私のツクヨミ様

花野はる

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私のツクヨミ様

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「ツクヨミ様、こんばんは。今夜は素敵な三日月でいらっしゃいますね。今日は3番目に入って来た、夢花が素敵なおうちに貰われていきました。ツクヨミ様、夢花が新しい家族と幸せに暮らせますよう、どうか見守って下さい」

 私は今日も、両手を組むように合わせてツクヨミ様に語りかける。

 孤児院の仲間たちは、私が毎晩窓辺に向かい、月に話しかけるのを馬鹿馬鹿しいと笑うけれど、私は至ってまじめなのだ。

 夜空に浮かぶ、あの美しいお方は、月、なんて言うただの物体ではないの。

 ツクヨミ様は、私の素敵な王子様。
 私には、金の髪に宵闇色の瞳をした、美しい男性に見えているのだから。

「照美がまたお月様ごっこしてるぜ! あんな星なんかに話しかけかて、ばっかじゃねーの!」

 5番目に入ってきた、やんちゃな幹生がまた私に突っかかってきた。

「幹生には関係ないでしょ。ほっといてちょうだい」

 私はクールに言い放つ。
 すると幹生は口を歪ませて、悔しげに言い返して来た。

「一番最初にここへ来て、一番年上のくせにそんなコドモじみたことやってるから、未だにお前の貰い手がないんだよ! バーカバーカ」

 私は幹生に言い返すのも面倒なので、ひとつため息をこぼしてスルーした。

 私は照美、15歳。
 親がいないから、苗字はない。
 私は赤ちゃんの時からここにいるらしい。

 この孤児院には16歳までいられるけれど、誕生日が来たら、ひとりで社会にでなければならない。

 通常女の子は、子がない家庭などに引き取られていく。けれど私は器量も悪く、頭も良くないので、何度か面会に来た夫婦がいたけれど、引き取ってはもらえなかった。

 本当の親の記憶もない、こんな私だけど、案外寂しくない生活をしている。

 それは、ツクヨミ様が見守ってくれているからーー。


◇◇◇


 まだ私が5歳の時、ひとりで眠るのが寂しくて、布団の中で泣いていた夜があった。

 その日は、一番仲が良かった美里が里親に引き取られ、いつも同じお布団で眠っていたから寂しくて。

 だけど、声を出して泣いたら隣の子に叱られるから、私は歯を食いしばって涙だけ流していたのだ。

 そんな時、私の頭の中で、優しい男の人の声がした。

「照美、寂しいのかい? 寂しかったら、窓を覗いてごらんなさい」

 私は布団から目を出して、なんとなく窓の方を見た。

 ちょうど窓の外には綺麗な満月が見えて、その光が私に柔らかく降り注いでいた。

 私はその月の中に、綺麗な男の人の姿を見たような気がして、その人に優しく撫でられ、慰めてもらった気がしたのだ。

「いつも、私が照美を見守っているよ。だから君はひとりぼっちじゃない。話したいことがあれば、いつでも私に話しかけて。私はいつも君を想ってる」

 それから私は、寂しい夜には月を探した。それはだんだん習慣のようになっていき、毎日手を合わせては、1日の報告をするようになった。


◇◇◇


 私が次の誕生日を迎えたら、この孤児院から出なくてはならない。だからどこか住み込みで、働ける場所を探さなければならない。

 だけど3ヶ所面接を受けたけれど、どこも内定をもらえなかった。

 孤児院のシスターは、ため息をついて私を見た。

「本当にあなたには困ったものねぇ。里親も見つからないし、住み込みで働ける職場もみんな断られちゃって。誕生日までに何とかしなきゃいけないんだけどねぇ」

 そう、私は器量が悪く、頭が悪いだけじゃなかったのだ。何をやっても鈍臭くて不器用ときた。

 私の取り柄と言ったら、メルヘンな感じのイラストを描くことと、空想癖があるのでそのイラストにお話をつけることくらいだ。

 だけどみんなには、そんなものは一円にもならないと笑われていた。

 そして、私は中学卒業後の進路も決まらないまま、誕生日を迎えようとしていた。

「ツクヨミ様こんばんは。私はあと一週間でここから出て行かなくてはなりません。どうか、次の住まいでも、窓からツクヨミ様と会えますように。そんな住まいに越せますように」

 私はいつものように手を合わせてから眠りについた。


◇◇◇


 翌朝、私が起きて、歯磨きをしていると、シスターがいつになく慌てた様子でやって来た。

「照美! 大変よ。あなたの養父になってくださるという方から連絡が来てね、今夜その方が孤児院にいらっしゃるのよ。今度こそ、きっと上手く話が纏まるに違いないわ。良かったわねぇ、照美」

  シスターは瞳を輝かせながら言ったけれど、私はあまり嬉しいとは思わなかった。

 ーー今まで散々期待してダメだったんだもの。今回もきっとダメに決まってる。

 もう失望するのは辛いから、私は自分にそう言い聞かせて時間を過ごした。

 養父になると言って下さった方は、50歳のお金持ちの方らしい。

 その方は多忙な方で、夜遅い面会しか出来ないと言って来たらしいが、私の進路が決まらず困っていたシスターは、何時でも構わないから来て欲しいと言ったそうだ。

 私はきっとダメだと思いつつ、約束の7時が来る頃にはとてもソワソワしていた。それは期待に溢れるシスターも同じだった。

 だけど、やっぱりーー。

 7時になっても、8時になっても養父になってくれると言った方は現れなかった。もうすぐ9時。就寝の時間だ。

 私はやっぱりダメだったんだと、悲しい気持ちで窓を眺めた。

 今夜は眩しいほどの満月。

「ツクヨミ様、私は孤児院を出て、ひとりで生きていけるのでしょうか……。この地に私の居場所はあるのでしょうか……。もしもないのなら、私を月に住まわせては頂けませんか? ツクヨミ様と一緒なら、きっと毎日幸せだと思うのです……」

