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本編

26:難儀過ぎる体質

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 そして翌朝。
 ゲームの方も1日半経ってちょうど朝くらいの時間帯だ。今日はあの言語の習得までいけるだろうか、とかんがえつつログインする。


 *


 目を開けると、変わらずガランとした円形の広い空間があったのだが…………見え方に違和感が。

 確か横になって寝たはずだから、この真っ直ぐな視界はおかしい。と視線を巡らせると────。

「!?」

 僕の顔のすぐ横に黒い影があってビックリした。
 何だこれ……とよく見てみると、無造作な髪のようだった。ということは。

「大剣使い……?」

 多分、顔の横にあるのは大剣使いの頭で、僕の肩に顔を埋めているのだと思う。……今気づいたが、僕は後ろから彼に抱えられている体勢のようだ。
 どうしてこんな体勢になっているのかはさっぱり分からない。

 困惑しつつも抜け出せないか試みるが、腰辺りに回った腕が思いの外がっちりとホールドされていて、僕程度の腕力ではびくともしない。

 仕方がない、大剣使いが起きるまで待つか……と脱力していると。背後で少し身じろぐ気配がした。

「……起きたのか」

 低く掠れた声がすぐ横から首筋をくすぐる。

「ああ。だからその……離して欲しいんだが」

 腰に回った腕を軽く叩いて、外して欲しいとアピールをするが、動かされる気配は無かった。

「…………お前はおかしい」
「……いきなり何だ」

 脈絡なく貶されているとも取れる言葉をかけられ、さらに困惑する。本当にどうしたんだろうか。

「匂いが、しない」
「匂い?」

 全く何のことだか分からないが…………匂い? 

 このゲームの仕様として、運営も流石にプレイヤーに排泄管理をさせることは踏み留まったのか、汚れが溜まって匂いが出ることは無い。と思っていたんだが、実はあったのだろうか。

「言っておくが、体臭じゃない」
「そうなのか」

 少し、いや大分安心した。

「神の、気配が濃いほど、俺には耐え難い匂いに感じる」
「神の気配……」
「生まれてからずっとだ。本当にある匂いではないのか、鼻が慣れる、ということもない」
「それは……」

 想像もつかない程の苦痛だろうと思う。
 そしてこの言い方からすると、匂いを感じていない瞬間など無いのではないだろうか。この世界に、神は1柱しかいないのだから。

「異人(おまえ)達は、最初は匂いが無かった」
「ふぅん? そうなのか」
「だが、力をつけたり『死に戻り』とかいうふざけたことをすると、すぐに匂いが強くなってダメだった」
「あー……」

 まぁ、プレイヤーの匂いが強くなる条件がその2つなら僕は大分匂いが薄いだろう。だが、レベルアップ自体はしているんだが……?

「じゃあ、僕は匂いが薄くて過ごしやすいとかそういうことだろうか」
「薄いどころじゃない、しない」
「うーん? 僕だって一応力は増しているんだが?」
「俺だって分からん。だからお前はおかしい」
「あ、ここでその言葉に戻ってくるのか」

 うーん、匂いが神の気配とやらに関係しているなら、プレイヤー誕生はアークトゥリアの力ではなく、レベルアップや死に戻りはアークトゥリアの力? いや、僕は当てはまらないらしいから少し違うのか? そもそも神の気配云々の前提は合っているのだろうか?
 情報が少なすぎるな。

「その匂いの原因が神の気配だと思った理由は何だったんだろうか」
「教会や神官は匂いが強過ぎて近づけすらしない」
「なるほど」

 確かに、それなら神に関する何かが匂いの原因と考えられるか。まぁ、大剣使いの難儀過ぎる体質の概要は分かった。

「それで何故、僕は君に抱えられているんだろうか」
「……匂いを全く感じなくなるから、よく眠れた」
「まぁ、それは、良かったが。そろそろ解読の続きがしたい」
「…………」

