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本編

29:《編纂》がおかしい

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 熱がじわじわと、まだ体に残っていた燻りに火が灯るように広がっていく。時折柔らかく動く感触に背筋が震えた。

「ん、む……」

 静かな空間にちゅっ、ちゅっという音だけが響く。

 どれだけそうしていたかは分からないが、ようやく思考が追いついてくる。どうやら…………僕は大剣使いとキスをしているらしい。というか、されている? 動機はさっぱり分からないが。
 あと、長い。


 僕が我に返り始めたのが伝わったのか、最後に下唇を軽く喰まれてやっとキスから解放された。

「はぁ…………何故僕はキスをされていたんだろうか……?」
「ひと言目がそれか……まぁ……礼?」
「何に対して?」
「突然、今まで不快感しか無かった匂いが和らいだというか、感じはするが無視出来るようになった。状況的にお前が何かしたとしか思えん」
「…………したかもしれない」

 よく考えなくても直前の《解析》によるプライバシー侵害と読めない文字列が飛び出してきて色々あったことが関係してそうである。

「あ、そうだ。それで謝らないといけないことがある」
「何?」
「さっきの無差別《解析》で君も《解析》してしまったようで、許可なく個人情報をのぞき見してしまった。申し訳ない」
「お前ならかまわん。それが何か関係あるのか」

 ……妙に信頼されている。何か、今日1日ですごく距離が近くなったというか、詰められているというか。そういう機微に敏感とは言わないが、僕が感じ取れていなかっただけなのだろうか。まぁ、考えても分かりそうにないので今は置いておこう。

 そして、プライバシー侵害をしてしまってから起きたことを掻い摘んで説明した。聞き終わると眉間に皺を深くしつつ、渋いような困ったような、なんとも微妙な表情をしていた。

「いつも説明自体は分かるが、理解の範疇を超えていることが多い」
「それは同感だが、僕にもどうしようもない」
「とりあえず、もう一度俺を《解析》してみるか?」
「良いのか?」
「そうしないと何も分からんだろう」
「まぁ、君が良いなら」

 ならばと早速しっかり大剣使いを注視して《解析》をする。


名前:バラム
年齢:24
性別:男
種族:只人族
職業:大剣使い 傭兵ギルドランクB
称号:【鉄銹】【夜狗よくの血族】
技能:《大剣術》《渾身》《夜狗の直観》《健啖》《不撓》《夜狗の視覚》《夜狗の威圧》《夜狗の嗅覚》《状態異常耐性》《免疫》《騎乗》《魔物知識》《格闘》《動物知識》《植物知識》《投擲》
装備:鋼の大剣、傭兵の鎧シリーズ、ダガーナイフ、投げナイフ
状態:正常
特殊効果:《揺籃編纂士トウノの編纂》


「色々変わっているな……」

 僕は《解析》ログにあった、変化前の情報と今の情報を手帳に写して大剣使いに見せる。

「おそらく1番大きな変化は読めない文字列が【夜狗の血族】に変化したことだと思うんだが、心当たりは」
「無いが……技能も変わってるな……」

 心当たりが無いようなので、この【夜狗の血族】をさらに《解析》してみる。


【夜狗の血族】
古き時代に出自を持つ一族の末裔である証。
かつては夜の優れた猟犬にして番犬であった。
特殊効果:血族技能、夜行動ボーナス(大)、闇属性付与(中)


 うーん、古き時代とか夜というあたりでこの遺跡や石碑と関係があるのだろうか。大昔には少なくとももう一柱、闇系統の神がいたのだろう。それを踏まえると、バラムが今の光神一強な状況で過ごしづらいのは当然だろうと思う。

 そして、技能も一部変化しているのはこの【夜狗の血族】についている特殊効果の“血族スキル”の影響と思われる。

 これも大剣使いに見せると、本人も腑に落ちたという顔をしていた。

「この、最後のところはどういうことなんだ?」
「そこか……」

 最後のところ、というのは「特殊効果」の欄のことだろう。謎の文字列の方は分からないが、とりあえず読める方から確かめてみる。


《揺籃編纂士トウノの編纂》
揺籃編纂士トウノの《編纂》を受けた証。
まだ拙かった為、身を削り本来の有り様を《編纂》した。
特殊効果:血族称号解放、称号に効果付与、聖属性付与(小)