 私が手を合わせ、そう願っていると……。

 月明かりの下で、一人の男性がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。

 月の光に照らされた、その男性の髪は金色に輝き、瞳は影になって宵闇色に見えた。

「あっ、ツクヨミ様だ! ツクヨミ様が迎えに来てくれた!」

 私は玄関に向かって走った。

 玄関近くにたどりつくと、ちょうど訪ねて来たその男性と、シスターが玄関で挨拶をしている所だった。

「シスター、予定の時間より大幅に遅れて申し訳ない。父が来る予定だったのですが、どうしても仕事が片付かないため、急遽、俺に行くようにと言われまして。俺は遠方にいるものですから、こんな時間になってしまいましたが、面会は可能でしょうか?」

 その男性は、電気の元では普通に黒髪黒目で、20代くらいの若者だった。

 シスターは、私が玄関を覗いていたのに気づいて、私を呼び寄せた。

 私はおずおずと近づいた。その男性はにっこりと微笑んで、私に挨拶をしてくれた。

「照美さん、かな? はじめまして。俺は紅林聡と言います。あなたの養父になる方の息子ですよ。今日は約束の時間から2時間も遅れてしまい、申しわけありませんでした」

「養父になる? まだ、決まっていないでしょ?」

 私はすでに決まったような言い回しをする男性に向かって言った。

「もちろん、照美さんが嫌でなかったら、だけど。男ばかりの所帯だから不安かもしれないが、俺たちは君のお母さんと家族だった者だから、何も心配はいらないんだよ」

 そう言って、男性は私の頭を優しく撫でた。

「えっ、お母さん?」

「そう。君のお母さんが、君のお父さんと上手く行かなくて、借金も抱えてた時、どうにもならずに君を孤児院に預けて離婚したんだ。それから数年後、うちの会社で掃除婦として働いていた時、父と恋をして再婚したんだよ。父も再婚で、俺は連れ子だったけど、君のお母さんは俺にもとても良くしてくれたんだ。お母さんは残念ながら2年前に病気で亡くなってしまったんだが、亡くなる前に始めて君のことを語ったんだ」

 紅林と名乗った男性は、少し寂しげに語った後、一呼吸おいて続けた。

「君の年齢と照美という名前しか分からなかったから、手を尽くして探したんだがこんなに時間がかかってしまった。君が誰かに引き取られて幸せなら、名乗りをあげるつもりはなかったんだが、どこにも行ってなくて良かった。こうして君に会うことができたのだから」

 私は夢のような話だと思ったけれど、私のような能無しで役立たずが本当に引き取って貰えるのか不安だった。

「私、頭悪いし不器用なの。鈍臭いから就職口も見つからなくて。見た目もこんな不細工だし……。こんな私でも、引き取って下さるのですか?」

 私は相手の顔を見ることができず、俯いたままそう尋ねた。

「君は不細工なんかじゃないよ。女の子は飾り方ひとつで変わるんだから。……君の好きな事や得意な事は何かある?」

 紅林さんは優しく言って、私に質問を投げかけた。

「絵を描く事と、お話を作る事くらいしかないけれど……」

 私は自信なさそうに言ったのだけど、紅林さんは興味深そうに尋ねて来た。

「へぇ。どんな絵を描くんだい?」

「んっと、動物の絵や花の絵とか……」

「素晴らしいね。それなら君は、絵本でも作ってみればいいんじゃないか? うちの父は出版社を経営しているから、上手く描けたらお店に置いてあげられるよ」

 私は自分の趣味を褒められたのが始めてなので、とても嬉しく思った。

「どうだい? 照美さん、俺んちに来てくれるかな?」

 私はもちろん、二の句も継げずに頷いた。

 その日は遅かったこともあり、それくらいの会話ですぐに紅林さんは帰って行った。

 日にちを改めて養父さんが来て、正式な手続きを済ませた。

「明後日聡が迎えに来るからね。一緒に我が家へ来るといい」

 私はまた、あの素敵な男性と会えると思うと心が踊ったーー。


◇◇◇


「やあ、照美さん。お待たせしたね。荷物はこれだけかい?」

 そう言って、紅林さんは私の荷物を持ってくれた。

「照美、幸せになるのよ」

 シスターが涙を浮かべて私にそう言った。

 私はこくんと頷いた。


 私と紅林さんが玄関から外に出ると、外は薄暗くなりはじめていた。

 最後に孤児院を見ておこうと振り返ると、幹生たちが窓から顔を出して手を振っていた。

「てるみー! 元気でなー! 絶対幸せになれーっ!」

「ありがとー! あんたたちもよー!!」

 私は精一杯手を振り返した。


「......さあ、行こうか」

 紅林さんが優しい声で私に言った。

「はい!」

 私は元気よく返事をして、紅林さんについて行く。


 夕暮れの空には、薄い月が見え始めていた。

 私はそこに、もう、ツクヨミ様は見えないことが分かった。

 だって、私のツクヨミ様は、すぐ目の前に来てくれたからーー。












 お読みいただき、ありがとうございました!
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