撮り残した幸せ

海棠 楓

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 史郎はかつて、そこそこ名の知れたカメラマンだった。それこそ食っていける程度には、知名度も稼ぎもあったのだ。そして当時、史郎をアシスタントとして雇い、一人前になるまでバックアップしてくれた師匠である男とは、恋仲でもあった。
 ある年、史郎は日本で開催される国際的な写真コンテストにおいて最優秀フォトグラファー賞を受賞、一躍時の人となった。当然有名になればあれやこれやと詮索されたり過去をほじくり返されたりあることないこと書かれたり、ということも避けることはできず、ついには師匠との関係も世に暴かれることとなってしまった。写真の実力よりもスキャンダルが先行してしまい、史郎=若き才能溢れる写真家、ではなく史郎=ゲイのカメラマン、というイメージがついてしまった。当時世間の好奇の目や手厳しい向かい風を一身に浴びるにはまだ若すぎた史郎は師匠と絶縁し、その後の活動をも断念したのだった。
「史郎さん、どうしたんですか?」
 苦々しい記憶を思い出してしまい、渋い顔をしていると、心配そうにジュンがのぞき込んできた。
「もう一度、カメラを持ってみる気はないの?」
「えっ、……」
 即答できないということは未練があるのだろう、と史郎は確信した。
「仕事しながらでも、もう一度やってみたら?」
「どうしてそんなこと言うんですか?」
 ジュンは怪訝そうな目をして問う。セックス目的で出会ったおじさんからこんなことを言われたら不審に思うのは当然だろう、史郎はそう思って苦笑した。
「うん、僕が力になれれば、って思ったんだ。多少の心得はあるから、さ」
「そう、なんですか?」
「もちろん無理強いはしないよ。ただ、君にはまだ未練があるように見えたから」

 酔狂な思いつきだったかもしれない。しかし史郎にはちょうど良い落とし所だったのだ。恋をするには無理がある、けれども間違いなく好意を抱きつつある彼と、一緒にいる理由として。

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