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本編

60:速やかなフラグ回収と秘技

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 フラグはさておき、北門を出て東へと向かう。

 畦道が真っ直ぐ東に続いている以外は、野原が広がっている、実に長閑な光景だった。ほとんど影響の無かった方角とはいえ、防衛戦の名残は少しも感じ取れない。

 何も無さすぎて、空を流れる大きな雲の影がよく分かるほどだ。

『降りそうだな』

 頭に声が響く。バラムからのウィスパーだ。

『何が?』
『雨がだ。そっちには無いのか?』
『……いや、あるが。ユヌでは一度も降ったことが無かったから、気候の変化があると思わなかったというか』
『ああ。ユヌから西は何故かほとんど雨も雪も降らない』
『ふぅん、不思議だな』
『そういうもんとでも思っとけ』
『ああ』

 ファンタジーでマジカル案件、ということか。案外僕達プレイヤーの出現も“そういうもの”と片付けられているのかもしれないな。

『少し、急ぐぞ』

 そう言うと、前を行くバラムの馬が駆け足になる。それに合わせてアンバーもスピードを速めた。相変わらず僕はアンバーの邪魔をしないように乗っているだけだ。

 馬での移動だからなのか、バラムの強さ故なのか、僕が《感知》出来る範囲に魔物の反応が全く無い。まぁ、この辺の所謂雑魚モブに2,3発でも食らったら多分死に戻ってしまうので、遭遇しないに越したことは無い。

 ドゥトワへは畦道を真っ直ぐ行くのではなく、道の無い平原を北寄りに進んでいくようだ。

 ふぅむ、ユヌの北東寄り……旧倉庫で読んだ『いたずら者ども』の中に該当する記載があったような。唯一行けそうな場所だなと思った記憶がある。

 夜間に平原にいると、突然宙に投げ出されて最悪死ぬとかなんとか……理不尽極まりない内容だったと思う。今は失われていそうとはいえ、序盤のフィールドにそんな言い伝えがあるなど、中々恐ろしい。

 カーラからそのような忠告は無かったので、おそらく現在は出現していないのだろうが。

「……チッ」

 思考の海に沈んでいると、前方からバラムの舌打ちが聞こえてきた。……流石に油断しすぎだったろうか。遺跡調査から日が経ってしまっていて、フィールドでの緊張感を忘れてしまっているようだ。

 駆け足から歩きくらいのスピードになったかと思うと、またバラムからウィスパーがあった。

『異人殺しの異人が潜んでる』 
『えっ』

 異人殺しの異人……PKか……まさか本当に遭遇するとは。しかし僕の《感知》には何のマーカーも無い。バラムの感知範囲や精度は僕と桁外れだろうから、僕の《感知》範囲の外にいる、とも考えられるが……。

「……うっ」

 とりあえず《感知》範囲に無差別な《解析》をしてみた。遺跡の時ほどでは無いが、大量の情報が視界に流れる。そして、今まで表示されなかったプレイヤーマーカーが6つほど表示された。付近に罠もいくつか仕掛けてあるようだ。

 改めて《解析》結果を確認すると、プロフィールはバラバラだが、皆共通して【異人殺し】と【指名手配】の称号を持っており、《隠術》という感知系技能を欺く技能を習得していた。

『始末してくるから、ここで待ってろ』
『罠とかあるが、大丈夫か?』
『問題無い』

 まぁ、バラムがそう言うなら問題無いんだろうが……【異人殺し】と言うからには狙いは僕なのだろうし、ステータスには無いプレイヤーならではの連携や罠があるかもしれない。しかも、プレイヤー相手にも広く認知されているらしいバラムがいると認識してなお仕掛けて来ているのも気にかかる。

 ……よし、こういうのは自重しない方が良いと防衛戦で学んだばかりだしな。

『バラムから仕掛ける前に、一つ僕に試させてくれ。異人殺しは6人で間違い無いか?』
『あ? ああ』

 バラムに断りを入れ、僕を狙うPKの人数が合っているか確認する。漏れは無いようだ。いくらなんでもバラムを欺く程の《隠術》レベルに達しているプレイヤーは現状存在しないだろう。

 《感知》内のプレイヤーマーカーを強く意識する。そして、《編纂》で“ある言葉”を全員に付与した。

 目視で確認は出来ていないが、改めて行った《解析》結果ではちゃんと付与出来ているようなので、多分成功しただろう。

『多分、異人殺し達を無力化出来たと……思う。10分くらいで切れてしまうが』
『…………は?』
『1番近くにいる者を確認しよう』
『おい、説明しろ』
『バラムならかかっている者を見た方が早いと思う』

