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神様からの贈り物〜没落令嬢と奴隷〜
しおりを挟む「テオ、今までよく仕えてくれてありがとうね。私があなたにあげられるものはこれしかなくて、今までのお礼には足りないと思うけれど、許してくれる?」
私は最後のひとりとなった同居人であり、奴隷のテオに男物の時計を差し出した。
テオは私の手元の時計を見て、目を見開いた。
「セーラお嬢様、これは亡き奥様が旦那様に贈ったお品ではありませんか。このような大切な物はいただけません 」
テオは首を左右に振って、時計を拒んだ。
「いいのよ。元はと言えば、父様の不甲斐なさでこの伯爵家が没落してしまったんだもの。長いこと仕えてくれたテオの退職金として、これを渡したってバチは当たらないわ 」
私がそう言っても、なおテオは受け取ろうとしない。
「奥様の形見すら、食料に代えてしまったではないですか。両親の思い出の品がひとつもないなど、お嬢様がお気の毒過ぎます 」
優しいテオは、私が奴隷から解放すると言っているのに、最後まで屋敷に残ってくれた。
「でも、あなたをこれ以上ここに置いてあげる力が私にはないの。他で暮らすための資金は必要だわ。あなたはもう奴隷じゃないのだから、今まで自由がなかった分、これからは幸せになってちょうだい 」
私はテオの手を取って、無理矢理時計を握らせた。
「セーラお嬢様……。俺が時計を持ってここを出て行ったら、お嬢様はおひとりで、どうなさるのですか? 」
テオは少し怖い顔をして聞いて来た 。
「……大丈夫よ。私、母様を追って死んだりしないから。これからは平民として、どこかで住み込みで働かせてもらうわ。そう言うところが見つかるまでは、髪でも売って、食べ繋ぐつもりよ。きっと何とかなるわ 」
ホントはそんなに上手くいく話じゃないってわかってる。
推薦状もツテもなく、人を雇ってくれる場所なんて簡単には見つからないだろう。
それでも私は探さなければならないのだ。
その前に、テオを解放してあげなくては……。
彼は奴隷でいて良いような人物じゃないのだから。彼ならすぐに働き口を見つけられるに違いない。
寂しい気持ちを堪えて、私はまた微笑んだ。
◇◇◇
セーラお嬢様が10歳の時、俺は奴隷としてこの屋敷にやって来た。
その時俺は13歳で、隣国の貴族だったのだが、政争に負けた一族だったため、奴隷落ちしてこの国へ売られて来たのだ。
セーラお嬢様の従者として買われ、初対面した時のことーー。
俺にはもう名乗る名がないと知ったお嬢様は、俺に「テオ」と名付けてくれた。
「あなたは今日からテオよ。神様からの贈り物っていう意味なの。私、あなたを神様からの贈り物と思って大切にするわね。よろしくね 」
まだ幼かったセーラお嬢様は、奴隷の俺に対して、そんな風に優しく言って下さった。
当時、フォレスト伯爵家はそれなりに豊かであったのだが、近年の悪天候で農地が荒れ、段々と衰退していった。
奥様はもともとお身体が弱い方で、俺が来た時から床に就いていたのだが、セーラお嬢様が16で成人したのを見届けるかのように儚くなられた。
本来なら、セーラお嬢様は社交界にデビューし、良き婚約者を探す年頃だった。
けれど、領民の苦しい状況を見て、お嬢様はそれどころではないと自分の持っていたドレスをみんな売り払ってしまった。
そして少しでも傾きを遅らせようと、使用人を少しずつ下がらせ、お嬢様自らが家事をこなされていた。
そんな努力も虚しく、旦那様が詐欺に遭い、完全に没落してしまったのだ。そして旦那様はセーラお嬢様を残して蒸発してしまった。
◇◇◇
今ではお嬢様は、食を確保するため、母君の形見である宝石やドレスまで質に入れられた。
お嬢様は地味なワンピースを纏い、髪飾りひとつつけていない。もう、唇を飾る紅だって、残ってはいないのだろう。
しかし、そんな追い詰められた状況にあっても、お嬢様はいつも静かに笑い、気品を損なうことはなかった。
こんなに心優しく、清らかなお嬢様が、なぜこんな苦労をしなければならないのか。
俺はこの無垢なお嬢様を放ってなどおけるはずがなかった。
「セーラお嬢様、俺を奴隷から解放などせず、外で働かせればよろしいではありませんか。贅沢はできませんが、お嬢様おひとりくらい、何とか食べさせていけると思います。……それか、俺を売れば、纏まった金が手に入るのですよ? 」
お嬢様は俺の言葉を聞いて、困った表情で微笑んだ。
「テオ、私を心配してくれるのね。ありがとう。でも私、もともと家を継いだらあなたを奴隷から解放すると決めていたのよ。それが少し早まっただけ …… だから、今まで不自由だった分、これから幸せになってちょうだい」
俺は、いつもご自分を後回しになさるお嬢様が、心配でたまらない。
このように世間知らずでうら若き乙女が、たったひとりで生きようとすれば、すぐに狼に捕まり、骨までしゃぶられてしまうだろう。
そんなことになるくらいなら……。
「セーラお嬢様、俺を奴隷から解放して下さるなら、そして貴女が平民になると言うのなら、どうか私を夫にしてはいだだけませんか?それなら俺が、貴女を食べさせてもいいでしょう?」
俺はお嬢様をお守りしたい。
どうか受け入れてくれ……。
祈るような気持ちで返事を待つ。
お嬢様は目を見開いた後、瞳を揺らしてまつ毛を伏せた。
「……でも、私を連れにしてしまえば、重荷になるのではなくて?あなたひとりなら、どのようにでも生きていけるでしょうし、もう私の守りなどせずに、好きな女性と結婚だってできるのよ? 」
「セーラお嬢様以上に好きになれる女性などいません。……お嬢様は、俺のような奴隷上がりと添うのはお嫌ですか?」
俺は懇願するような視線でお嬢様を見つめた。するとお嬢様は視線を彷徨わせて頬を染めた。
「私、きっと伯爵家を立て直すために、政略結婚しなければならないと覚悟していたのよ。だから誰にも恋しないって決めていたわ。……でも、もしも恋することを許してもらえるのなら、テオがいいに決まっているわ……」
「お嬢様……貴女を抱きしめても良いですか……?」
「テオ……私、もうお嬢様じゃないのよ。セーラって、呼び捨ててちょうだい」
セーラはつつ、と俺に近寄って、その身を俺に捧げるようにくっつけて来る。
俺は優しく抱擁し、耳元で囁いた。
「セーラ……キスしたい。良いか?」
「ええ……もちろん 」
ふたりのシルエットがそっと重なった。
まさか、奴隷の俺が、高嶺の花だったセーラお嬢様を自分のものにできる日が来ようとは……。
不運なお嬢様には申し訳ないけれど、俺はこの状況に感謝していた。
するとお嬢様まで声を出して笑った。
「ふふっ、こんな時になんだけど、テオと添い遂げる事ができるなら、お父様に感謝しなければならないわね。それに、貴方はやはり、神様からの贈り物だったわ。神様にも、感謝しなくてはね 」
ハタから見れば、先の見えない不幸ど真ん中のふたりだったが、本人たちはこの上なく幸せで、希望に溢れているのだったーー。
~終わり~
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