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本編

06:食事

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 女将さんに促されて中に入ると、煉瓦造りの落ち着いた食堂に通された。その内の1人用の席に腰を下ろす。

「もしかしてアンタ、異人さんかい? アンタたち、こっちの通りに入って来れるようになったのかい」
「……いえ、入っては来れないと思います。僕が来れたのは……ギルドに勤めているカーラさんに紹介されたからかもしれません」

 資料室で町の情報を手に入れた為、どこの建物が何であるかは結構埋まったのだが、侵入可能エリアはそこまで拡張されなかったのである。

 しかし、この宿はその侵入不可エリアの中にある。ミニマップを確認してみると、大通りからこの宿に向かう道だけ侵入不可のエフェクトが無くなっていた。
 そして、大通りから逸れてからプレイヤーらしき人物は一切見かけなかった為、僕だけにこの道が解放されたことになる。

 となれば、僕と他のプレイヤーの違いは、カーラさんにこの宿を紹介されたか否かだ。

「まぁ! アンタあの子の紹介でここに来たのかい! カーラはアタシの娘なのよぉ。アンタはあれかい、あの子と良い感じなのかい?」
「いえ、ギルド内で行き倒れそうになったところを助けていただき……」
「えっ、何だったって?」

 僕は女将さんにこの宿を紹介されるに至った経緯を説明した。《不眠》のせいで口も上手く回らず、いつもよりゆっくりと話したせいで結構長くなってしまった。

「アンタ……、そんな満身創痍だったんだね。気がつかなくてゴメンよ。すぐお腹に優しいもん持ってくるからね。食べ終わったらすぐ上の部屋に案内するからゆっくりしてっておくれ」
「はい、ありがとうございます……」

 ここまでの経緯を説明し終えると、女将さんからも心配な子を身守る母親のような目で見られてしまった。こうしてみるとカーラさんと血の繋がりを強く感じる。

「おい、いつまでくっちゃべってんだ……。いつもの」
「あいよぉ、暇だったんなら全身の汚れでも落としてきたらどうだい」
「うるせぇ」

 先に入っていた男性も食堂で腰を落ち着かせていたようだ。口ぶりからしてこの宿の常連らしい。

 距離がある上に視界がブレているのでよく分からないが、革鎧をベースに所々金属で補強された鎧に身を包み、傍には僕の身の丈ほどもありそうな大剣を立てかけていた。そして、女将さんに指摘されたように、全体的に赤茶けているというか、赤黒い。

 ……もしかしなくても何かの生物の血液だろうか。全身赤茶けた印象ということは全身に血液を被ったことになる。一体何と相対して、何を屠ってきたのだろう。


 ピリッ


 僕が何となく目を向けていたのに気づいたのか、男性がジッとこちらに顔を向けてきた。その瞬間、全身を静電気で弾かれているかのようなピリピリとした感覚が覆う。

 男性は頭にもフルフェイスの兜を被っている為、表情も視線も実際のところは分からないが、多分、僕を睨んでいるんだと思う。
 そして、その何らかの圧力を僕は感じているのだろう。

 現実を含めても初めて体験する感覚にしばし身を浸す。

 この、体が勝手に緊張して硬直するような感覚に、緊張感で萎縮するというのはこういう状態のことなのだろうか。
 初めて体験するものではあるが、少し似たものを感じたことがあるような……。

「ちょっと!こんなとこで今にも倒れそうな坊やに威嚇なんて大人気ないことしてんじゃないよ!叩き出すよ!」

 ぼんやりと思考の海に沈んでいると、奥の厨房から女将さんの喝が飛んできた。直後に全身を覆っていたピリピリが無くなったので、男性の威嚇?が緊張感の原因のようだ。
 僕も不躾に眺めてしまっていたので、何か癪に触ってしまったのかもしれない。

「不快だったなら、すいません。気をつけます」

 と言って、男性の方に頭を下げてからはそちらに視線を向けないようにした。
 男性からの反応はとくに無い。これ以上関わられたくないだろうから、僕も気にしないことにする。

「アンタ大丈夫だったかい? うちの客は行儀がなってないからいけないよ」
「いえ、それを言うなら僕も不躾に眺めてしまって、気を悪くしてしまったかもしれないので」
「いい子だねぇ……。ほら、豆と野菜のスープだよ。今日のところはこれで体を温めて、明日になったらもっと精のつくものを食べな」
「ありがとうございます。美味しそうです」
「ふふっ、ゆっくり食べなねぇ」

 そう言ってスープを出した女将さんは立ち去って行った。直後に男性が座っている方角からバコンッと中々すごい音がしたが、そっちに視線を向けないようにしているので何が起こったのかは分からなかった。

 目の前の湯気をたてたスープに視線を移し、木製のスプーンを手にとる。そして、自然と両の手を合わせていた。


「いただきます」


 当たり前の習慣のような、ひどく久しぶりのような不思議な感覚の言葉を口にして、少しもじっとしながらスープを掬い、口へ運んだ。

 口の中に優しい味と温度が緩やかに広がる。

「……っ」

 そのスープは何もかも優しいものでしか出来ていないはずなのに、頬が、胸が、全身が燃えるように熱くなり、何かがとんでもない激しさで体中を駆け巡るのを感じた。

 その感覚にのたうち回りそうになるのを必死で抑える。

 しばらくその激流に耐え、ようやく落ち着き、スープ本来の穏やかな温かさだけを感じられるようになった頃、体に残った最後の激しい熱を吐き出すように、ほぅっと息を吐いた。



 生きてる。



 確かにそう感じた。



 僕は、それから静かにゆっくりとスープを口に運び出した。





 
 食事の感動に体感温度が急激に上がり、《不眠》によって視界が歪んでいた僕は気づかなかった。
 自分の目から温もりが一粒こぼれ落ちていたことを。


 その様子をずっと凝視していた存在がいたことを────。
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