おそらく、僕だけ違うゲームをしている。

鵩 ジェフロイ

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本編

230:人知れぬ戦い

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「それじゃあ、月の元へ行って、取りかかろうか」

 これだけの秘文字の破片を繋げつつ、元の文章を導きだすのは骨が折れる作業になることが容易に想像できるので、やるなら早い方がいいだろう。

「ええ。ですが、ひとつ問題が」
「問題?」
「この場には月を砕いた『アークトゥリアの怒り』がまだ残っています。我が君が月を修復しようとした瞬間、それを阻もうと襲いかかるでしょう」
「えっ」
「なんだと?」

 ノーが告げる『問題』に、バラムの圧が増す。それにしても『アークトゥリアの怒り』……さすがは神の力というべきなのか、永い時が経っても消えずに残っているのか。……それだけ、怒り……いや、悲しみが深かったということなのか……。

 僕は周囲を見回す。……何も感じとれないのが、逆に不気味だ。

「ですから、我が君の修復が終わるまでわたくし達で何としても食い止めます。いいですね? 夜狗よ」
「……当たり前だ」
『クククッ、アークトゥリアの力そのものと戦うとは……我も少し本気を出さねばならぬであるな!』
「…………」

 ……たとえ、強くとも倒れてしまえばそれまでの三人が僕が月を修復するまでの間、おそらく、強大であろう力と戦い続ける……悪い想像が過ぎり、耳鳴りがしてくる。

「ふぅ」

 ……僕は、僕にできることをするしかない。

 インベントリからナイフの欠片を取り出して、握りこむ。根も混ぜたら『底根の身代わりナイフ』の完成だ。

「それなら、ノー。これを」

 僕はノーにそのナイフを差しだす。
 影だというノーが、力尽きたらどうなるのかは分からない。これは、最初から今まで僕の傍にいて、盟友の証などなくても絆があるという僕の意志だ。

「これは……!」

 ノーがナイフを見て、息を呑む。幽明の境に来る前のこともおそらく把握しているノーにはこれが、何かすぐに分かったようだ。

「……影の身のわたくしにこのような……必ず、この至宝を胸に、砕くことなく我が君を守り抜くと誓いますわ」

 ナイフを持つ手を胸に当て、恭しく、けれども熱のこもった礼をとった。

「そうしてくれ」

 僕はそれに頷く。

「ええ。では、まいりましょうか」
「ああ」

 そうして、僕たちは月のすぐ傍へと向かう。
 近づくだけでも『アークトゥリアの怒り』が襲いかかってくるのではないかという警戒から、緊張感が高まる。
 しかし、すぐ真下まできても、今のところこの空間に変化は無さそうだった。

 バラム、シルヴァ、ノーが月の三方を守るように位置につく。

 バラムとシルヴァの戦闘能力は何の心配もしていないが、ノーはどうなのだろう? 出会ったときのバラムとの威圧合戦とシルヴァや……そういえばかつてレプラコーンのジャルグが言っていた雰囲気的に戦闘能力はかなり高いのだろうとは思うが。と考えていると、ノーが右手をかざす。

