撮り残した幸せ

海棠 楓

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「あっ……ごめんなさい、ちょっと、思ってたより……」
 一回りほど年下の男が目の前で口ごもっているのを、史郎は冷めた心持ちで見ていた。ああ、またか、という感情しかなかった。もごもごと謝罪すると、相手は逃げるようにその場を走り去った。
 まだ誠意があった方だな、と史郎は不思議と穏やかな気持ちになった。あからさまに「なんだ、ジジイじゃん」と吐き捨てられたこともあったのだから。
 年齢を公表していると出会いがなくなり、年齢を非公開にしてみるとこのざまである。

 五十三歳独身の史郎はゲイだ。
 若い頃から、適当な男を引っ掛けてはその場限りの関係を築いては壊し、を繰り返しているうちにこんな歳になってしまった。
 男好きする顔立ちと独特の色気で、然るべき場所に行けば相手に困ることはなかった。だがいつからだろう、相手探しに苦労しだしたのは。彼が『抱かれる側』だから尚更、なのかもしれない。
 若い頃はよく可愛いと言われていた容姿も、寄る年波には勝てず、肌のハリも徐々に失われ、白髪もちらほらみえ隠れするように。
 とはいえ今流行の『枯れオジ』の類に入る史郎は、決して脂ぎった醜いオッサンではなく、若い頃から細身だった体はなおも健在で、色素の薄い髪や瞳に白い肌はさっぱりと清潔な印象を与えた。さらに彫りが深い顔立ちは白人男性のようにも見え、そこに刻まれた僅かな皺は、良い味わいとしてその容姿に華を添えているようにも見える。歳を重ねて、風格や余裕までが携わって、むしろ若い頃にはなかった魅力までが花開いたようである。

 とはいえ、いくら実年齢よりは若くても、世間の男は史郎をまるで”対象外”扱いである。なので最近では、ゲイ専用の出会い系アプリを利用するようになった。
 親切にも年代別に分かれていたりするので、四十代後半~五十代前半のアラフィフ専用に入り浸っては男漁りを繰り返している。もうすぐここにもいられなくなるな、と思っては憂鬱になる今日この頃である。
 条件をクリアしてから実際に会うから、最終目的まで持ち込める成功率は極めて高く、史郎は毎週のように別の相手と寝た。性欲をどうにかしたいというよりも、欲しがって欲しかった。がむしゃらに求められたかった。もうこんな手を使わないと、求められることも、欲されることも、なくなってしまったのだ。


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