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本編

34:どう表現すべきか

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「礼の続き、するぞ」

 返事を待たずに、僕の唇にバラムのそれが重なった。

「ん……ふ、ん」

 抱え込まれながら強く唇を押し当てられる。こういう時どうすればいいのか分からず、されるに任せることしか出来ない。

 そうしていると、いつの間に移動していたのか、ベッドの縁に足がひっかかって倒れ込み、ベッドに腰を下ろす体勢になる。

 バラムも僕に覆い被さるようにベッドに乗り上げると、少し唇を離した。

「ロクに抵抗しないな」
「……正直、どうしたら良いのか分からない」
「……嫌か?」
「うーん? …………い……やではない、と思う、む、ん」

 バラムの問いに、よく分からない自分の感覚を何とか拾い上げて答えると、またキスをされる。今度は啄むように、くっついては離れてを繰り返すようなキスだった合間にバラムの問いが続く。

「元の世界とやらに、お前の女はいるのか」
「ん、いないが」
「男は」
「おと……いないが」

 僕は一体何を聞かれているんだろうか。

「……こういう経験は」
「まぁ、遺跡でしたのが初めてだな」
「そう、か」
「ああ」

 ゲーム内での体験をカウントしていいのかは微妙だが……それこそ〈現実〉では、望むべくもない体験だしな。

 バラムを見上げると、片手で顔を覆って深く息を吐いていた。手を外してこちらを見つめる錆色の瞳が強く光っている。

「はぁ、くそ……」

 急に後頭部をがっしりと掴まれて一際強く唇を押し付けられ、吸われ、舐められた。なんとなく、体の芯がじわじわと温かくなっていくのを感じる。

「舌、出せ」
「ふ、ん? ……っ! んんっ!」

 ぼんやりとしてきた頭で、言われた通りに舌を出すと、バラムの大きな口に呑み込まれた。

 ちゅっ、じゅっ……じゅるっ、ぬるっ

 何をされてるのか分からなくなりつつあるが、舌を吸われたり、舌同士を絡めたりしているのだと思う、多分。

 突然激しく深くなったキスと、触れている箇所から伝わる熱に思考が溶けていく。

 不意に口が解放される。

「おい、鼻で息しろ」
「はあっ、は、……鼻?」
「息、上手く出来てなかっただろ」
「そう、か? ……ふ、うむっ」

 再び、深く口づけられる。
 言われた通り鼻で息をするのを意識すると……なるほど、確かに先ほどは息苦しかったかもしれない。

 くちゅっ、じゅっ、ちゅっ…………

 息苦しさから解放されると、舌と舌が絡み合う感触や、口の中のいたるところを舐められる感覚がより鮮明になり、首筋をゾクゾクとしたものが這ってくる。

 上から覆い被さるような体勢の為、バラムの唾液も僕の口の中で混ざり合って、口から溢れそうになる。どうしようか考える間もなく、反射で飲み込む。

 視線を上げると、目を細めたバラムと目が合った。

「……はぁっ、ん」

 最後に軽く唇を啄まれて、唇と体が離れていった。

「今日はこのくらいだな」
「……まだ続くのか」
「俺が満足するまでな」

 彼が満足するまで礼とやらをされ続けるらしい。そもそも僕も礼がこれでいいのだろうか? …………だが、遺跡で言われた通り彼から齎される熱を享受してしまう自分がいる。


 不意に、バラムがベッドへ体を横たえ、片腕を緩く僕の腰に回す。

「これから欠け月の時までどうするんだ」
「ん? そうだな……遺跡調査の情報をまとめたり、鎮め札の生産が主だろうか」

 合間に旧倉庫の本を読んだり、技能の検証を出来たら良い、くらいか。

「襲撃の時は外壁に近づくなよ」
「まぁ、近づいても何の役にも立たないしな」
「職業ギルドにでも詰めておけ」
「そうしよう」

 襲撃時に僕に出来ることがあるのか分からないが、ギルドにいれば何かしら雑用はあるだろう。鎮め札の補充も必要かもしれないし。

「あ、そうだ。待っている間に鎮め札を大量に作ったからコノルのところにでも持って行ってくれないか」

 バラムはもうインベントリを使えるはずだから、大した荷物にならないだろう。

「……ちょっとの時間でこんな作れんのか」
「作る力が尽きるより先に、インベントリの枠が埋まりそうなくらいには」
「本当になんかおかしいよな、お前」
「おかしいのは僕じゃなくて、技能とユニーク装備の補正だ」

