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第二話『幽野怜と表の世界』

【8】

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 どれだけ階段を登っても――

 どれだけ足を動かしても――

 どれだけ逃げても――

 二階に着かない。

 二階と一階の間に幽閉された感覚だった。

 五分も階段を上った頃、一心不乱に走る三人の背後にいる筈の男子小学生らしき黒い塊は姿を変え――


 どこにでもいそうな、普通の男子小学生へと変貌を遂げた。

 男子小学生の霊へと変身した。いや、これが本来の姿なのだろう。

 町のあちらこちらで普通に歩き回っていそうな容姿をしているその男子小学生の霊は、傍から見る限りの普通な容姿では考えられない程の――


 殺気が――滲み出ていた。


 本来、殺気というものは並の人間では感じ取る事が出来ない。訓練された人間が、訓練されたからこそ察する事が可能となるものだ。

 しかし、この殺気は――訓練されていない人間が、殺気だと感じる――気付いてしまう殺気だった。


 不良が喧嘩の時に出す殺気がまるで子供の遊びに見えてしまう程、別格の――本物の殺意――

 まるでライオンが兎を襲う時のような――

 まるで鷹が小鳥を襲う時のような――

 食物連鎖の上に立つ存在が、食物連鎖の下に立つ存在を襲い、喰らい、殲滅させるような――本物の殺気。


 真の意味での、命と命のやり取りを知らない表の世界の住人がそんな殺気を浴びると――そのあまりの恐怖に……

「ヒューヒュー……」
 身体の震えが止まらず、鼓動が早くなり、呼吸が乱れる。

「おえっ」
 多大なストレスを感じ、嘔吐する場合も。

 要するに、三人の足は動きを止める。


 その霊は――殺気のみで、逃げようとする人間の動きを止めた。


「な……何よこれぇ……あ、足が……か、身体が震えて……動けな……」



「動けた所で無駄なんだよ? どうせあなた達は、ここから出る事は出来ないから」

 ものの一瞬で、三人の背後から三人の前へと移動した男子小学生の霊は、彼ら彼女らの前でニタリと笑う。

 そう言って笑う。

 カタコトではなく、普通にそう言って――


 男子小学生がそのような行動を取った瞬間……あまりの恐怖に、善通寺と風呂敷は、激しく身体を揺らし泡を吹いて気絶した。

 倒れた際、重力に逆らう事なく二人の体は階段を転げ落ちた。

 そして――闇へと消えて行った。


 残ったのは末代のみ。

 そんな彼女を見て、「へぇー」とニヤける男子小学生の霊。

「あんたは大丈夫なんだねぇ、こんな殺気を浴びた事があるのかな? それとも……抗体のようなものが、貴方の体には潜んでいるのかなぁ? 興味が出て来たよぉー、あ、ん、たにねぇ!!」

「ひぃっ!」慄く末代。

「さぁー、じっくりと殺す前にあんたの身体を弄る事にしよう……ゴーストバスター共とは違う表の世界の人間でありながら……僕の殺気に耐える事が出来る、あなたの正体は何者な、の、か、なぁ……?」

 そう言いながら小学生の霊は、動く事の出来ない末代の頬を舐め、艶めかしくその手で触れた。

 末代はあまりの恐怖に目を大きく開き、口はカタカタと音を立て、冷や汗を多量にかいている。最早、声を出す事すら叶わない……

「おぉー、怖がってる怖がってるー、あはは! あは、あは! あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 その男子小学生の不気味な笑い声を間近で聞く事で、遂に耐えていた末代の意識が途切れそうになるーー

 力が抜け、末代の身体が階段から離れる……

 フワリっと……一瞬、宙へ浮く感覚だ。

 残すはそのまま、重力に逆らえず下へ落ちるのみ。


 意識が途切れるその刹那――末代は心で願った。


 助けて……ゴーストバスターさん……




「はーい……遅くなってごめんねー……」

 意識を失い倒れそうになった末代を、優しく左手で支えたのは怜だった――


 闇を切り裂き現れた――ゴーストバスターである、幽野怜だった。

 彼の右手には、先程闇に飲まれた善通寺と風呂敷の姿があった。

「ごめんねー……この二人が地獄に落とされそうになってたからー先にそっちを助けてたんだー、そしたらここに来るのに時間がかかっちゃったー……」

 怜は、救助した三人を、安全な様に階段の一段一段に寝かせる。

「何もんだ? あんた……僕の世界に侵入して来ただけでなく、闇から人間二人を救い上げて来るなんて……まさか、お前――」

「その通りー、ゴーストバスターだよん。さぁーって、今回の奴は大物っぽいなぁー」そう言って、怜は手や肩、膝のストレッチをしている。

 そして怜の額には、ありがたい御札と書かれた御札が既に貼られている。

「この殺気にー、その人間のような見た目ー、この霊世界構築能力にー、カタコトじゃない喋り方から察するにー……お前――



 Aだなー? お前のレベルー」


 レベルA――即ち、幽霊の強さランクの上から二つ目の高ランカーだ。

 要するにーー強い。

「なーんで、お前みたいな強い霊がー、ボクの家に現れることが出来たのかー……洗いざらい吐いてもらうからぁー、覚悟してねー」

 怜が戦闘モードに入った。

 そんな礼の様子を見て、男子小学生の霊も身構える。

「忌々しい……! お前らゴーストバスター共に!



  話す事なんて何も無い!! 」


 レベルAの悪霊VSゴーストバスター幽野怜――開戦。
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