 それはもう渋々、といった感じでとりあえず解放してくれた。全身から不本意オーラを出している…………仕方がないな。

「解読作業に支障が出なければ、ある程度は好きにしてもらってもかまわ……うわっ」
「そうか」

 少し譲歩した案を出した途端、腰を抱えられ、大剣使いが立ち上がるのに合わせての移動を余儀なくされる。……譲歩は早まっただろうか。

「あの、自分で歩ける……」
「解読の邪魔をしないなら好きにしていいんだろ」
「……」

 やはり早まったかもしれない。
 ……まぁ、解読出来るならいいか。

 大剣使いは石碑の前まで来て腰を下ろすと、自分の足の間に僕を置いた。大柄だからか案外スペースには余裕がある。


 さて、早速手帳を広げて石碑とにらめっこをする。簡単な文字はほぼ読めるようになってきたので、今日の目標は難しい文字の解読だろう。

 《言語知識》と《考古知識》のレベルもかなり高くなってきたので、ただ文字を書き写すだけでも着実に理解が進んでいく。このペースでいけば、このログイン時間中で解読し切ることが出来るかもしれない。

「ン、ンー、ンーーー、ン、ンーー……」
「ご機嫌だな」
「ンー、ん!?」

 何と言うことだろう、大剣使いに声をかけられて初めて自分が“あの曲”を口ずさんでいることに気づいた。

 こんな旧倉庫よりも何かありそうな場所で歌い切ってしまうなんて、何が起こるか分からない。旧倉庫で『悪戯』された時より重大な何かが起こってしまう気がする。

 それが良いことならかまわないが、今は魔物大襲撃を控えた調査の最中だし、これ以上何か起こってはとてもでは無いが抱えきれない。なにより、僕の大事な読書の時間が削られる。

 これを試すのは、やることがなくなった時に思い出したらやってみる、くらいで良いだろう。

「あー、すまないが、また歌ってしまってたら止めてくれるだろうか」
「かまわんが、何でだ」
「以前旧倉庫でこの曲を口ずさんでたら、気づいたらこの指輪がはまってた」
「すぐに止める」
「頼んだ」

 大剣使いにストッパーを頼むと快く引き受けてくれた。これでひとまず安心だ。

 作業を再開していくが、どういうわけか解読が進めば進むほど僕の口は勝手に曲を口ずさんでしまうらしく、大剣使いに頻繁に口を押さえられていた。

「ン、ンー……むぐ、助かった……」
「……わざとじゃないよな」
「ああ」
「厄介だな」
「本当に」

 何故口ずさむようになってしまったのか全く分からないが、正直作業の邪魔でしかない。
 そんなこんなで時折口を押さえられながら作業を進めることしばし。


〈技能《分析》のレベルが上限に達しました。上級技能《解析》に成長させますか?〉
〈技能《記録》のレベルが上限に達しました。上級技能《編修》に成長させますか?〉
〈技能《筆記》のレベルが上限に達しました。上級技能《高速筆記》に成長させますか?〉
〈特殊条件を満たしました。技能《記録》《筆記》から上級技能《編纂》に成長させますか?〉
〈技能《言語知識》のレベルが上限に達しました。技能《言語学》に成長させますか?〉
〈技能《考古知識》のレベルが上限に達しました。技能《考古学》に成長させますか?〉
〈特殊条件を満たしました。技能《言語知識》《考古知識》から上級技能《歴史学》に成長させますか?〉


 さらに解読に手応えを感じたところで、今フル活用している技能達が軒並みレベルMAXになったらしい。通知欄がとてもごちゃついている。

「ん? 特殊条件? 《編纂》と《歴史学》……」

 ……なるほど。これ、中々罠だな?
 このタイミングと通知の文章から、特殊条件の技能は該当する複数の技能が両方レベルMAXで待機していることが発生条件と思われる。
 どちらかを先に上級技能にしていると、特殊条件の技能には派生しなくなるのだろう。上級技能同士の派生もあるのかもしれないが。

 しかも《編纂》の方だが、《記録》と《筆記》というのは用途が被ることが多く、どちらかがあれば事足りる場面の方が多い。たとえ両方持っていたとしても、片方しか使っていないなんてこともザラだろうと予想される。そこで先ほどの特殊条件だ。

「なるほど。これは編纂士がいないのも納得だな」
「どうした?」

 僕は一連の技能関連の通知内容と特殊条件による派生技能の考察を大剣使いに伝えると、眉間に皺を刻んで考え込んでしまった。

「……技能の成長を待機させるなんて聞いたことも考えたこともなかったな。俺達は通知なんてものは見えないし、感覚で成長を感じてそれを受け入れている」

 通知が見れていても条件を知らなければほぼ無理だと思うが……それを言うと、じゃあお前は何なんだと言われそうなので相槌を打つだけにしておいた。


 それはさておき。
 とりあえず、技能名の印象から特殊条件で派生した技能に成長させてみることにしよう。
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