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本編

105:罠と再会

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 一角獣とバラムがお互いにとてつもない威圧感を放って対峙している。バラムが庇うようにしてくれているおかげでいくらか楽になったが、まだ《恐怖》状態から脱せていない。

『貴様……夜狗……そのものでは無いが血が混じっているのか。醜悪な気配をさせおって』
「その言葉そっくりそのまま返してやるよ……こいつに会う前みてぇな不快な匂いだ。このクソ馬」

 バラムの怒気に呼応するように錆色の禍々しいオーラが激しく揺らめく。あれは敵を倒せば倒すほどの攻撃力が上がる効果のオーラだったと思うが、ここに来るまでに何かを屠りながら来たのだろうか。あとは微かに混じるエフェクト的に『強壮活性』か『狂騒活性』の飴玉を食べている気がする。

 対する一角獣の方も何かの技の前兆か煌めく青いオーラを纏い、敵意をバラムに向けている。……うぅん、少し前に穏やかな表情のアンバーと会っていたからか、馬もこんな険しい表情が出来るものなのか、と微妙な気分になる。厳密には馬ではなく一角獣でおそらく精霊っぽいのだが。

『貴様のような駄犬、さっさと排除してくれるわ……ぐっ!?』

 ガキィンッ

 何かの魔法を放とうとするのをバラムが斬りかかり阻止をする。そしてそのまま、反撃の隙を与えまいと連撃を重ねていく。大剣を振るっているとは思えないスピードだが、攻撃力や重さは大剣そのものなので、受ける側にとってはとんでもない衝撃だろう。

『ぐっ! がっ、ぐぅっ、このっ!』

 一角獣はバラムの猛攻を何とか角でいなしている。向こうもやられっぱなしではなく、水で出来た柱のようなものや鎌のような刃を無数に生み出して攻撃しているが、バラムは的確に受けると不味そうなものは避け、食らってでも攻撃に回った方が良いものは受け、と瞬時に判断している。

 攻撃の応酬を繰り広げることしばし、先に己に利があるインファイトを仕掛けたバラムの有利に傾きつつあった。一角獣の方は魔法を放つのに有利だろう中距離の間合いを空けたがっているが、バラムがそれを許さず張り付いている。

『ぐうぅっ! ……くくっ、くはははは! 我との間合いをそんなに詰めて良いのか?』
「あ? ……なっ!」

 攻防を繰り広げている間に随分と遠くに行ってしまい、バラムと一角獣の会話はギリギリ聞き取れるかどうかだが………………遠くに?


 ────その時、視界の端を緑色のオーラが掠める。


 その方向を見ると、一角獣が僕目掛けて突進してくるところだった。一角獣はもう一体いた……?

 まだ《恐怖》による行動不能が解けておらず、秘技も使えなければ避けることも出来ない。

 ただ、普通に死に戻るだけなら良いのだが、一角獣がこちらに突きつけてくる角の輝きに何やら嫌な気配がする。

 僕はその角が体に刺さろうかというところをただ見ていることしか出来ず────。


「っ、トウノ!!」


 ────浮遊感の後、視界が真っ暗になった。



 ……
 …………
 ………………ん?




 痛覚はずっとフル解放のままなので、突き刺される際の痛みも相当だろうな、と構えていたのだが、いつまで経っても痛みが訪れない。


『間一髪であったな、主殿』


 一角獣のものとも違う、渋い重低音な声が聞こえた。……この声は。

「黒山羊……?」
『今は山羊では無いがな、また会えて嬉しいぞ主殿』
「えっ……うわっ!?」

 周囲を確認すると地面が随分と下にあり、かなり驚いた。どうやら僕は今、黒い大きな鳥の背に乗って空を飛んでいるらしい。……お、落ちたりしないだろうか……とよく見ると、何か黒い靄で腰が固定されていた。

 鳥の頭がチラッとこちらを向いて、黄色い目を細めていた。体表と目の色で鷲の形をとった黒山羊だと確信する。

『さて、動揺した夜狗の小僧を安心させる為にも奴らを蹴散らしてから降りるとしよう。主殿、しっかり掴まっているのだぞ』
「あ、ああ」

 未だ激変し続ける状況を上手く飲み込めていないが、とりあえず明快な指示に従って姿勢を低くして掴まると、それを確認した黒山羊が急降下する。
 ……鳥が飛ぶ感覚はフクロウ変化で多少慣れているので逆に気分が落ち着いてきた。

