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本編

51:酒場の宴

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「あ、編纂士君。今日あたり遺跡で後始末をしてた連中が戻ってくるみたいだ」
「そうなのか」
「傭兵や冒険者達の行きつけの酒場で慰労の宴を開くんだが……多分大剣使いも引きずられて来るだろうから、君も来るかい?」
「ふぅむ……じゃあ、そうさせてもらう」
「了解。時間になったら案内するよ」

 旧倉庫から出ると、出入り口で待っていた護衛の人が今日バラム達が戻ってくると教えてくれた。

 酒場で慰労の宴があるとのことだが、主にユヌの住民達で構成されているのだろうと推測する。転移システム解放によって、プレイヤーは瞬く間に方々へ散っていったようで、ワールドクエストが終了してからゲーム内時間で数日経った現在、ユヌにはキャラクリエイトを終えたてのプレイヤーくらいしか残っていない……らしい。
 護衛の人から教えてもらった町の近況から察してみた。

「時間までどうする?」
「そうだな……宿で適当に過ごそうと思う」
「了解。もう宿に戻るか?」
「ああ」

 護衛の人に送ってもらって宿に着くと、ローザの旦那さんに軽食を作ってもらい、自分の部屋へと戻った。

 簡素な机に先ほど存在を確認したミニチュアボスを置いてみる。他に何も無さすぎてすごく浮いているが、まぁ、良いだろう。

 さて、時間までどう過ごすかだが……防衛戦前の遺跡《解析》情報のまとめはもうギルに渡せる状態だしな。

「旧倉庫の本を翻訳したものでも作ってみるか?」

 暇だし。あそこの本を《解析》したことを申告することになってしまうが、翻訳本を渡して相殺してもらえないか交渉してみよう。

 そうと決まれば早速《解析》ログを参照しながら翻訳作業に入る。…………《編纂》のレベルがぐんぐん上がる。《古ルートムンド語》の伸びも《編纂》ほどでは無いが悪くない。翻訳作業、経験値が美味しいな。翻訳元の本が少ないのがネックだが。


 そうして調子良く作業に没頭していると、あっという間に護衛の人が迎えに来る時間となっていた。


 *


 護衛の人に案内された酒場は、既にそこそこ住民が集まっており、なんならもう酒盛りが始まっているテーブルもあった。

「編纂士君、酒は?」
「え…………じゃあ、ちょっとだけ」
「ははは、飲みやすいの持ってくるよ」

 現実ではまだ飲酒出来る年齢ではないが、アルスト世界では18歳から飲める。まぁ、実際の体がアルコールを摂取するわけではないからだろう。ちょっとした好奇心で飲んでみることにした。……舐めてみてダメそうだったら誰かに飲んでもらおう。

 ほどなく、給仕らしき女性が僕の前に木製のジョッキを置いた。中には並々と液体が注がれている。
 まず匂いを嗅いでみる。……酒がどんな匂いがするのかあまり知らないが、これは結構フルーツっぽい香りがする気がする。

 ちょっとだけ舐めてみる。
 香りと同じくフルーツっぽい甘み4、謎の爽やかさ3、苦み3……くらいか? 結構美味しいと思う。

 《解析》してみると[果実酒]とあった。シンプルだな。《酒酔》というバッドステータスが20%付与されるようだ。
 《酒酔》は100%に近づくほど、視界が揺れ身体のコントロールが効かなくなっていくらしい。時間経過や酔い覚ましのアイテムを使うことで解除されるとのこと。

 舐めただけでも付与されるのだろうか? まぁ、20%くらいなら問題ないだろう。とりあえずこの一杯は飲んでしまおう。

 チビチビと飲んでジョッキの中身が半分ほど減った頃、俄かに酒場の出入り口付近が騒がしくなった。

「よぉ、ラスティ! 大活躍だったな! お前ぇらもお疲れさん!」
「やーっと帰れたぜー! 酒! 酒飲ませろー!」
「おお! 飲め、飲め!」
「あれ、サブマス達は?」
「まだ仕事があるとかなんとか……ここの代金は持ってくれたぜ!」
「ヒュー! 太っ腹ー!」
「おい鉄銹ー、例の編纂士が来てるってホントか……あれ、いない」

 どうやらバラム達が到着したようだ。人が多くて、というか全体的に大きくてバラムの姿は確認出来なかったが、そのうち会えるだろう、とジョッキを傾けていると……。

「飲んでんのか」

 頭上から降ってきた低い声に顔を上げると、最低限の武装をしている以外は比較的ラフな服装のバラムがそこにいた。

「ああ。えーと……久しぶり?」

 少しフワフワとしてきた頭でバラムに声をかけると、眉間のシワを深くさせたバラムにジョッキを取り上げられた。そのまま僕の隣にどかっと腰を下ろすと残っていた果実酒を呷る。