 と、言いながら、馬を1番近くのPKの元に向かわせる。もちろん罠は避けながら。その間《感知》範囲のPK達が動く気配は無かった。

 すぐに、近くにいたPKが視界に入ると、地面に膝をついて項垂れた状態で何やら呟いている。こちらには全く気づいていないようだ。

「一体、どうなって…………あの遺跡のデカブツに仕掛けた“何か”か?」
「そうだ」

 馬から降りて警戒しながらPKを確認したバラムが言う。

 そう、バラムの言った通り、PK達に付与したのは防衛戦の最後、狂った魔物・獣腕のトロル型にかけたものと同じものだ。

 現実時間の昨日、自分を《解析》した時に《古ルートムンド語》の中に2つの文章が登録されているのに気づいた。

 それは、〈惑う魂に慰めを与えん〉と〈淡き宵の訪い〉だ。

 どうやら、それぞれの効果を発揮する“秘技”として登録されたらしい。前者の方は文章上、対象を指定してしまっているので、狂った魔物にしか効果が無い。しかし、後者は狂った魔物以外にも使えるようなのだ。


《古ルートムンド語》
秘技〈淡き宵の訪い〉
消費AP:5
対象に《編纂》で付与することで発動する。対象によって効果持続時間が変動する。

弱く淡い為、僅かな間のみ宵が訪れる。
安らかな微睡の中で望むものを視ることが出来るだろう。


 いつもの婉曲表現だが、今回は付与された時の状況からも比較的分かりやすい。つまり、強制的に寝させて望む結果の夢を見せる技だ。

 なので、PKの寝言のようなものを聞いている限り、バラムを引きつけて紙防御の僕を倒すことに成功した夢を見ているのだろう。……リアルタイムでどんな夢を見てるのか投影出来るようなものも編み出せれば便利だろうか?

 ちなみに消費APは技と《編纂》分かかるので、結構重たい。

 バラムには秘技の詳細とPKの《解析》結果を紙で出現させて、口でも説明する。すると、顔を手で覆って天を仰ぎ、おまけにとてつもなく大きいため息をついた。

「…………お前って奴は……とんでもない技だぞ、これ」
「そ、そうか?」

 まぁ、《感知》マーカーから付与出来るのは我ながらトンデモポイントだと思うが……。

「これは普通の状態異常じゃないから《状態異常耐性》を持っている俺でも簡単にかかる」
「えっ」
「それを存在を《感知》されるだけで、付与され、技にハマった自覚も持てない」
「…………それは、確かにとんでもない、な……」

 PKの《解析》結果を改めて確認すると、確かにこの技は『特殊効果』の欄に記載されていた。

「あとこれ、時間経過以外の解除方法あんのか?」
「……対象の《解析》結果を《編纂》出来れば……?」
「それ、どのくらいの奴が出来るんだ?」
「…………」

 僕は目を逸らす。変な汗も出て来そうだ。

 そして突然、両頬を大きな手がガッと掴まれて強めに揉みしだかれた。痛い。

「絶対に、この能力を俺以外に悟らせるんじゃないぞ? 知られたらどうなるか、想像出来るな?」
「分かっは……」

 僕はバラムに頬を掴まれたままコクコクと頷く。
 技の性能はかなり凶悪で、危険人物認定待った無しだろうが、僕自体はとても弱い。物量で攻めてAP切れしたところを捕まえるなり、もっとシンプルに、反応出来ない攻撃で落とすなりして幽閉などされればもう何も出来ない。

 あとは僕が復活したところを無限に殺し続ければ封殺が可能だろう。プレイヤーはともかく、住民がその方法にたどり着いて実行し続けるかは分からないが。
 それに、そうなるとまともにプレイが出来なくなるから流石に運営がどうにかしてくれると思いたい。

 というか、ここまで何の音沙汰も無いが、これは運営の許容範囲なのだろうか? 知られたらチート判定されても文句は言えない気がする……が、ゲーム内で獲得した技能のみを使ってるはずだから、チートではない。不思議なことに。

 弱体化くらいはされるか? その方が何となく安心出来るので、是非そうして欲しい。

「……はぁ。とりあえず、効果が切れない内に始末するか」

 そう言うと、僕の頬から手を外し、目の前のPKを何の躊躇いも無く大剣で叩き潰した。すぐに光となって消えるが、それまでは生々しい光景が広がっていた。

 うっ、久しぶりに試されるグロ耐性……。

「残りも始末してくるから、ここで待ってろ。俺以外が近づいたらあの“技”を使え」
「えっ」

 さっき悟られないようにと言ったばかりでは。

「悟られなきゃいい。お前が安全になるならいくらでも使え」
「えぇ……」

 と言うと、さっさと馬に乗って行ってしまった。まぁ、あまり長くない制限時間も迫っているしな。

 
 僕はバラムが戻るまで、《感知》を時々《解析》して注意を払いつつ、アンバーを撫でて過ごした。
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