上 下
22 / 178
本編

21:町の外へ

しおりを挟む
 技能書は使ったら消えてしまうらしい。なんてことだ。使えなくなるだけでいいじゃないか。

「……とりあえず使わずに開いてみよう」
「だから、さっさと使えよ」
「これについては譲れないな」
「…………はぁ。早く済ませろ」

 ということで、早速技能書を開いてみる。
 ……読めないな。旧倉庫にあった本の言語とも違いそうだというのが辛うじて分かる。


[《騎乗》の技能書]
使用すると技能《騎乗》を習得することが出来る。
耐久力:E
品質:C
分類:魔道具
効果:技能習得
素材:???
製作技能:???
製作者:???

《騎乗》
消費AP:-
動物や魔物へ騎乗した際の姿勢や制御が補正される。
常時発動。


 とりあえず《分析》する癖がついてきた。一部見ることが出来ない項目があるのは、おそらく僕に〈知識〉が無いからだろうか。まぁ、今はおいておこう。

「《騎乗》……」
「遺跡群に入る前までは馬で行く」
「乗れるだろうか……」
「その為の技能書だ」
「なるほど」

 そう考えるとすごく便利だな、技能と技能書。
 他の2枚も開いて《分析》してみると、技能名以外は全て同じ内容だった。これらの技能書で覚えられるのは《感知》と《暗視》のようだ。


《感知》
消費AP:-
周囲の人系種族、動物、魔物などの居場所を察知することが出来る。
常時発動。

《暗視》
消費AP:-
暗所での視界が補正される。
常時発動。


 うん、地味だがフィールドに出た時にあった方が良さそうな技能だ。とても助かる。

 次は3枚の技能書を並べて見比べてみる。うーん? 相変わらず読めはしないが、書体……というか文字の癖が全部バラバラなようだ。製作者が違ったりするのだろうか。

 そして、技能名以外は同じ文章かもしれないという予想に反して、規則性がほとんど無かった。

「うん、これは今読むのは無理だな」
「気が済んだなら使え」
「残念だが、そうしよう」

 念の為スクショをしておいて…………どうやって使えばいいんだ? ああ、注視したら使用可否のウィンドウが出た。〈使用〉と。


〈技能《騎乗》を獲得しました〉
〈技能《感知》を獲得しました〉
〈技能《暗視》を獲得しました〉


 各技能の獲得通知と共に技能書が端から崩れて消えてしまった。少し悲しい。

「《感知》は分かるか」
「ん? うーん…………あ、分かった」

 大剣使いに促され、覚えたばかりの《感知》がどうなっているのかを確認すると、脳裏に自分を中心とした円形が浮かび、その円の中にいる住民と思われる者は◯のマーカーで表示されていた。

 素早く視線操作で攻略サイトの《感知》のページをチェックすると、プレイヤーは●、動物は△、魔物は▲のマーカーで表示されるようだ。それ以外の敵性ではない存在がどう表示されるのかはまだ確認出来ていないらしい。

「あとは、こいつだ」

 そう言うと、また何か小さい物を投げよこしてきた。……どうしていちいち投げてくるんだろうか。こっちは反射神経も運動神経もあまり良くないんだが。

 なんとかキャッチした小物を確認する。


[革紐付きの呼子笛]
吹くと高く音が鳴る。遠くの人や動物を呼ぶ時に使う。魔物が寄ってくることもある。
耐久力:E
品質:C
分類:アクセサリー
効果:なし
素材:メープルの木片、カウの皮
製作技能:《細工》
製作者:ハイモ