 そこは間違えないで欲しい。

「別に変わらないだろ」
「変わる」

 少しムッとしていると、頬を摘まれる。バラムの方を見ると、緩い笑みを浮かべていた。意外な表情だと思いつつもこの顔は何というか……。

「眠いのか?」
「ああ……お前の匂いが心地良すぎて……」
「僕は何の匂いもしないんじゃなかったのか?」
「あの時、分かるようになった」

 “あの時”とは遺跡で意図せずバラムを《編纂》してしまった時だろうか。

「そうなのか。僕はどんな匂いがするんだ?」
「……とにかく……落ち着く?」

 返答が鈍い。もう大分微睡んでいるようだ。

「……あれだ…………深い……………」
「…………ん? 深い、何だ?」

 気になるところで途切れたので、バラムの方を見ると、既に規則的な寝息をたてていた。

 町を出てからこっち、僕の護衛で気を張ってきただろうから疲れが出たのだろうか。……腰に腕がしっかりめに回されたままなので動けない。遺跡でもこんなことが無かっただろうか。

 仕方がないので、ログアウト時間になるまではそのまま好きに寝させることにした。《編纂》はこのままでも出来るしな。

 その後、なんと日が傾くまでバラムは寝続け、起きたバラムと食堂で夕飯を食べ、僕のログアウト時間が来たのだった。


 *


 ログアウトをすると、そこは見慣れたアンティーク調のプライベートルーム。

 僕は今日のプレイ内容を思い起こし、少し居た堪れない気分になる。

 遺跡で大剣使い、バラムにキスされたかと思えば、先ほどはディープキスまでしてしまった。勿論全て現実で体験したことなど無いので、あの感触がどの程度リアルなものだったのか比較のしようもないのだが……。

「すごく、生々しかった? いや、うーん? ……表現が難しいな」

 とにかく、こんなことまで体験出来るこのゲームは一体なんなのか……と少し遠い目になった。レーティングをフル解放しているとこういうことも出来るということなんだろうか。

 バラムに舌を吸われた感覚を思い出して、心の方は少し疼いた気がするが、実体の無いこの体には何の熱も灯らない。

 そのことにほんの少し、落胆する。

 深く考えるのは良くないと判断して、強制入眠に入るまでの間、未読の本を読み続けた。


 *


 その後は、鎮め札を生産して定期的に納品したりしていたのだが、職業ギルドへ行ったらあの奥のデスクにまた紙束が大量に積まれていた。そしてその周りで情報整理のクエストを受けたのだろう、学者系職業らしきプレイヤーが賽の河原で石を積んでいるかのような面持ちで技能を使っていた。

 手伝ってもいいが、彼らの受けたクエストなので評価や報酬に響きそうだしな……と考えていると、後ろから肩を叩かれて、振り返るとギルが良い笑顔で「まだまだあるよぉ……」と言ってきた。……まぁ、別に構わないので僕もクエストを受けた。

 通された個室にも大量の紙束があり、何だか初心にかえる気持ちで《解析》と《編纂》を使用すると、とんでもなくこの作業が楽になっていた。ほぼ1回の《解析》で紙束全ての情報をログに残すことが出来、《編纂》は重複情報をまとめた上で整理が出来る。

 僕の作業ペースを確認したギルは容赦なく紙束を持ってきた。内容を見ると、どうやらこの紙束達はワールドクエスト関連の情報の集まりのようだ。


 たまに息抜きで旧倉庫に行こうとしたのだが、いつも外回りから戻ってきたバラムに捕まってしまい、行くことが出来なかった。何故だ。

 そうこう過ごしているうちに、現実時間で3日ほど。


 ────ついに、魔物が始まりの町に押し寄せる日がやってきた。
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