 黒山羊は僕がいた方ではなく、バラムの方の一角獣目掛けて飛んでいく。

『ぐがっ!』

 地面スレスレで山羊へと姿を変えると大きな2本の角で一角獣を弾き飛ばした。

「おいっ、無事か!?」
「あ、ああ……この黒山羊のおかげで無事だ」

 バラムが僕の元に飛んで来る。僕の無事を確認すると、安堵の表情を浮かべ

「そうか……あの時の黒馬か?」
『我の言った通り再会はすぐであったであろう、夜狗の小僧』
「……チッ」

 ……そう言えば聞くタイミングを逃していたが、バラムと黒山羊は数日前にフィールドで共闘していたんだったな。

『くっ……失敗か。しかも醜悪な気配が増えるとは目障りな』
『漆黒の体に黄色の目……それにあの力……兄者、奴はもしや……!』
『ぬ? …………まさかオロバスか! 貴様、とうの昔に滅んだはずでは無いのか!?』

 2頭の一角獣が合流し、こちらを見て何か驚いている。おそらく黒山羊を見てだと思うのだが……オロバス? プーカでは無いのか?

『その名は主らが勝手に呼んでいるだけだろう。我はプーカ、もしくは夢魔ナイトメアだ』

 夢魔……そうなのか。

『それに身動きが取れなかっただけで滅んでなどおらぬ。ふふん、この主殿に解放されてな。とっくに自由の身であるわ!』
『何……? しかもどうやって入ってきた!? 貴様なんぞ引き込んでいないぞ!』
『我は夢魔ぞ? 幻想ゆめの領域に入り込むなんぞ造作も無いわ! ……友の呼び声と導きのおかげでもあるが』

 最後、若干小声になっていたが……『友』……? 僕は右手の人差し指にはまった指輪を見る。……そう言えば本に飲み込まれる時に指輪が強く反応していた気もする。あれは黒山羊を呼んでくれていたのか。

 ……指輪から「来るのが遅い」という気配を感じる。手厳しい。

『はっ! だが随分と弱々しい姿じゃないかオロバス。貴様らを葬ってそこな果実を愛し子としてくれるわ!』

 一角獣達から再び闘気が巻き起こる。黒山羊の背にいるからか、今回はほとんど影響を受けることは無かった。

 ……うぅん、さっきからおそらく僕を指して『果実』や『愛し子』などと言われると背筋がゾワゾワとするのでやめて欲しい。僕をその……ソレにしたいとさっきから主張しているが、響き的に柄では無いし、なりたく無いので他を当たってくれないだろうか。

『ふん、主殿を愛し子程度に留めるなどなんと勿体無い事か。……主ら、戦いの最中にそんな悠長にしておって良いのか?』
『何だと?』
『兄者!』

 ドオオォンッ!!!

『ぐおおおっ!!』
『ぐあっ!』

 いつの間にか一角獣達の裏に迫っていた、バラムが痛打を叩き込む。

 バラムの不意打ちの為に黒山羊は敢えて一角獣達の気を引く為に会話を続けていたのだろうか?

『ぐっ、この只人族風情が……!』
『兄者! がっ! ……このっ!』

 今までの会話から兄弟らしい一角獣の、兄の方に狙いを定め追い詰めるバラムを弟の方が横から攻撃しようとするが、それを地面から突如生えた黒い槍が阻む。

『ククッ、我がいるのを忘れるでないぞ!』
『お前はオロバスを抑えろ、こいつを片付けたらオロバスを仕留める!』
『おう!』

 弟一角獣がこちらに狙いを定めて突っ込んで来る。

『主殿、彼奴をしばらく引きつけるでの、しっかり掴まっているのだぞ』
「分かった」
『うむ。ほぅれ、我について来れるかのー!』

 そう言うと黒山羊は跳ね上がり、そのまま鷲へと変化して空へと飛び立つ。

『舐めるな!』

 弟一角獣が緑色のオーラを纏ったかと思うと空を駆け、こちらに肉薄してくる。……よく見たらこちらの一角獣の角は緑色の宝石のようで、多分だが風属性を持っているようだ。

『その程度か? ずっと寝ていたというのに、欠伸が出そうである』
『この、ちょこまかと……!』

 おちょくるような言動で弟一角獣の神経を逆撫でして、彼の注意をバラム達の戦いから引き剥がしていく。

『どうした高度が出ておらんぞ~。その属性結晶の角は飾りであるか?』
『貴様っ!!』

 息を吸うように弟一角獣を煽っていく。……そういえば、掲示板でエレメントを煽り倒していたとか書いてあったような……?


 注意を引く為どうのというよりこれが黒山羊の通常運転なのかもしれない。

 そう思えてきた。
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