「笛だ」
「万が一、外ではぐれたり何かあったら、そいつを吹いて知らせろ。馬もそいつを吹くと戻ってくる」
「分かった」

 説明の最後の文が微妙に不安を煽るが、不測の事態の時の対応策があるのはありがたい。

「出発は夜明けだ。南門の方に来い」
「夜明けに南門……分かった」

 夜明けまであと3時間もないくらいだが、30分だけログアウトすれば連続ログインもリセット出来るし、間に合うだろう。

 南門は行ったことの無い場所だったが、指定されたところでマップに目的地として追加され、繋がる道が開放された。

 僕の返事を聞くと、もう用は無いとばかりに大剣使いは立ち去っていった。

 僕は……どうするかな。少し考え、ホットミルクをもう一杯飲んでからログアウトすることにした。


 *


 ログアウトすると、いつものプライベートルーム。

 最近はアルストの五感体験があまりに強すぎて、こちらの仮想空間の方が少し味気ないように感じてしまっている。

「読書出来るほどの時間は無いし、どうするか」

 30分という微妙な時間を何で潰そうかと考え……収納ボックスから、久しく手にしていなかった物を取り出す。

「保管環境を気にしたり、放っておいても劣化したりしないのは仮想空間の利点だな」

 取り出したのはヴァイオリンと、それを弾く為の弓だ。音楽も精神面の安定に寄与するだろうと、こちらでも自由に演奏出来るようになっているものを与えられたのだが、正直習わされていただけなので演奏よりは読書をしたいと埃を被っていたものだ。
 ……ここに埃は無いが。

「しまった、楽譜はスクショしてなかったな。まぁ、それは今度で良いか」

 多少ブランクがあっても体は自然と演奏をする為の姿勢をとる。────現実での体の自由を無くす前から繰り返していた動きは、そうそう忘れるものではないらしい。

「そんなに長いものでもないし、肩慣らしも兼ねて適当に……」

 無造作に弾いて感触や音程を確かめつつ、旧倉庫で見つけた譜面を思い浮かべる。


 そうして、しばし無心でヴァイオリンを弾いたのだった。


 *


 30分時間を潰して再びログイン。

 狙い通り、今は夜明けの少し前くらいの時間帯だ。
 身支度がいつもと違うので、一つ一つ確認をしていく。貰ったポーションと食料は持った、笛をアクセサリーの空きスロットに装備、最後にアウタースロットにマントを装備して準備完了だ。


「おや、ちょうど良かった。今出来たところなんだよぉ! これ、持っていきな」

 食堂へ降りると、ローザがやって来て何かの包みを手渡される。……温かい。

「今からアイツと外で仕事なんだろう? アイツは生業だから心配してないけど、トウノは冷飯じゃ体が保つか気が気でなくてねぇ。これ、1食分しかないけど持っていきな」


[ローザの手作り弁当]
ローザが丹精込めて作った弁当。
食べる者のことを考えて作られており、体が温まる。
状態:良
品質:B
分類:料理
効果:満腹度+40%、空腹軽減、寒さ軽減
素材:ボアの肉、シュー、カロッテ、トマーツ、パン
製作技能:《料理》
製作者:ローザ


 《分析》結果に思わず顔が綻ぶ。

「ありがとう。これを食べて頑張る」
「何かあったらすぐにアイツに丸投げして、ちゃんと無事に帰って来るんだよ!」
「うん」


 ローザに見送られて宿屋を出る。ローザによると大剣使いは一足先に出たようだ。

 まだ暗い町を南に向かって歩く。《暗視》を得て気づいたが、確かに今までより視界がクリアになったというか、暗がりにあるものの輪郭が分かりやすい気がする。

 ほどなく目的地に着くと、馬二頭の側にどちらかと言えばこっちの方が見慣れている、鎧の男が立っていた。トレードマークらしい、僕の身の丈ほどもある大剣も背負っている。

「来たか」
「ああ、調査の間よろしく頼む」


〈『鉄銹の大剣使い』とパーティを組みました〉
〈チュートリアルクエスト【パーティを組もう】をクリアしました〉


 ……NPC相手ともパーティ判定があるのか……そして、これでクリア判定なのか……。

「こっちの馬に乗れ」
「分かった」

 二頭いた内の栗毛の方の馬が大剣使いに促されて僕の前に歩いて来る。穏やかな目をしている。

「よろしく。乗り慣れてないから君に任せる」

 と、僕が声を掛けると、応えるように鼻先を押し付けてきたので、ひと撫ですると鞍に手をかける。1人で乗れるだろうか……。


 ……拍子抜けなほどあっさりと乗れた。《騎乗》スキルのおかげだろう。

 横を見ると大剣使いもすでに騎乗しており、僕の騎乗が問題無いのを確認すると門の近くにいた者に合図した。

 大通りのものより遥かに小ぢんまりとした門が開き、合図をしなくとも馬が歩を進めていく。


 ────そうして、初めて僕は町の外に出たのだった。


〈チュートリアルクエスト【フィールドに出てみよう】をクリアしました〉
しおりを挟む
感想 147

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

処理中です...