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プレゼンターはテディベア
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「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
形式上例を言ったものの、智の表情は複雑だった。困惑、疑問、狼狽がごちゃまぜになったような。
「……テディベア」
「せやで。えーちゃん好きやろ」
「好き、ですね」
智の困惑の理由は、ハルから贈られた誕生日プレゼントがおおきなくまのぬいぐるみであること。いや、くまのぬいぐるみ自体はいい。好きなのは事実だから。問題は、智がくまのぬいぐるみを『もう持っている』ということ。同じぐらいのサイズの、同じようなくまのぬいぐるみを、同じ相手からもらった。もしかしてハルは贈ったことを忘れてしまった? いやハルに限ってそんなことはない、と、智の狼狽は消えない。
「でも、もう」
「うん、おるよな」
「どうして」
「この子はあの子の番っちゅうことで、今日からは一緒に寝てもらう」
前に贈られた方のくまのぬいぐるみは二人のベッドで寝ており、けっこうな頻度でハルと智の間に陣取っていることがある。もちろんくまが自発的にやってきているのではなく、寝ている間に二人の寝返りなどを経てそうなっているだけなのだが。ハルにとっては、智との密着を妨げるくまが邪魔だと感じることも少なくなかったのだろう。
「へぇ……番、かあ」
狼狽えた表情はにわかにぴかぴかと輝いて、先住のくまを連れてくる。
「よかったね、今日からはもう一人じゃないねぇ」
「明日ベッドでも作ったろっか」
「わぁい」
「はぁ……渡した、渡したぞ」
智が風呂に行って、ハルは大きく息を吐いた。先住くまはホワイトデーに急ぎで買ったものだが、今回はきちんとオーダーで、足裏には刺繍で名前を入れてもらった。そしてまだ秘密はあった。あれはただのくまのぬいぐるみではないのだ。
智のあの様子では、気づくことはないだろう。
翌朝。
「今日はベッド作りですね! 僕も一緒に作りたいです」
朗らかな笑顔で誘いかけてくる智の手元が一瞬、かすかに煌めいた。
「?!」
めざとくその輝きに気づいたハルが智の手を取ると、やはり左薬指に、いた。
「――これ……」
「あっ! そういう意味じゃなかったですか?! えっどうしよ恥ずかし」
穴があったら入りたいとばかりにわたわたと慌てる智を、ハルが強く抱きしめた。ハルの顔がぼふっと智の胸に埋まる。
「そういう意味やで」
「……ならよかったです」
くまの首にかけられたチェーンネックレス、ペンダントトップは黄金色のわっか。非常に細いそれは智の細く繊細な指に似合うように、つや消しにしたのは智の控えめな性格に合わせるように――本当は、どこででも着けていて欲しいからあまり派手でもいけないと思っただけで、智自身はきっときらきらしている方が好きだっただろう。イエローゴールドにしたのは、智のイメージカラーが黄色だから。
「気づいとったんやな」
「はい。もらってすぐ気づきましたよ」
「何か言いぃや」
「だって、ハルさんも何も言ってくれないし」
確かに。
なんだか自分から言うのが照れくさかったので、気づいてくれなかったらそれはそれで、ずっとくまのペンダントトップでいればいいや、と思っていた。気恥ずかしさから、逃げていたと反省する。
「……せやなあ」
「自分でつけるのだって、ちょっと虚しかったんですから」
「……!」
それまで智の胸に埋もれっぱなしだったハルの顔が、がばっと離れて智と目を合わせた。
「ほんまや」
どんな大きな仕事をしくじったのかと思うほどに血相を変えてそう呟くと、智の指から指輪を抜いた。そして改めて、仰々しく智の手を取ると、指輪を薬指に――
「って、なあ、ここでええんやんな……?」
「はい」
答えたあと、照れたようにふふっと笑う智はやはり愛おしく、傾慕の念は日に日に増すばかりである。
再び我が手に戻ってきた煌めきを、掌をひらひらと何度も返しながら、智はまじまじと見つめる。いつもの、輝く瞳で。ひとしきり鑑賞を終えると、ほう、と満足そうなため息をついたあと、ハルに向き直った。
「で、ハルさんのは?」
「んぁ?」
「あるんでしょ、どうして着けてくれないんですか? あ、僕が着けたらいい感じです?」
「……」
ハルの分などない。ペアリングとして贈ったつもりではないのだから。
「……えっと、僕だけ、ですか?」
「……ん」
「そうですか……」
智はそれ以上何も言わなかったが、明らかに語調は落胆しているし、瞳は翳ってしまった。
「お、お揃いが良かった、かな……?」
「だって……僕だけがハルさんの所有物みたいじゃないですか」
「や、別にそんなつもりは」
「僕にはハルさんを所有させてくれないんですか?」
普段は可愛がられているだけのペットみたいにヨシヨシされるがままのくせに、たまにこういうことを言い出すから、この男は。
ハルはだらしなく下ろしたままの長い髪を手ぐしで整え、頭頂部で一つに結わえた。
