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本編

122:転生の儀

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 現実の方で1時間半ほど休憩をして再びログイン。

 体を起こして自分の状態と周囲を確認するが、日がすっかり暮れて暗くなっている事以外はとくに変わった事は無さそうだ。

「起きたか」
「ああ」

 天幕を出ると、すぐ傍で簡易焚き火台を広げて座っていたバラムが声を掛けてくる。

「とりあえず……食事を摂るか」
「そうしろ」

 ログアウトによって睡眠は十分とれたので、あとは満腹度を満たしておこう。

 焚き火台の傍に腰を下ろし、ローザの旦那さんから渡された弁当を広げて口に運ぶ。ローザのものとはまた違った趣きがあるが、こちらも温かく、美味しい。

「……ほぅ。ご馳走様でした」

 弁当を食べ終わった締めにお湯に携帯食料を半分にして溶かしたスープを飲んでほっとひと息つく。
 そのまま上を見上げると、崩れた遺跡の天井から満天の星が見える。

「いつ見ても圧倒されるな……」
「……見慣れたモンだが」
「ふ、異人には珍しくて感動するものなんだ」
「ふぅん」

 誰に聞かせるつもりでもない呟きだったが、バラムが応えてくれる。

「そういえば前は星座が何とかとか言ってたか?」「ああ、そうだな。あの時に教えてもらったこっちの星に関する言い伝えも、今ならもう少し掴みどころがある気がするな……。それにしてもよく覚えてたな」
「お前の言った事だからな」
「え……」

 バラムの言葉に反射的に見上げた瞳が酷く真剣で……優しげで、体の内からじわじわと熱が込み上げて体を巡っていくのを感じる。
 これはバラムと過ごしていると時折感じる、心地良いような、落ち着かなくてジッとしていられないようなよく分からない気分だ。何かをしたいような気がするが、それが何かが分からなくてもどかしい。

「……うぅん?」
「変な面してどうした」
「いや……うぅん……分からない……」
「は、何だそりゃ」
「うぅん……」

 可笑しそうに笑うバラムにより一層落ち着かなくなって困惑する事しか出来なかった。

『準備は出来たであるか……って、珍妙な顔で珍妙な動きをしているであるな、主殿。はっ! もしかして主殿の世界の儀礼か何かであるか!』
「……そんなんじゃない。準備は出来てる」

 そこにシルヴァがやって来て、変な勘違いをしそうになっていたのでしっかり否定しておく。

『であるか? こちらの仕込みは万全故、いつでも転生出来るである』
「そうか。…………ところで、ここからどうすればいいんだ?」
『この場で転生を願えば良いであるが……主殿の演奏の技で力を行き渡らせればより願いも届きやすいのではないかのぅ』
「本当にいつ聞いてもアバウトだな……」
『こればかりはそういうものだとしか言えないである。まぁ、その場の“ノリ”であるな!』
「……“ノリ”って……」
『異人達が言っているのを聞いて響きが気に入ったである』
「…………」

 思わず手で顔を覆ってしまう。これはこの先絶対にどんどん異人の口にする言葉を覚えてくる。何なら積極的に。……まぁ、それが問題かと言われるとそうでも無い、か? 問題がありそうだったらその都度指摘すればいいか……。


 それはさておき。


「それじゃあ、とりあえずシルヴァの言う通りに試してみるか」
『うむ! いよいよであるな!』

 一応、遺跡の中央付近に移動してから、ハイモとグウェニスに作ってもらったヴァイオリンを取り出して、肩と顎で挟む。

 さて、ここからどうするかだが…………あ「〈世界を希う調べ〉はまだ早い」という意思を指輪から感じた。……そういえば前はここにいると自然にその曲を口ずさんでしまうという謎現象とか起きていたな、と思い出す。……うん、ここは指輪の勧めに従っておこう。

