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第二章
第9話
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「センセ、何をそんなにはしゃいでんの。いいオトナがみっともないですよ」
刈谷にたしなめられ、あはは、と笑って車に戻る。
「でもさ……もうこの景色、当分見られなくなるかもしれないって思うと……悠と、もう一回、見ておきたかったんだ」
「へっ?!」
刈谷が血相を変えて長谷部に向き直った。
「見られないって……何それ、どういうこと」
「……うん、実は……俺が将来フランスで古文を教えたいってのは、前にも話したことあるよね。んで、今回、母校の大学院でその研修というか、勉強会のような講座が開かれたんだよ。その単位を取ってれば優先的にフランスに行ける」
悠一は瞬時に頭に血が上った。
長谷部の夢を理解できないわけではない。
むしろ応援したい。
刈谷は現在現代文の教師だが、大学院の専攻も、今後本当に学びたいのも実は古文であり、ゆくゆくは海外で古文の教鞭をとるのが夢だと悠一も常々聞かされていた。
だが、こんなに急に離れ離れになる日が来るなんて。何故言ってくれなかったのか。
一言の相談もなく決めてしまったのか。
長谷部にとって自分は一体どれぐらい大事な存在なんだろう。
長谷部の将来に自分の居場所はあるのだろうか?
やっぱり子どもにはそんな大事な相談はしてくれないのだろうか──?
「……悠?怒ってる?」
恐る恐る刈谷の顔を覗き込む長谷部。
悠一は俯いたままだ。
「悠……聞いて、俺……悠が行くなって言うんなら……」
「そんなちっぽけな決心なら最初からするなよ!」
悠一は声を荒げた。
行き場のない怒りを、どこにぶつけていいかわからない。
どうしてこいつは年上のクセにこんなに頼りないんだ、
なんでこう優柔不断なんだ、
なのになんでこんなに──好きなんだ。
「もういいよ、どこへでも行けばいいだろ。どうせこんな子どもの俺なんかなんとも思ってないんだろ。向こうでいい人すぐ見つかるもんな、カッコよくてモテモテのセンセならさ。また向こうで別の学生でもたぶらかせばいいんじゃない?」
長谷部の表情が変わった。
悠一自身、ちょっと言いすぎた、と思った。
長谷部がゆっくりと上体を起こすと、突然悠一めがけて振りかぶった。
殴られる──?!
咄嗟に悠一は目を閉じた。
だが、やってきたのは、予想していた手痛い感触とは全く逆の、優しく包み込む感触だった。
長谷部は悠一を柔らかく抱きしめ、髪に指を梳き入れると、くしゃくしゃと撫でた。
こんなに密着するのは告白された日のあのハグ以来で、悠一の心臓はうるさく早鐘を打ち、身を固くした。
「……ばかだな。悠の事なんとも思ってないって?だったらわざわざこんなとこに来ないよ。それに……誰も今すぐなんて言ってないだろ?」
え、と顔を上げる。
いつもの優しい眼差しがそこにある。
「悠が卒業したら、一緒に行こうと思う。だから、良かったら俺の母校を受験してくれないかな、と思って。で、早めに言っておいた方がいいと思ったんだよ」
刈谷にたしなめられ、あはは、と笑って車に戻る。
「でもさ……もうこの景色、当分見られなくなるかもしれないって思うと……悠と、もう一回、見ておきたかったんだ」
「へっ?!」
刈谷が血相を変えて長谷部に向き直った。
「見られないって……何それ、どういうこと」
「……うん、実は……俺が将来フランスで古文を教えたいってのは、前にも話したことあるよね。んで、今回、母校の大学院でその研修というか、勉強会のような講座が開かれたんだよ。その単位を取ってれば優先的にフランスに行ける」
悠一は瞬時に頭に血が上った。
長谷部の夢を理解できないわけではない。
むしろ応援したい。
刈谷は現在現代文の教師だが、大学院の専攻も、今後本当に学びたいのも実は古文であり、ゆくゆくは海外で古文の教鞭をとるのが夢だと悠一も常々聞かされていた。
だが、こんなに急に離れ離れになる日が来るなんて。何故言ってくれなかったのか。
一言の相談もなく決めてしまったのか。
長谷部にとって自分は一体どれぐらい大事な存在なんだろう。
長谷部の将来に自分の居場所はあるのだろうか?
やっぱり子どもにはそんな大事な相談はしてくれないのだろうか──?
「……悠?怒ってる?」
恐る恐る刈谷の顔を覗き込む長谷部。
悠一は俯いたままだ。
「悠……聞いて、俺……悠が行くなって言うんなら……」
「そんなちっぽけな決心なら最初からするなよ!」
悠一は声を荒げた。
行き場のない怒りを、どこにぶつけていいかわからない。
どうしてこいつは年上のクセにこんなに頼りないんだ、
なんでこう優柔不断なんだ、
なのになんでこんなに──好きなんだ。
「もういいよ、どこへでも行けばいいだろ。どうせこんな子どもの俺なんかなんとも思ってないんだろ。向こうでいい人すぐ見つかるもんな、カッコよくてモテモテのセンセならさ。また向こうで別の学生でもたぶらかせばいいんじゃない?」
長谷部の表情が変わった。
悠一自身、ちょっと言いすぎた、と思った。
長谷部がゆっくりと上体を起こすと、突然悠一めがけて振りかぶった。
殴られる──?!
咄嗟に悠一は目を閉じた。
だが、やってきたのは、予想していた手痛い感触とは全く逆の、優しく包み込む感触だった。
長谷部は悠一を柔らかく抱きしめ、髪に指を梳き入れると、くしゃくしゃと撫でた。
こんなに密着するのは告白された日のあのハグ以来で、悠一の心臓はうるさく早鐘を打ち、身を固くした。
「……ばかだな。悠の事なんとも思ってないって?だったらわざわざこんなとこに来ないよ。それに……誰も今すぐなんて言ってないだろ?」
え、と顔を上げる。
いつもの優しい眼差しがそこにある。
「悠が卒業したら、一緒に行こうと思う。だから、良かったら俺の母校を受験してくれないかな、と思って。で、早めに言っておいた方がいいと思ったんだよ」
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