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本編

174:終わりを齎す狗

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 僕の「囮になる」という考えにシルヴァが諭すような声音で問いかける。

『……主殿……後から夜狗の小僧に大目玉を食らうと思うであるぞ?』
『…………う、受け入れる』

 そう改めて言われてしまうと、少し揺らいでしまうが、これが一番事態を素早く、被害を少なく収拾出来そうだし……。
 それに、僕はまだ一度も死に戻りしていないので、実は大してリスクは無い。

 とはいえ「怒られる」と分かっていてもしようとするのは、中々胸がザワつくものなんだな……。

 新たな感覚の発見はさておき。

『クククッ、まぁ、主殿が躍り出た時の彼奴の反応が楽しみであるから、我は支援するとしよう』
『頼む。オセロットの気を引いて欲しい』
『うむ、心得たである』

 ということで、バラムとはオセロットを挟んで反対側に着地する。ここからはスピード勝負だ。……主にバラムの反応速度的に。

 まずは《変化》を解く。
 ……もう、この段階でバラムの“圧”がこっちに向いたのが分かる。

 次にシルヴァが地面から黒い槍を何本も突き出す魔法を発動して、オセロットの気がバラムからこちらにも向けられる。

 “それ”を確認してから、フードをとり、自分の目に〈我が力を与えん〉を注ぎ込む。
 意識してどうにかなるかは分からないが、僕に付いている特殊効果、《黒曜の眼》の存在感が強く出るように思い描く。

「……っ! 母!? ……いや、貴様その気配……母に何をしたァッ!!」

 無事、黒曜天母の力を感じてもらえたらしく、オセロットの注意が一気に僕へと向く。
 相変わらず正常な黒曜天母の力に、何故か激昂している。


 そして、僕に敵意を向ければ────。


「許……さ、ん………………」

 オセロットが唐突に膝をつき、意識を失う。既に取り憑いていた幻梟が、僕への害意に反応して〈宵暗の帳〉が発動した。
 ……ちゃんと効くか不安だったが、問題無さそうでホッとする。

 ここで躓いていたらよりバラムに精神的な負担をかけて、怒られる圧も増していただろう。スムーズにいって良かった。


 その時、ウィスパーから地を這うような低い声に、背筋が少し強張る。


『……後で話がある。分かるな?』
『……ああ、分かってる』

 語気は荒くないが、完全に怒っていることが分かる声音だ。
 しかし、僕の行動の意図はしっかり汲んでくれたのか、物凄い力がバラムがいる場所から迸り、さらに増幅しているのが視えた。

「…………流石に、倒さないように加減してくれる、よな?」
『どうであるかのぅ。元々苛ついていた上に、この主殿のヤンチャであるから、うっかり力加減を間違えることもあるかもしれぬな!』
「なんで楽しそうなんだ……」

 ともすればワクワクというか、ウキウキ?しているような雰囲気でシルヴァが言う。僕は気が気でないというのに。

 それは、まぁ、無理矢理置いておいて、オセロットへと目を向ける。
 《慧眼》を得たからか、少し注意を向けただけで、オセロットが今見ている夢を“視る”ことが出来た。

「うぅん……またグロ耐性チェックか……」

 夢の内容は、既に僕やバラムを八つ裂きにしていて、心臓を取り出して黒曜天母の依代に捧げているところだった。
 オセロットの夢の中なので、その依代はまだ《腐れの呪い》でグジュグジュしている見た目だ。……こちらの見た目ということは、この見た目を『正常』と思っているということだろうか。

