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第12話
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「いいところだね」
不意にアヤが言った。泣き出しそうになっていたリョウが我に返る。
「う、うん、せやろ。目ぇつぶって川の流れ聞いてたら、すっごい落ち着くで」
そしてふたりは目を閉じて、しばし清流の音だけに耳を傾けた。リョウが目を閉じた拍子に、瞳にたまっていた涙がが一筋の雫となり頬を伝った。
「違う季節にも、連れてきてよ」
隣にいるリョウの方を向かず、正面の梓川を見つめたまま、アヤが言う。
「もちろん、喜んで」
「去年の箕面も良かったけど、ここの紅葉もすごいんだろうな」
「うん! めっちゃすごいで」
目と鼻を真っ赤にして笑うリョウとようやく目を合わせたアヤもまた、細い目を幸せそうにより一層細めると、また川を見つめた。ただ水が流れているだけの川を。
次もまた、来られるんだ。
リョウのぐしょぐしょに濡れた心に、小さくてあたたかいあかりが灯った。
来年もその次も、新しい『家族』と、またここに。
ハイキングコースのゴール、河童橋でアップルパイを買った。これもリョウにとっては恒例行事。とれたての林檎を贅沢に使ったずっしりと重みのあるパイで、子どもの頃は一切れ食べきることが出来なくて、父にも少し食べてもらった。それがいつしかひとりで食べきれるようになり、やがて多くは食べられなくなった父の分を少し食べてやるようになった。 バスに持ち込んで一心不乱にアップルパイを食べるリョウを眺めているだけのアヤは、甘いものを好まないため買っていない。河原でのリョウの表情を思い出しては、考えていた。あの顔はなんだったのだろうか、と。アヤといる時にあんな憂いを帯びた表情をすることなどめったないのに。
バスで山を下り、アヤの車に乗り込めば、もう別れの足音が聞こえてくる。その時リョウが声を上げた。
「あっ! 野沢菜漬買うの忘れてる!」
急いでリョウがスマートフォンで店を検索し、近場の土産物店に寄って無事購入を果たした。リョウは漬物以外にも、両親に地酒、妹にはアップルパイ、職場にも個別包装のばらまき用お菓子を購入した。アヤは野沢菜漬を三パックほど買っていた。
「ご飯炊いて一緒に食べんねんで」
「うん」
うん、とは言っているが、きっと炊飯すら面倒がってやらないんだろうな、とリョウは思っていた。一緒に住んでいればご飯ぐらいいくらでも炊いてあげられるのに。
今日一日触れることのなかった、シフトレバーを握るアヤの手の上にそっと、リョウが手を重ねた。
「邪魔……?」
「かまわないよ」
アヤの手の甲に触れている手のひらから、全身に甘い痺れが走る。アヤの横顔を見つめていると、頭の芯がぼうっとしてきた。離れたくない、ずっと一緒にいたい、またひとつになりたい。欲望はとどまることを知らない。
不意にアヤが言った。泣き出しそうになっていたリョウが我に返る。
「う、うん、せやろ。目ぇつぶって川の流れ聞いてたら、すっごい落ち着くで」
そしてふたりは目を閉じて、しばし清流の音だけに耳を傾けた。リョウが目を閉じた拍子に、瞳にたまっていた涙がが一筋の雫となり頬を伝った。
「違う季節にも、連れてきてよ」
隣にいるリョウの方を向かず、正面の梓川を見つめたまま、アヤが言う。
「もちろん、喜んで」
「去年の箕面も良かったけど、ここの紅葉もすごいんだろうな」
「うん! めっちゃすごいで」
目と鼻を真っ赤にして笑うリョウとようやく目を合わせたアヤもまた、細い目を幸せそうにより一層細めると、また川を見つめた。ただ水が流れているだけの川を。
次もまた、来られるんだ。
リョウのぐしょぐしょに濡れた心に、小さくてあたたかいあかりが灯った。
来年もその次も、新しい『家族』と、またここに。
ハイキングコースのゴール、河童橋でアップルパイを買った。これもリョウにとっては恒例行事。とれたての林檎を贅沢に使ったずっしりと重みのあるパイで、子どもの頃は一切れ食べきることが出来なくて、父にも少し食べてもらった。それがいつしかひとりで食べきれるようになり、やがて多くは食べられなくなった父の分を少し食べてやるようになった。 バスに持ち込んで一心不乱にアップルパイを食べるリョウを眺めているだけのアヤは、甘いものを好まないため買っていない。河原でのリョウの表情を思い出しては、考えていた。あの顔はなんだったのだろうか、と。アヤといる時にあんな憂いを帯びた表情をすることなどめったないのに。
バスで山を下り、アヤの車に乗り込めば、もう別れの足音が聞こえてくる。その時リョウが声を上げた。
「あっ! 野沢菜漬買うの忘れてる!」
急いでリョウがスマートフォンで店を検索し、近場の土産物店に寄って無事購入を果たした。リョウは漬物以外にも、両親に地酒、妹にはアップルパイ、職場にも個別包装のばらまき用お菓子を購入した。アヤは野沢菜漬を三パックほど買っていた。
「ご飯炊いて一緒に食べんねんで」
「うん」
うん、とは言っているが、きっと炊飯すら面倒がってやらないんだろうな、とリョウは思っていた。一緒に住んでいればご飯ぐらいいくらでも炊いてあげられるのに。
今日一日触れることのなかった、シフトレバーを握るアヤの手の上にそっと、リョウが手を重ねた。
「邪魔……?」
「かまわないよ」
アヤの手の甲に触れている手のひらから、全身に甘い痺れが走る。アヤの横顔を見つめていると、頭の芯がぼうっとしてきた。離れたくない、ずっと一緒にいたい、またひとつになりたい。欲望はとどまることを知らない。
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