君にすくわれた僕は。

海棠 楓

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心の軋む音がする

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 「――なんて?」 
冷静な声。あいも変わらず外を見ながら、静流は再度問うた。 
「オ・ン・ナ・ガ・デ・キ・タ!女と付き合うっつってんだよ。何回も言わせんな」 
 
 それで――最近の紫苑の態度がおかしかったのはそのせいだったんだ…
静流は愕然とした。愛想をつかされてしまった。当然だろう。そう思っている静流に、紫苑が再び冷たく言い放つ。 
「このままいっても、将来(さき)はないと思うわけよ」
 否定して欲しかった。飛びかかって胸倉を掴んででも前言撤回を求めて欲しかった。 
だが静流は何も言えず黙っている。無様だった。ここまで紫苑に言わせてしまった。もっと早く気づいてやれば、紫苑をここまで歪めてしまうこともなかっただろうに。自分には泣いて縋る資格も無い。
 「しず、何か言えよ」 
紫苑が声をかけてくる。
 せめてこんな自分が最後にできること――― 
「…おめでとう。今度は幸せに――」
 静流は満面の笑みで、偽りの祝福をした。紫苑の表情は凍て付くようだ。
「もういいよ、話は分かったから早く彼女のところ行ってあげなよ。今まで――」
「礼なんか言うな!楽しくもなかった!!俺はお前のご機嫌取りばっかでちーとも楽しくなんかなかった!結局お前は一度だって俺のこと必要と…」 
「だから!」 
静流が遂に声を荒げた。 
「だから、女に走ったんでしょう?」
あからさまに不快な表情で睨み付け、すぐにそっぽを向く。 
「大あほっ!一生恨んでやるからな!!」
紫苑は捨て台詞と共に、静流から貰ったブレスレットを静流に投げつけ、部屋を出ていった。

 静流は投げつけられたブレスレットを拾い上げた。 安物だったというのもあって、すっかりぼろぼろになっている。あれ以来肌身離さず身ににつけていたっけ… 
 ブレスレットの合皮が、水分を含んでそこだけ色が変わった。後から後から落ちてくる雫に、まもなく全面の色が変わってしまった。 なんで恨まれなきゃいけないんだ、振られたのは僕なのに… 
ブレスレットを握り締めたまま、そこから動けずにいた。
――紫苑――! 

 早く帰んねえと。早く帰んねえと。
――カッコわりィ。
大股で歩く紫苑。まるで時間切れだとでも言うように、きつい瞳から涙が溢れ落ちてきた。 「紫苑ちゃんおかえ――」
二人の兄が絶句する。紫苑はそのときすでに顔中涙でぬらしていたのだ。 
「しずと別れた…」 
「そりゃまたえらい急に…」
紫雲が言いかけると、物凄い剣幕で紫苑が食って掛かった。
「急なんかじゃねーよ!…初めからわかってた…」

 部屋に篭り、煙草をふかしてみる。しょっぱなに静流から禁止された煙草。
――不味い。 
別れ際の、最後の静流を思い出した。
『だから、女に走ったんでしょう』
明らかに、嫉妬だった。
明らかに苛立った、怒りに満ちた顔。
あんな顔を、今まで何度見たことがあるだろうか?

 …多分、なかった。さっきの一度きり。
 紫苑は静流のポーカーフェイスを、自分によって崩したかった。今まで、すっと。最後の賭けにも、完敗した。笑って祝福されてしまったら、どうしようもない。
 結局最後まで一人相撲だったな…
 紫苑は二人で写った写真に火を付け、灰皿に放りこんだ。
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