『彼奴が見たらさらに力加減を間違えそうであるな!』

 当然、シルヴァも夢の内容を覗けるので、僕と同じものを見ての感想だろう。というか。

「……わざと、聞こえるように言ってないか?」
『ククク……』

 シルヴァの言葉に何かを察したバラムの怒気がさらに上がったのが圧の強さから感じられた。完全に面白がって怒りを煽っている。

 
 シルヴァの悪い癖が出ているなぁと、呆れていたその時────。


「……う……ぐ……?」
「「『!』」」

 オセロットにかかっていた秘技が唐突に解けてしまった。今までの経験上、解けるのが早過ぎる。

「……何……? 貴様らはさっき贄にしたはず……」

 八つ裂きにしたはずの僕達がピンピンしていることに混乱しているようだが、その混乱もそう長くは保たないだろう。

「構わん! 何度でも屠り、母への贄としてくれるわァッ!!」

 オセロットの淀んだ力を纏った、巨大で鋭利な爪が僕目掛けて振り下ろされる。


 バラムの大技の準備にはあとほんの少し、時がいる。

 ……だが、その間くらいはどうにでもなりそうだ。


 ガキイィンッ!!


「何だ……?」
「その気持ち悪いオーラの影響を心配しなくていいなら、そこまで脅威じゃない」

 僕の目の前に大きな体躯が立ちはだかって、大盾でオセロットの脅威的な攻撃を真正面から受け止めていた。
 鍋の蓋だ。僕もバラムもシルヴァも、彼が駆けつけてくれているのが分かったから、焦ることは無かった。

 ただ、禁呪由来の淀んだ力は防御力ではどうにも出来ないので、ハイパワー浄化セット秘技で解除しておく。

「貴様ら如き……何……!? 何故私を!? 敵は向こうだぞ!」
『長! 目を覚ましてくれ!』

 さらに畳み掛けるように、大きめのジャガーの群れがオセロットの行動を制限するように押さえ込む。

「モフモフ戦士軍団いけいけー! 牙と爪は貰わないようにだけ注意だよぉ!」

 あぬ丸がジャガーの戦士達に突撃の指示を出しているようだった。……どっちが長なのか、これはもう分からないな?

 そして、あぬ丸が戦士達に一時離脱の指示を出したと同時に投げ槍が雨のようにオセロットに降り注ぐ。

「ぐっ、この程、度……?」

 見た目の派手さよりダメージはそれほどでも無さそうだが、急に力が入らなくなったかのようにオセロットが膝をつく。

「普通のイモ貝毒は効いて無さそうだな」
「イモ貝じゃなくてバーバルコーンスネールな」
「ほぼ同じじゃん」
「ふむ……先程は温存していたバーバルコーンスネールの超濃縮毒のみ効いているようです。向こうのボスの力が合流しているとのことなので、あちらのボスに使った攻撃の耐性を獲得している可能性がありますね」
「えっ、普通に厄介なやーつ!」

 槍が飛んできた方向には検証野郎Zを筆頭に、あまり戦闘職のようには見えないプレイヤー達がいた。……聞こえてくる内容的にバーバルコーンスネールに興味を示していたプレイヤー達だろうか。

「ぐううっ! グルアアアアアッ!! ナメるなぁっ!!!」

 オセロットが吠えると、毒状態が解除され、体勢を持ち直す。

「うわっ! すぐ解毒した!」
「やっぱレイドボスに状態異常は微妙かー」

 ……確かに、レイドボス級に状態異常が効くイメージはあまり無いな……いや、この戦闘自体が特級の状態異常によって引き起こされていると言ってもいいのだが。

 と、考えていると、黄金の光が飛び込んでくる。

「しゃあおらぁっ! 発動時間内ギリギリで間に合ったぜ!」

 そこには、黄金の光を迸らせている長剣……ではなく物凄く大きな太刀?を振りかぶったシャケ茶漬けがいた。


「兄貴に繋げる渾身の一撃……食らいやがれっ!」


 黄金の一太刀がオセロットの頭部を見事に捉える。兜割りというやつか。

「グワアアアアッ!!! お、おのれっ! どうしてこんな……っ!」

 シャケ茶漬けの痛打に大きくよろめいて後退する。


 ────そして、時は満ちた。



「終わりだ。〈底無し穴の走狗〉」



 大剣が纏う赤黒さにさらに暗く濃い影になったオーラが振り下ろされた時、逞しくも獰猛な狗の形となって、オセロットの身体を貫いた。
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