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本編

30:町へ戻る

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 色々あったが、思いがけず遺跡を脱出する算段もついたので、撤収準備をする。

 ……すぐにとは行かず、僕に《空腹》と《不眠》がつきそうだったので携帯食スープを食べて2時間〈睡眠〉をとるなど、主に僕のコンディションを整える準備となった。

 バラムはどうなのかと言うと、僕が解読に集中している間にちょいちょい食料をつまんでいたようだ。休息の方はログアウトしていた間の熟睡であと何日かは休まず動けるらしい。……タフ過ぎる。


「よし、準備完了だ」

 身支度を確認し終えたことをバラムに告げる。彼も、ここでは兜や細々とした装備を外していたりと結構リラックスしている印象だったが、今はいつものフル装備だ。

「まずは俺が出て奴等を片付けるから、壁から離れて待ってろ」
「分かった」
「……本当に開き具合は調整出来るんだな?」
「……おそらく」

 出るのも入ってきたあの壁からになる。のだが、僕は相変わらず戦闘は足手まといの為、ここに来た時のように魔物が入ってこれないくらいまでで開くのを調整しないと、僕が一瞬で死に戻る可能性が高まる。

 どうしたものかと考えている時に指輪が「出来る」と主張しているのが何故か分かったので、そもそも壁を開けることが出来るのかも含めて試してみようとなった。
 まぁ、入る時も調整出来ていた節があるので、大丈夫だろう。多分。

「…………チッ」

 相変わらず指輪が気に入らないのか、ひと睨みからの舌打ちである。

 ということで、入ってきた壁でスタンバイ。

「開けるぞ」
「ああ」

 僕は指輪をつけている方の手を通路の壁につける。

「バラムの膝くらいの高さまで開けたい」

 一応具体的に声に出して言ってみる。あの魔物は頭……というか顎が大きすぎるので、割と開けてしまっても入ってくることは出来ないだろう。

 少しの間の後、ガコンッという音と共に壁が下から開いていく。
 そんな派手な音をさせていれば、僕達を諦めていないのかずっと近くをウロウロしていた魔物が気付かないはずもなく。

「む、魔物も寄って来たな」
「問題ない。もう少し離れてろ」

 指示に従ってもう数メートルほど下がる。
 
 次の瞬間、今までの比にならない圧力が全身にかかった。

「っ!」

 息が詰まる。開いた隙間から見えていた魔物の影もビタッと止まっていた。

 バラムは壁に近づくと、大剣を背負っているとは思えないほど、軽やかにするりと隙間へ体を潜り込ませて壁の向こうへと出ていく。

 ドンッッッ!!!!

「「ギャインッ!!」」

 バラムが先制攻撃を見舞ったのか、魔物達の悲鳴が響き渡る。それを皮切りに戦闘音が続く。
 まだ圧力の余韻が残る体をしゃがませて、隙間から外を覗いてみる。

「……うわぁ」

 視界に写ったのは、ちょうどバラムの振り下ろした大剣が魔物の脳天を叩き潰すところだった。どう見てもあの魔物の体の中で1番頑強そうな頭部を、あんなにいとも容易く……。

 だが、魔物はもう1匹いる。
 相方の突然の死に怯むこともなく、背後からバラムに襲いかかる。しかし、獲物を噛み砕かんとした大きな顎は空を切る。そこにはもう獲物バラムの影は無く―――。

 滑らかに飛び上がったバラムは空中で体を捻る。そして回転の力が乗った大剣が魔物に叩きつけられた。

 ズバンッ!

「グルァッ…………」

 魔物の頭が勢い良く宙を舞う。頭と別れてしまった胴体は未だそのことに気づいてないかのように四つ足で立っている。しかし、遠くで鈍い落下音がしたのとほぼ同時に地に伏した。

 瞬きの間に、魔物達の体が崩れ、夜の闇に溶けていくように跡形も無く消え去る。


 狂った魔物達とバラムの再戦はなんともあっけなく決着がついた。


「おい、大丈夫か」
「……ん?」

 肩を揺さぶられて我に返る。少しの間思考が何処かに飛んでいたようだ。

「大丈夫だ。それよりとんでもなく強くなったな?」
「どちらかというと、雁字搦めに抑えられていたものが一気に解放された感覚だな。気分がとても良い」
「まぁ、調子が良いならそれに越したことは無いな」