 …………読めない文字列をどうこうしたアレは《編纂》を使っていたらしい。そういえば、何か不要なものを取り除いた気がするがなんだったのだろうか………インベントリに入れた覚えの無いアイテムがある。…………一旦置いておこう。

 というか「揺籃編纂士」? いつの間にか職業名の「下級」が「揺籃」に変わっていた。ついさっき昇格して変わったばかりだというのに。まぁ、意味的には下級と変わらない、か?

 あと特殊効果の「称号に効果付与」とは?

 少し調べてみると、この効果によって【鉄銹】にも特殊効果がついたらしい。戦闘中に敵を倒せば倒すほど攻撃力が上がるようだ。

 そして、何故か聖属性なるものが付いているが本当にどういう原理で……?

 いよいよ訳が分からない。ユニーク装備の影響が及んでいる技能の様子がおかしすぎる。

 この混乱を分かち合おうと、すぐに大剣使いにも見せる。

「身を削ったって、大丈夫なのか?」
「ん? そうだな……文字列をどうこうしてる最中は多少キツかったが、今はとくに問題ないな」
「そうか、ならいい」


 思ったような反応が得られず首を傾げていると、大剣使いが腕を伸ばしてきて僕の頬を撫でる。

「やっぱり、お前の……トウノのおかげだったな」

 そうして今まで険しい表情しか見たことが無かった彼の、ふわりと笑った顔に何故か目が離せなくなる。

 何をするでもなく見つめていると、大剣使いの顔が近づいてきてまた唇が重なっていた。柔らかい熱にゆるゆると喰まれたり、少し舐められたりする度に体の芯がじんわりと温かくなる気がする。

「ん、ふ……大剣つか……」
「……名を呼べ」
「え、…………ん」
「もう知ってるだろ、呼べよ」

 そう言って、錆色の目が僕を見つめてくる。

「…………バラム、んむっ!」

 思いがけず知ってしまった、隠していたであろう名前を躊躇いがちに呼ぶと、大きな手でうなじを押さえ込まれて先ほどよりも強く、唇同士が合わさった。

 ちゅ ちゅぷ ちゅっ ちゅっ

 初めてキスされた時と同じくらい長い間口づけを受けて、体を巡る温かさが熱に変わろうかというところでやっと解放された。

「はぁ…………ところで、何でこれが礼なんだ?」

 そういえば、相変わらず何故キスをされているのか分からない。礼をしたい内容は一応分かったが、何故礼が僕へのキスになるというのか。

「……まぁ、好きそうだと思って」
「好きそう?」

 僕が、キスを?
 そんなこと初めて言われたなと、思いきり首を傾げていると、バラムが僕の耳の方へ顔を寄せる。

「こういう人肌の体温とか熱とか、そういうのに弱いだろ?」

 と、唇を耳に触れさせながら囁かれ、流し込まれた熱い吐息に背筋を震わせた。

「うっ……」

 その様子を見てバラムはニヤリと笑った。この表情も初めて見るが、不思議とこちらの方が似合っている気がする。

「まだ礼をしたいが、これ以上は町に戻ってからだな」
「これ以上……?」

 まだ礼とやらは続くらしい。


「町に戻ると言っても、外にあの魔物達が待ち構えてるだろう」

 関所まで無事に戻る解決策はまだ見出せていない。

「それだが、お前の《編纂》?とやらを受けてからすこぶる調子が良い。今なら狂った魔物が数匹かかってきても余裕で対処出来そうだ」
「えっ……気のせいとかではなく?」
「これで生きてきたんだ、誇張はしない」
「……そうか、ならいいが」

 自分の腕と命一つで渡り歩く腕利きの傭兵がここまで言うからにはそうなんだろう。これで遺跡脱出の光明が見えたと言っていいのだろうか。


 …………もし町に戻れたら《解析》と《編纂》の検証をしっかりめにしよう。

 あといつの間にかインベントリに入っていた[秘文字の破片]も────。
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