 そうすると自ずと選択肢は一つしかない。

 ということで弓を当てて《揺籃編纂士トウノの旋律》を弾き始める。

 高音の華やかでしなやかな音色が夜の遺跡群に響く。吹き抜けのような構造になっているので、音が反響しながら上へと昇っていく。

 シルヴァによると秘技を行き渡らせるとのことだったが、何となく〈汚れを濯ぐ〉から発動し〈惑う魂に慰めを与えん〉、〈我が力を与えん〉を順に発動していく。

 〈淡き宵の訪い〉だけは聞いているバラムとシルヴァに秘技の効果が出てしまう恐れがあるので発動させない。

 〈惑う魂に慰めを与えん〉を旋律に付与した時には、ここにいた野盗の頭目や道中で倒してきた野盗達を思って演奏する。せめてもの慰めに。


 僕でも分かるくらいこの場に僕の力が満ちていくのが分かった。…………遺跡の外側にあるはずの星空が遺跡内にも広がっている気がするのは何なんだろうか。遺跡の中に霧のような星雲のようなものが立ち込めているように見えてとても幻想的な光景だが……これがシルヴァの仕込みというやつなのだろうか?

 動揺から演奏をミスしてしまいそうなものだが、いつの間にか結構なレベルに達していた技能の《演奏》の補正のおかげか、なんとかミスする事は無かった。

 えぇと……この状態で転生を願えばいいんだな。なりたいもの……はあまり想像がつかないが要はプレイしていきたい方向性を思い描けばいいだろうと、演奏を続けながら念じる。


 ────そして。


〈『崩れた古の祭儀場』で転生が願われました〉
〈プレイヤーのステータスを確認………………転生条件を満たしています〉
〈転生の儀を行う事が出来ます。転生の儀を行いますか?〉


 通知に転生するかしないかという選択肢が出た事で転生を願う事に成功したのだと知る。

 念の為、ヴァイオリンは弾き続けながらバラム達の方に視線を移し、頷く。

 意図を察したバラム達も頷いたのを確認してから────『転生の儀を行いますか?』の問いに『はい』と答えた。



 ────その瞬間、全ての音が消え、視界が真っ暗になった。





 ……
 …………
 ………………
 ……………………ん?


 そのうち演出的なものが入って場面転換するんじゃないかと待っていたらいつまで経っても変化が見られない。ひたすらに真っ暗で無音の空間だ。《夜目》を以てしてもこの暗闇なら、ここは本当に何も無い空間なのだろう。

 そして、困った事に体が少しも動かない。以前に《恐怖》の状態異常によって動かなくなった事があるが、それとは根本的に違う。僕の意思を体に伝える回路が途中で切れている感覚だ。有り体に言えば、仮想空間で自分の意思とアバターの連携がバグった時に似ている。

 別の空間にいる事にはなっているのか、バラム達へのウィスパーも出来なかった。


 ……もしかして、バグか?


 アルストはプレイに支障があるようなバグがほとんど無い事を、サービス開始当初から変態扱……絶賛されていたので、この大事な場面で行動不能になるとは思わなかった。が、なってしまったものは仕方がない。

 幸い、UIの視線操作で運営への報告とログアウトは出来そうなので、この状態が長く続くようなら報告の後、ログアウトするしかないだろう。
 ここでログアウトしたら次にどうなるのか全く分からないが、運営にどうにかしてもらうしか無いな。

 と、半分諦めモードで10分程待ったのでこれはもう報告してログアウトだな、と運営に報告メールを送信したところで────。


 真っ暗闇から先程遺跡の中を取り巻いていた星雲のようなものがブワッと広がる。この空間に来て初めての変化だ。……運営に報告してしまった直後に状況が動き出し、中々気まずいが一先ず変な所でログアウトしなくて良さそうでホッとした。

 そして、星雲が広がる中心地から何かの影が現れ、男なのか女なのか、老いているのか若いのかもよく分からない声が響く。

『ネ***ク*フの落胤よ、転生の儀によりお前を新たな位階へと導こう……って、何チクッておるんじゃお前!』
「…………」

 厳かな雰囲気が後半盛大に崩れたが、それはともかく。


 星雲から現れた影は、喋る黒猫だった。
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