 糸がより集まり、だいぶ大きな、しかし刀身が針のように細く尖ったサーベルが現れる。鍔の部分が、柄を持つ手を覆うように糸が巻かれているような繊細な意匠をしていた。

 ノーがそれを軽く振ると、ヒュンッと空気を切り裂く音がする。

 どうやら近接戦闘スタイルらしい。やはり、何の問題もなさそうだ。むしろ戦闘がからっきしの僕が心配するのはおこがましいくらいだろう。

 シルヴァは……いつも通りだな。

 バラムの方を向けば、大剣を抜き、三匹の狗を召喚しているところだった。それぞれ『夜』『血』『根』の力を持つ狗たちだ。

『グルル……』
『ガルルルルッ!』
『バウッ』

 ……与えられた力によって微妙に個性がある気がする。

「……」

 僕は、素早くバラムに駆け寄る。当然、それを察知したバラムが半身でこちらを振り返る。

 僕はそのままバラムの元に着くと、背伸びをしてバラムの唇に自分のものを合わせる。短く、触れるだけの口づけ。

「バラム。早く終えられるように頑張るから、気をつけて」
「ああ、さっさと終えて帰ろう。ツグハル」

 少しだけ、互いに見つめ合って、もう一度だけ唇を触れ合わせてから、僕は再び駆けて月の真下に戻る。

 すると、唐突に通知が表示された。


〈【エクストラレガシークエスト:月の修復】が秘文字の破片に《編纂》を行うことで進行します。進行してしまうと、非常に長い時間このクエストの結果が出るまで他の空間への移動や他クエストの進行が出来なくなりますので、ご注意ください〉


 初めて見る形式の通知だった。要は、月の修復に手をつけてしまったら、拘束時間が長く他のことも出来なくなる、という注意事項のようだ。
 ……そんなにすぐ修復出来るとは思っていないが、システム側から『非常に長い時間』とか言われてしまうと中々……身が引き締まる思いだ。
 とはいえ、覚悟はできている。


 僕は一度深呼吸して、皆に聞こえるように宣言する。


「それでは、始める」


 皆が頷くのを確認してから、僕はインベントリから秘文字の破片を取り出し────《編纂》を発動した。


『アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!』


「「「『っ!!』」」」

 妙に澄んだ、けれどもとてつもない大きさの叫び声がこの空間全体に轟く。
 それと同時に、僕たちが立っている水面の下が、眩い光を放つ。

 ……いや、僕は月に集中しなければ…………と見上げると、いつの間にか砕けた部分を補うように何か黒いもやが現れており────僕は、それに呑み込まれた。



 …………
 ………………
 ……………………。


 目を開ける。……開けたはずだというのに、何もない暗闇が広がっている。自分の身体状況を確認すれば、感触的にはとくに問題はなさそうだ。ウィスパーは……通じない。

 これまでの経験上、これは隔離された空間に飛ばされたのだろう。

 ……なんとなく、こうなる気はしていた。

 バラム達の安否を直接確認出来ないのは不安だが、あの場に僕がいないことで皆が存分に戦いに集中でき、僕も危害を加えられる心配をすることなく作業できると思えばそう悪いことではないだろう。

 そう状況を確認していると不意に、何もなかった暗闇に、ひらりと淡く弱い光の粒が舞う。
 手にその粒をとってみれば、秘文字の破片のようだった。

「ん?」

 それが次から次へと舞ってくるが、粒の流れ的に僕の背後からやって来ているようだということで振り返ると、大きな秘文の塊が壁のように縦に長く聳えていた。
 おそらく、この塊が砕けた月の残っている部分なのだろう。

 ただ、残っている秘文を読む前に今ある破片を出来るだけ繋ぎ合わせたい。ノーが言っていた通り、どこからか秘文字の破片がどんどん増えているようだ。
 ということで、僕のインベントリにある全ての秘文字の破片を放出する。

「おお……」

 そうすれば、淡く光る大量の粒が暗闇に拡散していき、まるで星空が広がっていくような幻想的な光景に思わず、感嘆の声を漏らす。

「は……」

 しばし、幻想的な光景に見惚れてしまっていたが、もう外では戦いが始まっていると思うので、僕も早速とりかかろう。

 そうして《編纂》を使って作業することしばし。砂粒くらいになっているものもあるので、どうしようかとも思ったが、繋がる破片同士はある程度近くにあると磁石のように自動でくっつくようで、そこは助かった。とはいえ、『欠片』程度になったところで膨大で、果てしない。

「今までバラムやシルヴァへ行った《編纂》がかわいいもののように思えてくるな……」

 あまりの果てしなさについ、苦笑いが出てしまう。

 ……でも、ひとつひとつ終わらせていくしかない。と、気を引き締め直して、淡い光を放つ文字に向き合う。



 ────そうして、ゲーム内で8日の時が過ぎた。


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