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終幕へのプロローグ
【第90話】嫌な能力だよねぇ……
しおりを挟む他人の心が読める力……。
そんな力を、誰しも一度は欲しいと思った事があるのではないだろうか。
人間は普通、他人の心を読めない。
他人の心を……本心を知る事など出来はしない。
分かってると思っても、それは――分かった気になれているだけだ。
本心を的確に知る事の出来る、唯一の方法として、信頼関係の構築というものがある。
信頼を築き、相手に本心を伝えてもらう。
声に出して――伝えてもらう。
しかしこれもまた、確実なものではない、何故なら人間は――嘘をつく生き物だからだ。
人間は――例え、信頼のおける相手であっても嘘をつく。
故に、他人の本心を本当の意味で理解する事は、出来ない。
例えば――学校に行かない理由や、好きな人を偽ったり。
例えば――隣の芝生を羨み、劣等感を感じたり。
例えば――愛する人の言葉を信じ切れなかったり。
例えば――好きな人の一声で、決意が揺らぐ事を危惧したり。
例えば――相手を尊重し過ぎ、自分の本心を押し殺してしまったり。
以上の例のように、人と人との摩擦は……他人の心が読めないからこそ、起こってしまうものが大半だ。
もしも、片方に他人の心が読める――【読心能力】者が居た場合、これらの問題の内半分以上は発生しなかった事だろう。
他人の心が読める――というのは、それ程に強力な能力なのである。
他人の嘘を暴き。
他人の企みを看破し。
他人の思考を理解し。
他人の感情を読み取れる。
超絶万能な、チート能力。
そんな、人間関係において最強とも呼べる能力を、欲しがらない人間など存在しないのではないか? と、さえ思ってしまう。
しかしこれらは……【読心能力】を、持っていない者達の意見である。
持っている者、からすれば、これらの意見は、どうやら大きく間違っているらしい。
『こんな能力――欲しくなかった』と――思うそうだ。
それはもう……『死にたい』と思ってしまう程には、『こんな力は必要ない』と思ってしまうそうだ。
持っていない者は――――欲しがり。
持っている者は――――要らないと言う。
そんな不思議で、強力で、そして凶悪な力……【読心能力】。
眩い光には大きな影があるように。
強力な力にも、相応のリスクがあるものだ。
何事も、表裏一体なのである。
さて、話を本編へ戻そう。
時は三月二日――――その夕方頃、一枚の写真が元ヒーロー達をざわつかせた。
一本の桜の木の前に、満面の笑みの男女が写っている写真だ。
一年間もの間、結ばれなかった恋物語が実ったその写真を見て、誰もが喜んだ。
喜び――祝福の声を上げた。
一人を除いて……。
「どうしたの? 愛梨。浮かない顔しちゃって」
場所は愛梨が一人暮らしをしているアパートの一室。
遊びに来ていた友人――星空宇宙が、そんな事を問い掛けた。
「え? 別に浮かない顔なんてしてないけど……」
「そうなの? その顔で?」
「う、うん……えっと……私今、浮かない表情してる?」
「してるしてる。少なくとも、皐月さんと火焔さんが結ばれて嬉しいな、って表情はしていないわよ」
「そ、そうかなぁ……嬉しい……けどなぁ……」
「…………ま、あんたが浮かない顔をしていないと言うのなら、浮かない表情をしていないのよ。疑ってごめんなさい」
「ううん……私が悪いのよ。疑われるような顔をしていた、私が……」
「……それもそうね」
「あははっ、否定してくれないんだ」
「当然よ。あなたに嘘をついたって仕方がないでしょう? どうせ全部読まれるもの。思った事を言うのが、あなたにとって一番良い事でしょう?」
「お、流石は私の親友。分かってますねぇ」
「さて、と……」と、宇宙は立ち上がり、時計を見る。
「そろそろ時間ね……」
「ん、土門くんとのデート、楽しんで来てねー」
「……はぁ……あなたの前では、全部筒抜けね……はいはい、楽しんで来るから……。お邪魔しました」
「いえいえ、遠慮せずまた来てねー」
宇宙が玄関へと歩いて行く。
外へ出ようと、ドアノブに手を掛けようとする直前、愛梨の方へ振り返った。
そして……。
「三月五日……もうすぐね」
そう、声を掛けた。
「うん……」と、力なく頷く愛梨。
「目星はついてるの?」
「ううん……とりあえず明日、デートの予定になってるから……その時、クリスマスの時みたいに探ろうかな、と思ってる」
「……そっか……。ねぇ……愛梨」
「なに?」
「別に……百点満点なんて目指さなくても良いと思う。男というものは、女の子から、どんな物でも貰って嬉しくないとは思わない。特に……好きな相手ならば尚更、ね」
「うん……ありがとう……」
「あまり肩肘張っちゃダメよ? 頑張ってね」
「うん……頑張る。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