「それは僕の……」
「お前にはまだ早い」
「もう飲める年齢のはずだが」
「強さはまた別だろうが」
「それは、まぁ……」
「ミルクでも飲んどけ」

 プレイヤーにもアルコール耐性の差があるんだろうか? そういう表記は無かったように思うので首を捻る。

「おぉー、あのラスティが本当にべったりだー」
「あれが鉄銹が速攻で囲いにいった我が町の救世主殿かー」
「なんか、地味」
「……意外なタイプのような……実はそうでもないような?」
「どっちだよ!」
「まぁ、どっちでもいいじゃん! 救世主と鉄銹に乾杯ー!」
「「「乾杯ー!!」」」

 遠くの方で僕とバラムの話をされている気がしたが、《酒酔》が効いてきたのかあまり細かいことが気にならなくなってくる。

 たまに僕に話しかけてくる人と軽く言葉を交わしつつ、大人の飲み会とはこんな感じなんだろうかと酒宴の雰囲気に浸っていると、何処からか音楽が流れてきた。音のする方向へ顔を向けると、何人かの赤ら顔の傭兵が楽器を手に演奏していた。

 精度よりはその場のノリやリズム重視だ。既に出来上がり気味の傭兵達は適当に歌ったり、指笛を吹いたりしている。見たところ、演奏に特別な効果は無さそうだ。

 なんだ、普通の楽器もあるのか。最初に見た楽器が両手杖だったものだから、てっきりそれしか無いのかと思ってしまった。傭兵達が演奏している楽器はリュートに縦笛と太鼓で、民族音楽っぽいメロディだ。

 主旋律がシンプルで繰り返す形なので、少しならもう弾けるかも……と視線を彷徨わせると、演奏している傭兵達の横に色々な楽器が置いてあるのが見えた。

 その中の一つが気になって、立ち上がろうとして……立てない。どうしてだ?と確認すると、僕の腰に筋肉質な腕が回っていた。隣に座っているバラムの腕だ。

「何処に行くつもりだ」
「ちょっと気になるものがあって……そこの楽器を見に行こうかと」
「…………分かった」

 渋々といった感じだが、解放はされたので、早速気になったものを確認しに行く。立てかけてある楽器の一つ、猫くらいのサイズの洋梨型に3本の弦が張られた楽器を手にとってみる。


[木製のラベイカ]
木製のただの弦楽器。
丁寧に作られており、品質が良い。
耐久力:D
品質:B
分類:楽器
効果:なし
素材:メープルの木材、シープの腸
製作技能:《木工》《細工》
製作者:ハイモ


 ラベイカ……レベックか! ログアウトした際にヴァイオリンっぽい楽器を調べて、あるとしたらこれだろうかとあたりをつけていたが、本当にあるとは。

 あとはどこかに弓はないかと辺りを見回すと、すぐ近くに簡素な武器の弓みたいなものがあった。
 それを手にとって、傭兵達の演奏の邪魔をしない程度に弾き心地をチェックする。やはり大分簡略的だが……逆にこのくらいの方が気安く弾けていいのかもしれない。

「お! 編纂士殿も参加かい?」
「大歓迎だ! 入って来いよ!」

 楽器を手にしていたからか、リュートと太鼓を演奏している傭兵に声をかけられた。ううん、どうしようか…………せっかくだし、やってみるか。

 僕は、演奏している傭兵達の近くに寄り、動画で見た持ち方をしてみる。ヴァイオリンと違って、肩ではなく、胸の下あたりで支えるようだ。というより、あまり弾き方に決まりが無いらしい。

 主旋律の始まりのタイミングで参加する。弦の数も違うので、ミスばかりだが、誰も気にしていない。機嫌良く歌ったり、奥の方では踊っている者もいる。

 うーむ、やっぱり弾きづらいので、肩で支える形に構え直す。やはりこちらの方が慣れていて弾きやすいな。

 酒宴独特の熱気と各所で響く上機嫌な声を感じながら演奏するのは、こちらの胸まで弾んでくるようだった。

 ああ、これは、楽しいな。


〈これまでの行動から技能《演奏》を獲得しました〉


《演奏》
消費AP:-
楽器の演奏アクションに対して、正確さや効果が補正される。
常時発動。
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