っぽい両親から室内安静を言い渡されたのだ。

 それからは頻繁にメイドがやって来て、あれやこれや世話を焼こうとするので落ち着かない。

 これじゃ余計にストレス溜まるわ。深窓のご令嬢とやらも大変なのね~。




 やっと夜になり、ひとりになれた私は、美しい机に向かって座り、溜息を吐いた。

「さあ、これから私。どうやって生きてく事になるのかしら? この新しい私のことが分かる何かがあるといいけれど…… 」

 そう思いながら、机の引き出しや本棚などを探ってみると、一冊の分厚い日記帳のようなノートが見つかった。

 手に取ってめくってみる。

〈シリルのヤツ、平民のクセに生意気。私が魔力をあげると言ってやったのに、断るなんて。飛んだ恥をかかされたわ。あんなヤツ、明日から虐めてやるんだから〉

 最初のページには、そんな言葉が綴られていた。

「何? この感じ悪い文面は! 」

 驚きながら、次のページをめくってみた。

〈今日は校庭で草取りの作業があった。みんな魔法で草を取っているのに、シリルのヤツは手で抜いてたからみんなで馬鹿にして笑ってやったわ。いい気味。みんなが草を取った分だけアンタもやりなさいよ、と言ったら、放課後残って続きをやってたし。馬鹿じゃないの。先生に言われた訳じゃないんだから、あんな言葉は無視すればいいのにさ〉

〈シリルのヤツ、たくさんの荷物を抱えた女子の手伝いをしようと声をかけてたけど無視されてた。いい気味! 醜いアンタなんか、誰も相手にしないわよ~だ! ふふっ、わざとそばに行って笑ってやったわ〉  

〈今日は女子たちみんなでジャンケンをした。負けたドロシーがシリルのヤツを呼び出して愛の告白をしたのよ。シリルのヤツ、頬を染めてオロオロしていたから、みんなで出て行って笑ってやったわ。ああ良い気持ち!〉




 …………。


「なんなの? コレ……。小学生の男の子が、好きな女の子をいじめるレベル? ううん、それよりも悪質な気がするわね 」

 だけどもしかして、これが私なの?

 冗談キツいわ~!

 おばさんはね~、あらゆる荒波に揉まれてきたんだから、正義感だけは強いのよ。

 こんなに図太くなってしまったけれど、人を傷つけたり傷つけられたりするのは大嫌いなの!

 コラッ! メイベル、 謝んなさい!! シリルって子に!

 ……って、それ自分だぁ~!

「仕方ないわね~。今度シリルって子に会ったら謝って、私のお尻ペンペンさせてあげよう。それで許してくれるといいんだけれど 」

 せっかく妖艶美女になれて勝ち組だと思ったのに、懺悔から始まるのかよ~!

 やれやれ。

「ハァ~、どっこいしょっと 」

 私は椅子から立ち上がり、ベッドに向かった。

「悩んでも仕方ないことは、悩まない。寝るに限るわ」

 中身が潔いおばさんな私は、転生だとか、イジメだとか、難しいことを考えるのはやめて、さっさと眠ることにした。

 睡眠が一番の解決策なのである!


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