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本編

05:空腹と不眠

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「あ、あのー……、2日も資料室に籠もってらっしゃいますが、大丈夫ですか? その、体調とか……」
「……はい?あー……すいません、ダメかもしれません」
「え!?」

 その後テンションと欲望の赴くままに資料室を片っ端から漁っていたのだが、ふとギルド職員らしき女性に声をかけられて我に返った。何とあれから2日も時間が経っていたらしい。

 この部屋は最低限の明かり窓しか無く、外の様子がほとんど分からないのと、僕が集中しすぎていたせいで時間感覚が大分狂っていたようだ。ちなみにこの世界は現実時間の6時間で1日が経過するようなので、現実時間では12時間ほどプレイしていることになる。
 
 我に返ってみれば、視界の縁が赤く歪んで異常事態を知らせまくっていた。原因は《空腹》と《不眠》というバッドステータスだ。

 一度気づいてしまえば、体の不調が一気に襲ってくる。視界は波打ったように歪んでいるし、体もフラフラとして制御が効きづらい。どこからどう見ても体調不良だ。

「ど、どうしましょう! まだ異人さんがたくさんいて、開放してる宿屋はいっぱいだし、まだ夜明け前だから空いてる食堂も無いし……」
「だ、大丈夫です。食事は携帯食料はあるので……、ご迷惑かもしれませんが、そこの隅で仮眠させてもらえればそれで……」
「ダメです!」
「えっ」

 確か最初から持っている持ち物に携帯食料はあったと記憶しているので、あとは不眠はどうにかすれば良いとこの部屋の隅で仮眠させてもらえれば良いかなと考えていたら、思いの外強めに窘められた。

 あとよく見たら声をかけてくれた女性は、ギルド登録の際に受付をしてくれた女性だった。

「そんな今にも死にそうな顔色で粗末な食料と寝床なんて、余計体調が悪化します! ちょっと遠いのは申し訳ないのですが、ギルド裏から外壁に向かう途中にある宿屋ならこの時間でも食事を出してくれますし、部屋も空いているはずです。女将さんに私、『カーラ』に紹介されたと伝えれば、世話をしてくれると思うので、すぐ向かってください!」
「えっ、その……そこまでしてもらわなくても……」
「すぐ! 向かってください!」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんっ。お世話になります」

 見た目はおっとりしていそうなギルド職員、カーラさんの予想外の剣幕に反射で、宿屋の紹介を受けてしまった。

 イマイチ制御の効かない体を引きずって、何とかギルドの外に出ると、ほんの少しだけ明るいかな?というくらいの時間帯だった。そういえばカーラさんも夜明け前とか言ってたな……。

「私はまだ仕事があるので、付き添えないのですが、大丈夫ですか? ちゃんと向かえそうですか?」
「はい、移動は出来そうなので大丈夫です。お手数おかけしてすいません、ホント……」

 この数分のやり取りですっかり「ダメそうな子」認定されてしまったようで、カーラさんの僕を見る目が心配な生徒を見守る小学校の先生のような目になっている……。

 カーラさんに見送られて、紹介された宿屋の方向へ足を向ける。いつの間にかミニマップにも目的地のマーカーが付いていた。これで迷わずに行くことは出来そうだ。
 
 体がフラつく為、慎重にゆっくりと移動する。大通りはプレイヤーらしき人達が活発に行き交っていたが、少し通りを外れると途端に灯りの無い、物音1つしない静けさに包まれた。

 ひんやりと冷えた空気を多めに吸うと、フラつく体やぼやけた視界が多少マシになる気がして気持ちが良い。


 ……思えば。1日以上の飲まず食わずの空腹も、不眠も、現実で体験したことは無かったかもしれない。いや、絶対無い。


 当たり前だ。平均的な家庭の10歳はまずそんな状況にならない。小学校では給食が出るし、夜更かししようとすれば親が止める。

 こんな状態になってからは、生命維持機能の一貫で決まった時間に強制入眠だし、栄養も管から補給されているので、食事は無い。ちなみに強制入眠まではまだ余裕はある。ダイジョブ、ダイジョブ。

「ふふっ」

 これが、徹夜テンションという奴だろうか。
 何だか楽しくなってきて、顔が緩んだ勢いで吐息のような笑い声も漏れてしまった。そして、踏みしめる地面の感触も心なしかふわふわとしてきた。

 さっきまで、とてもダルかったのに何とも不思議だ。脳内物質によってこういうことも起こると知ってはいても、体験出来るなんて思ってもみなかった。

 しばらく、この徹夜テンションを楽しみながら歩行だけは慎重に進めていると、前方に灯りのついた建物とそこから何とも美味しそうな匂いが漂ってきた。

 ミニマップを確認すると、その建物が目的地の宿屋で間違い無いようだ。

 何だかホッとする雰囲気があるなぁ、とあまり働かない頭で考えながら扉に手をかける。

「……開かない」

 押しても引いても開かない。引き戸の要領でもダメだった。開いていると思ったが、もう店仕舞いしてしまったのだろうか?

 扉を叩けば中の人に気づいてもらえるだろうかと考えたところで、突然ガコッと大きな音がして視界に光が溢れる。……眩しい。


「何やってんだ、お前」


 僕の上から低い、不機嫌そうな声が降ってきた。緩慢に見上げると、とてもガタイが良い男性が立っていた。

 というか、僕の後ろから腕を伸ばして扉を開けたようで、ほぼ覆い被さられている。

「あら? アンタ今日は戻って来たの。……おや? 見かけない子もいるねぇ。まさか、アンタどっかから拐って」
「俺だって知るか。ここに突っ立ってただけだ。……邪魔だ。入らないならどけ」

 そう言うと男は僕の脇をすり抜けてさっさと奥に入っていった。

「そこで突っ立ってたって? ……ああ! そこの扉建て付けが悪くなっててねぇ、少し強めに押し込まないと開かないのよ! ここには粗野な野郎共しか泊まらないからすっかり忘れてたよ」

 と、この宿の女将と思われる女性は朗らかに笑った。

 扉が開かなかったのは、単純に僕のパワー不足だったらしい。
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