宇宙が去って行った。
部屋の中に一人残された愛梨。
話は戻るが……愛梨は先程、嘘をついた。
皐月と剛士の写真を見て、浮かない表情をしていたか否か。
愛梨は先程『していない』と答えていたが、実際は『していた』が正解だった。
自覚ありだった。
自覚があって尚――嘘をついたのだ。
「ほんと……こっちからは見抜いちゃうのに……自分はこんな風に嘘をついちゃうんだもんなぁ……自己嫌悪だ……。やっぱり……【読心能力】って……嫌な能力だよねぇ……」
脱力し、机に伏せる愛梨。
スマートフォンを引き寄せ、画面を見る。
その画面には、例の写真――――満面の笑みの皐月と剛士が写っている写真が表示されていた。
溜め息を吐く愛梨……。
(私なら……太陽くんが同じ状況に立たされた時……動く事が出来たのかな……? 太陽くんの想いを尊重せず……一緒に頑張ろうって、言えたのかな……? ……ううん、答えは『否』だ……。私はきっと……出来なかった……。出来なくて……きっと太陽くんが倒れて……受験に失敗してて……そして慰め合ってた……『来年頑張ればいいよ』って……まるで……傷を舐め合うかのように……)
そんな事を思い……ゾッとしてしまう愛梨。
(このままではいけない)そう、心を奮い立たせる。
しかしその上で、彼女は知っている。
変わりたくても……変われない事を知っている。
そもそもの話……変わりたいと思い、変われるのならば……とうの昔に、愛梨は変わっているのだから。
けれど愛梨は変わっていない……現状維持を突き進んでいる。
(私は知ってる……人間の心が……如何に醜いものであるのかを……表と裏の顔……その実在を……知っている……。私はこの【読心】という能力のおかげで……見たくない、聞きたくない心の声を沢山見て、聞いてきた……。知らない方が良かった……そう思える程の、人間の闇と……向かい合って来た……。
誰しもがそうだ……どんな人にも闇があり、影がある……。
『良いな』と思った人にも、良くない所はあるし……。『優しい人だな』と思った人にも、優しくない所もある……。誰しも……一長一短なのよ。誰しも……良い人だけではない……。
当然それは、あの元ヒーローの仲間達にも言えるし……。
そして――――私の恋人にだって言える……。
私は知っている――誰もが、心の中に陰と陽がある事を……。
ふとした事で……それらが入れ替わってしまう、という事を……。
だからこそ、怖い……。
太陽に――――落胆される事が怖い。嫌われるのが怖い。見捨てられるのが――何よりも怖い……。
私にとって……それ程までに、太陽《彼》は大きな存在なのだ。
だから私は心を読む――心を読んで、いつも百パーセントの答えを導き出している……。
落胆されたくないから……嫌われたくないから……見捨てられたくないから……。
これが……この醜さこそが、私――白金愛梨の本性だ。
誰しも人の心には陰と陽がある……それは私自身も例外ではない――という事。
本当に……嫌気がさしてくる……。
こんな自分が……心の底から嫌いだ……大嫌いだ。
自分が愛している人すら信じられない……究極の人間不信――そんな自分が――
大嫌いだ)
愛梨はいつも……一人の時、このように自らを蔑んでいる。
その事実を、誰も知らない……何故なら、この事を彼女は誰にも口外していない。
口外していなければ……理解されようがないのだ……。
何故なら――
普通は……他人の心など読める筈がないのだから……。
そんな彼女に――試練が訪れる。
間もなく訪れる、三月五日――――
「太陽へのプレゼント……どうしよう、かなぁ……」
万屋太陽の誕生日。
彼女は、誕生日プレゼントでさえも、百パーセントの答えを求める。
何故か? 太陽に、嫌われたくないと思っているからだ。
もしも……渡したプレゼントが、彼の期待に添えなかった場合。
否応なく――その気持ちは、愛梨に伝わってしまう。
その気持ちが伝わってくるのが……愛梨には、耐え難いものなのである。
だから求める――
百パーセントを……百点満点の答えを……。
愛梨は知っている。
いずれ――自分のこの考えが、自分の身を滅ぼす、という事を……。
幸せな時間を崩壊させてしまう、という事を……。
分かっているからこそ、変わらなくちゃいけない――だけど、変われなかった……。
彼女には聞こえる……崩壊の音が……。
そして彼女は間もなく――知る事になる……。
大切な人と一緒にいられる……幸せな時間――――
そんな幸せな時間は――ほんの些細な、僅かな亀裂で……粉々に、砕け散ってしまうという事を……。
彼女は……白金愛梨は――知る事になる。
これから語るのは……白金愛梨の幸せが終幕を迎える迄の、プロローグである。
そしてそこから始まるのだ――
白金愛梨と万屋太陽――この二人の…………真の物語が。
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