「出かける用意して」
「え?」
「今から俺のも買いに行くから、ついて来て」
「……はいっ!」
【おわり】
「ありがとうございます」
形式上例を言ったものの、智の表情は複雑だった。困惑、疑問、狼狽がごちゃまぜになったような。
「……テディベア」
「せやで。えーちゃん好きやろ」
「好き、ですね」
智の困惑の理由は、ハルから贈られた誕生日プレゼントがおおきなくまのぬいぐるみであること。いや、くまのぬいぐるみ自体はいい。好きなのは事実だから。問題は、智がくまのぬいぐるみを『もう持っている』ということ。同じぐらいのサイズの、同じようなくまのぬいぐるみを、同じ相手からもらった。もしかしてハルは贈ったことを忘れてしまった? いやハルに限ってそんなことはない、と、智の狼狽は消えない。
「でも、もう」
「うん、おるよな」
「どうして」
「この子はあの子の番っちゅうことで、今日からは一緒に寝てもらう」
前に贈られた方のくまのぬいぐるみは二人のベッドで寝ており、けっこうな頻度でハルと智の間に陣取っていることがある。もちろんくまが自発的にやってきているのではなく、寝ている間に二人の寝返りなどを経てそうなっているだけなのだが。ハルにとっては、智との密着を妨げるくまが邪魔だと感じることも少なくなかったのだろう。
「へぇ……番、かあ」
狼狽えた表情はにわかにぴかぴかと輝いて、先住のくまを連れてくる。
「よかったね、今日からはもう一人じゃないねぇ」
「明日ベッドでも作ったろっか」
「わぁい」
「はぁ……渡した、渡したぞ」
智が風呂に行って、ハルは大きく息を吐いた。先住くまはホワイトデーに急ぎで買ったものだが、今回はきちんとオーダーで、足裏には刺繍で名前を入れてもらった。そしてまだ秘密はあった。あれはただのくまのぬいぐるみではないのだ。
智のあの様子では、気づくことはないだろう。
翌朝。
「今日はベッド作りですね! 僕も一緒に作りたいです」
朗らかな笑顔で誘いかけてくる智の手元が一瞬、かすかに煌めいた。
「?!」
めざとくその輝きに気づいたハルが智の手を取ると、やはり左薬指に、いた。
「――これ……」
「あっ! そういう意味じゃなかったですか?! えっどうしよ恥ずかし」
穴があったら入りたいとばかりにわたわたと慌てる智を、ハルが強く抱きしめた。ハルの顔がぼふっと智の胸に埋まる。
「そういう意味やで」
「……ならよかったです」
くまの首にかけられたチェーンネックレス、ペンダントトップは黄金色のわっか。非常に細いそれは智の細く繊細な指に似合うように、つや消しにしたのは智の控えめな性格に合わせるように――本当は、どこででも着けていて欲しいからあまり派手でもいけないと思っただけで、智自身はきっときらきらしている方が好きだっただろう。イエローゴールドにしたのは、智のイメージカラーが黄色だから。
「気づいとったんやな」
「はい。もらってすぐ気づきましたよ」
「何か言いぃや」
「だって、ハルさんも何も言ってくれないし」
確かに。
なんだか自分から言うのが照れくさかったので、気づいてくれなかったらそれはそれで、ずっとくまのペンダントトップでいればいいや、と思っていた。気恥ずかしさから、逃げていたと反省する。
「……せやなあ」
「自分でつけるのだって、ちょっと虚しかったんですから」
「……!」
それまで智の胸に埋もれっぱなしだったハルの顔が、がばっと離れて智と目を合わせた。
「ほんまや」
どんな大きな仕事をしくじったのかと思うほどに血相を変えてそう呟くと、智の指から指輪を抜いた。そして改めて、仰々しく智の手を取ると、指輪を薬指に――
「って、なあ、ここでええんやんな……?」
「はい」
答えたあと、照れたようにふふっと笑う智はやはり愛おしく、傾慕の念は日に日に増すばかりである。
再び我が手に戻ってきた煌めきを、掌をひらひらと何度も返しながら、智はまじまじと見つめる。いつもの、輝く瞳で。ひとしきり鑑賞を終えると、ほう、と満足そうなため息をついたあと、ハルに向き直った。
「で、ハルさんのは?」
「んぁ?」
「あるんでしょ、どうして着けてくれないんですか? あ、僕が着けたらいい感じです?」
「……」
ハルの分などない。ペアリングとして贈ったつもりではないのだから。
「……えっと、僕だけ、ですか?」
「……ん」
「そうですか……」
智はそれ以上何も言わなかったが、明らかに語調は落胆しているし、瞳は翳ってしまった。
「お、お揃いが良かった、かな……?」
「だって……僕だけがハルさんの所有物みたいじゃないですか」
「や、別にそんなつもりは」
「僕にはハルさんを所有させてくれないんですか?」
普段は可愛がられているだけのペットみたいにヨシヨシされるがままのくせに、たまにこういうことを言い出すから、この男は。
ハルはだらしなく下ろしたままの長い髪を手ぐしで整え、頭頂部で一つに結わえた。
「出かける用意して」
「え?」
「今から俺のも買いに行くから、ついて来て」
「……はいっ!」
【おわり】
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