39 / 40
心の軋む音がする
4
しおりを挟む
「静流ちゃん…もしかして、初めてだったの?」
客は満足げに煙草を燻らせながら、いやらしく笑った。
そんなわけないだろーが、と心の中で悪づいては見たものの、静流の目から涙が流れていた。だから初めてかと訊かれたのだが。
愛してもいない、いやむしろ金に物言わす憎むべきタイプの人間にでも、感じてしまった。
ここ最近すっかり飢えていた人肌の温みを、こんな男にでも求めてしまっていた。
そんな自分がたまらなく嫌だった――。
静流はさっさと服を着て、早々に個室を出た。
出たところに、紫苑がいた。つい、安心してしまう。
「おつかれ」
すれ違いざまに、紫苑が声をかけた。
知っていたんだ、今まで僕が何をしていたのか――。
そう思うと、静流は得体の知れない罪悪感に苛まれた。ひどく紫苑を裏切ったように思えた。振られたのは、自分なのに。紫苑がもう必要としなくなったのに。
紫苑もやりきれなかった。辛い。静流が自分以外の、それも惚れてもいない男にいいようにされるなんて。想像しただけで気が狂いそうだ。すれ違う時も、思わず触れようと手が伸びるのを懸命に堪えた。
「紫苑くんっ♪」
ドキリとする。水原の声だ。紫苑の名を呼ぶ声を聞くだけで、心臓がぎゅっと鷲掴みにされたようになる。
暫く紫苑と話した後、水原は徐に静流に近寄ってきた。
「あら静流くん」
勝ち誇ったような顔。
――仕方ないか。僕も彼女には酷いこと言ったし…静流はぼんやり思い出した。
『僕の紫苑』と、きっぱり言い切れたあの頃。もう、戻ることはない……。
「ねーえ、静流くんっ、『白雪姫』の話知ってるわよね?今思うと、あなた王妃で私が姫だったんじゃないかしら、なーんて」
自信満々に言っているが、まるで見当違いな例え。しかし、今はこの水原の頭の悪さでさえ救いだ。
ごつっと鈍い音がして、その後水原が黙って頭を抱え込んだ。
水原の後頭部に、紫苑の拳が直撃したのだ。
「つまんねーコト言ってんじゃねぇ」
かなりスッとしたが、一応紫苑を嗜める。
「紫苑、彼女なんだからもっと大事にしてあげなきゃ」
静流の言葉が止まってしまうほど、そのときの紫苑の目は冷たいものになった。
「うるせェよ。いつまで保護者ぶる気だ」
客は満足げに煙草を燻らせながら、いやらしく笑った。
そんなわけないだろーが、と心の中で悪づいては見たものの、静流の目から涙が流れていた。だから初めてかと訊かれたのだが。
愛してもいない、いやむしろ金に物言わす憎むべきタイプの人間にでも、感じてしまった。
ここ最近すっかり飢えていた人肌の温みを、こんな男にでも求めてしまっていた。
そんな自分がたまらなく嫌だった――。
静流はさっさと服を着て、早々に個室を出た。
出たところに、紫苑がいた。つい、安心してしまう。
「おつかれ」
すれ違いざまに、紫苑が声をかけた。
知っていたんだ、今まで僕が何をしていたのか――。
そう思うと、静流は得体の知れない罪悪感に苛まれた。ひどく紫苑を裏切ったように思えた。振られたのは、自分なのに。紫苑がもう必要としなくなったのに。
紫苑もやりきれなかった。辛い。静流が自分以外の、それも惚れてもいない男にいいようにされるなんて。想像しただけで気が狂いそうだ。すれ違う時も、思わず触れようと手が伸びるのを懸命に堪えた。
「紫苑くんっ♪」
ドキリとする。水原の声だ。紫苑の名を呼ぶ声を聞くだけで、心臓がぎゅっと鷲掴みにされたようになる。
暫く紫苑と話した後、水原は徐に静流に近寄ってきた。
「あら静流くん」
勝ち誇ったような顔。
――仕方ないか。僕も彼女には酷いこと言ったし…静流はぼんやり思い出した。
『僕の紫苑』と、きっぱり言い切れたあの頃。もう、戻ることはない……。
「ねーえ、静流くんっ、『白雪姫』の話知ってるわよね?今思うと、あなた王妃で私が姫だったんじゃないかしら、なーんて」
自信満々に言っているが、まるで見当違いな例え。しかし、今はこの水原の頭の悪さでさえ救いだ。
ごつっと鈍い音がして、その後水原が黙って頭を抱え込んだ。
水原の後頭部に、紫苑の拳が直撃したのだ。
「つまんねーコト言ってんじゃねぇ」
かなりスッとしたが、一応紫苑を嗜める。
「紫苑、彼女なんだからもっと大事にしてあげなきゃ」
静流の言葉が止まってしまうほど、そのときの紫苑の目は冷たいものになった。
「うるせェよ。いつまで保護者ぶる気だ」
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)
みづき
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。
そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。
けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。
始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる