大掃除にて

海棠 楓

文字の大きさ
上 下
3 / 10

第3話

しおりを挟む
「ごめんね、課長の話が長くって。今どこ?」
 そう羽田から連絡が来たのは、それから一時間ほど経ったころ。誰とも大した挨拶もしない手塚はその一時間ほぼ待ちぼうけだった。社内の目を避けるため、近所の喫茶店で時間を潰していた。
「工場の向かいの喫茶店にいました、これから出ます」
「あ、いいよいいよ、迎えに行くから」
『迎えに行く』という言葉に妙にキュンとしてしまい、手塚は頬を熱くした。言われたとおり待っていると、十分ほどで鐘の鳴る喫茶店の扉から羽田が現れた。
「お待たせ。行こうか」
「はい」

 ああ、顔がいい。 

 手塚は一時間ぶりに拝む羽田の顔を、またもまじまじと見つめた。しかもさっき着ていたいかにもな作業用ジャンパーはもう着ておらず、ピンストライプのスリーピーススーツ姿。スーツ姿にも弱い手塚はクラクラした。

 羽田が行きつけにしているという小料理屋へ連れて行ってもらうことになった。十分弱歩くらしい。並んで歩くのがなんだか変な気分だ。
 案内されたのはこじんまりとした佇まいで、よく前を通っているのに見落としていた、そんな店だった。中年から初老にさしかかった男性が一人で切り盛りしているようだ。羽田がよく利用するという奥の席に通された。
 スーツのジャケットを脱いでベストとワイシャツ姿になった羽田が眩しくて直視できない。
「じゃあ、まずは今年一年お疲れ様」
 羽田がにこやかにジョッキを掲げるので、手塚も同じようにジョッキを掲げた。
「お疲れ様でした」
 ジョッキとジョッキが軽くぶつかるガラス音が心地良い。このジョッキたちみたいに、俺も羽田さんとキスしたい、この時点でもうそんなことまで考えてしまう手塚だった。
「手塚くん、のこと。少し聞いてきたよ。畳職人になるために生まれてきたような子だってね」
「そう、ですか」
 誰がそんなことを言ったのか知らないが、褒められているのかいないのかよくわからないため、リアクションに困ってしまう。そして手塚は羽田のことを何も知らないままだった。部署も、年齢も、何も。
「まだ四年目だけど筋がいいから将来期待できる、若手の育成に今後ますます力を入れていきたいってさ」
 にこやかに語る羽田の、時折ビールを飲むときに上下する喉仏を、手塚は凝視していた。触りたいなあ、撫でたいなあ、舐めたいなあ。
「手塚くん?」
「え、あ、はい」
「大丈夫? ぼーっとして。お酒あまり強くないのかな」
「いえ、すみません、大丈夫です」
 手塚はザルである。

「ところでね」
 白子ポン酢を小皿に取りながら、羽田は切り出した。
「同僚の子が言ってたこと、あれ本当?」
 やっぱり来たか、と手塚は息を飲んだ。もうなかったことにしてくれるのかな、なんて思っていたが甘かった。やはり詰問されるのか。
「はい。僕は昔からその、男の人しか好きになれないみたいで」
「そっちじゃなくって」
「え?」
「僕のこと、狙ってるの?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

叔父さんと一緒♡

らーゆ
BL
叔父とショタ甥がヤッてるだけ。ガチのヤツなので苦手なひとは回避推奨。

隠れSな攻めの短編集

あかさたな!
BL
こちら全話独立、オトナな短編集です。 1話1話完結しています。 いきなりオトナな内容に入るのでご注意を。 今回はソフトからドがつくくらいのSまで、いろんなタイプの攻めがみられる短編集です!隠れSとか、メガネSとか、年下Sとか…⁉︎ 【お仕置きで奥の処女をもらう参謀】【口の中をいじめる歯医者】 【独占欲で使用人をいじめる王様】 【無自覚Sがトイレを我慢させる】 【召喚された勇者は魔術師の性癖(ケモ耳)に巻き込まれる】 【勝手にイくことを許さない許嫁】 【胸の敏感なところだけでいかせたいいじめっ子】 【自称Sをしばく女装っ子の部下】 【魔王を公開処刑する勇者】 【酔うとエスになるカテキョ】 【虎視眈々と下剋上を狙うヴァンパイアの眷属】 【貴族坊ちゃんの弱みを握った庶民】 【主人を調教する奴隷】 2022/04/15を持って、こちらの短編集は完結とさせていただきます。 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 前作に ・年下攻め ・いじわるな溺愛攻め ・下剋上っぽい関係 短編集も完結してるで、プロフィールからぜひ!

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

嫌がる繊細くんを連続絶頂させる話

てけてとん
BL
同じクラスの人気者な繊細くんの弱みにつけこんで何度も絶頂させる話です。結構鬼畜です。長すぎたので2話に分割しています。

潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話

あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは マフィアのボスの愛人まで潜入していた。 だがある日、それがボスにバレて、 執着監禁されちゃって、 幸せになっちゃう話 少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に メロメロに溺愛されちゃう。 そんなハッピー寄りなティーストです! ▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、 雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです! _____ ▶︎タイトルそのうち変えます 2022/05/16変更! 拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話 ▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です 2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。   ▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎ _____

処理中です...