撮り残した幸せ

海棠 楓

文字の大きさ
上 下
9 / 18

9

しおりを挟む
 史郎はかつて、そこそこ名の知れたカメラマンだった。それこそ食っていける程度には、知名度も稼ぎもあったのだ。そして当時、史郎をアシスタントとして雇い、一人前になるまでバックアップしてくれた師匠である男とは、恋仲でもあった。
 ある年、史郎は日本で開催される国際的な写真コンテストにおいて最優秀フォトグラファー賞を受賞、一躍時の人となった。当然有名になればあれやこれやと詮索されたり過去をほじくり返されたりあることないこと書かれたり、ということも避けることはできず、ついには師匠との関係も世に暴かれることとなってしまった。写真の実力よりもスキャンダルが先行してしまい、史郎=若き才能溢れる写真家、ではなく史郎=ゲイのカメラマン、というイメージがついてしまった。当時世間の好奇の目や手厳しい向かい風を一身に浴びるにはまだ若すぎた史郎は師匠と絶縁し、その後の活動をも断念したのだった。
「史郎さん、どうしたんですか?」
 苦々しい記憶を思い出してしまい、渋い顔をしていると、心配そうにジュンがのぞき込んできた。
「もう一度、カメラを持ってみる気はないの?」
「えっ、……」
 即答できないということは未練があるのだろう、と史郎は確信した。
「仕事しながらでも、もう一度やってみたら?」
「どうしてそんなこと言うんですか?」
 ジュンは怪訝そうな目をして問う。セックス目的で出会ったおじさんからこんなことを言われたら不審に思うのは当然だろう、史郎はそう思って苦笑した。
「うん、僕が力になれれば、って思ったんだ。多少の心得はあるから、さ」
「そう、なんですか?」
「もちろん無理強いはしないよ。ただ、君にはまだ未練があるように見えたから」

 酔狂な思いつきだったかもしれない。しかし史郎にはちょうど良い落とし所だったのだ。恋をするには無理がある、けれども間違いなく好意を抱きつつある彼と、一緒にいる理由として。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

もう遅いなんて言わせない

木葉茶々
BL
受けのことを蔑ろにしすぎて受けに出ていかれてから存在の大きさに気づき攻めが奮闘する話

指導係は捕食者でした

でみず
BL
新入社員の氷鷹(ひだか)は、強面で寡黙な先輩・獅堂(しどう)のもとで研修を受けることになり、毎日緊張しながら業務をこなしていた。厳しい指導に怯えながらも、彼の的確なアドバイスに助けられ、少しずつ成長を実感していく。しかしある日、退社後に突然食事に誘われ、予想もしなかった告白を受ける。動揺しながらも彼との時間を重ねるうちに、氷鷹は獅堂の不器用な優しさに触れ、次第に恐怖とは異なる感情を抱くようになる。やがて二人の関係は、秘密のキスと触れ合いを交わすものへと変化していく。冷徹な猛獣のような男に捕らえられ、臆病な草食動物のように縮こまっていた氷鷹は、やがてその腕の中で溶かされるのだった――。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

馬鹿な先輩と後輩くん

ぽぽ
BL
美形新人×平凡上司 新人の教育係を任された主人公。しかし彼は自分が教える事も必要が無いほど完璧だった。だけど愛想は悪い。一方、主人公は愛想は良いがミスばかりをする。そんな凸凹な二人の話。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 作者は飲み会を経験した事ないので誤った物を書いているかもしれませんがご了承ください。 本来は二次創作にて登場させたモブでしたが余りにもタイプだったのでモブルートを書いた所ただの創作BLになってました。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

「誕生日前日に世界が始まる」

悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です) 凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^ ほっこり読んでいただけたら♡ 幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡ →書きたくなって番外編に少し続けました。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

処理中です...