 と言いながら僕もさっさと立ち上がって、壁の外に出る。随分久しぶりな気がするが、中にいたのはたった3日ほどだ。

 今の時間帯は夜なので外も暗いが、星が見える分、随分と明るく感じる。

「まずは関所まで戻るぞ」
「ああ」

 こうして遺跡脱出に成功し、星空の下、夜の森へ足を踏み出した。


 *


 森の中を歩くこと数時間、やっと関所の明かりが見えるところまで戻ってくることが出来た。人が灯している明かりを見るとホッとするんだな、と思った。

 でも何やら雰囲気が慌ただしいというか、緊張感がある。バラムもそう感じ取ったようで、止まれの合図をしてきた。

「警戒態勢に入ってるな……このまま出ると威嚇攻撃をされかねん。俺が行って来るから合図をしたら来い」
「分かったが、合図?」

 バラムの方を見ると、口元の方で指を輪の形にしていた。ああ、指笛が合図ってことか。

 理解したと頷く。

 そうしてバラムはランプを取り出して灯火すると、関所の方へと向かった。

 待っている間、そういえばランプの出番ってあまり無いなと思う。バラムは元々《夜目》を持っていて今は《夜狗の視覚》になっている。どう変わったのか分からないが確実に性能が良くなっているはずだ。僕も《暗視》を持っているので、とくに暗いところで光源が無くても良い。

 どちらかと今みたいに自分の存在を知らせたり、距離を取った相手との合図代わりだったりが主な用途だったりするんだろうか。

 と、物思いに耽っていると、ピュイッと指笛が聞こえた。とくに問題は起きなかったようだ。


「おお! お前ら無事だったか!」
「狂った魔物が2体も出るわ、お前らも行方が分からねぇわで心配したぞ、オイ!」

 関所に入ると傭兵や冒険者達に囲まれた。中々心配されていたようだ。

「奥の遺跡にいた2体は倒してきた」
「「「は?」」」
「鉄銹の。1体相手ならお前さんもソロでいけるだろうが、2体相手は流石に……」
「2体分の魔石だ」
「「「マジだ?!」」」
「なるべく早くこいつの報告を町に持ち帰りたいからもう行くぞ」
「おお、そうだな。町まで油断すんなよ」
「誰に言ってる」
「はっはっはっ! そうだな!」
「「「がははは!」」」

 さっきからハモってる人達仲良いな。というよりノリが良い?

「行くぞ」
「ああ」
「乗ってきた馬があっちに繋いである」

 ここまで来るのに乗ってきた馬にまた乗れるようだ。少し嬉しい。
 バラムの後について簡素な厩に向かう。そこにはあの栗毛の馬がいた。

「4日ぶりくらいか? また頼む」
「ヒヒン」

 鼻梁を撫でながら話しかけると、頭全体を僕の体に寄せてきた。僕からも軽く頭を抱く格好で体を寄せてみる。温くて心地良い。

「おい、さっさと乗れ」
「ああ」

 指示に従って《騎乗》をする。

「少し駆け足で行くが問題無いな?」
「……多分」
「馬に任せておけ」
「それはもう」

 短い付き合いだが、この栗毛の馬は大分信頼している。今後馬が必要な移動をするか分からないが、その時はまたこの馬を借りたいくらいには。

 そうして、僕達は町に向けて馬を走らせた。


 その後とくに魔物などと遭遇することもなく、最初の丘陵地帯へ出た。見晴らしが良いので、まだ距離はあるがユヌの町が見える。なんだか「帰ってきた」という感じがする。

「宿とギルドが近い北門に行くから少し遠回りするぞ」
「分かった」

 別に南門からでも大して変わらないんじゃないかと思ったが、とくに反論するほどでもない。

 僕の返答を受けて、北側へ迂回する。


 見晴らしが良いところで馬を走らせているととても気分が良い。もしも部活や読書以外の趣味をすることがあったなら、案外乗馬なんか合っていたのかもしれない。


 そんな取り止めもないことを考えながら空を見上げると、町を出た時と同じように空が白み始めていた。
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