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粘膜サンシャイン23.
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干潟のあぶく
さて。憧れのヒロイン、あぶくちゃんの勤めるオールドレコード・カフェ
Cafe de 鬼
は、ニッポンバシオタロードにそびえる雑居ビルの3階にあった。ここまで道案内をしてくれたのは、僕が僕の傍らを偶然通りかかったところを呼び止めたサンガネと名乗る太っちょ眼鏡で気のいいOTAKUな青年だった。
夕暮れ時のニッポンバシオタロード。酔客と酔狂の入り乱れた混沌が流れゆく往来に客を招く女の子たちと、招かれるOTAKUな男子たちと、招かれざる客の見るからに乱暴な見るからにイキっている連中。
細身に見える暗色の安い背広を来たチビがリーダー格。その両隣には、それぞれ大柄でドレッドヘアに顎髭のマッチョメンと、ヒョロ長で真夏でも皮のコートを着込んだ長髪色白の殺し屋みたいな奴が控えている。
イキりチビは往来に面したビルの前で、フライヤーを片手に抱えた黒いフリフリゴスロリワンピースに黒いボブヘアー、赤いカチューシャ、黒いタイツに黒い皮のブーツを履いたあぶくちゃんに何やら詰め寄っているようだった。
ん?
「あぶくちゃん」
と僕が彼女の名を呼ぶのと、彼女の前に立ちはだかるゴミ虫三匹に向かって走り出すのが殆ど同時だった。後ろでサンガネが何か言っているが、もう僕の耳に届くべき音はふたつ。
このゴミ虫どもの悲鳴と、肉体の砕ける音だけだ。
「ねえ、君の方から僕にぶつかって来てさ、謝罪する前に何か言っちゃしゃあないやないです、か。幾らね、君に誠意があっても、それが伝わる前に、僕にね。僕も悪いですよ急いでたし。でも急いでるからって君に僕がぶつかってたら僕はすぐ謝罪しましたよ。見た目と違って僕ら、そういう礼儀とかはホント大事にしてますんへヴぇ!」
チビが何か言っているが構うものか。僕は助走をつけて、思い切り飛び上がって、イキりチビの顔面に向かって、分厚いブーツの靴底をお見舞いした。
地べたに片足を付けて低く構えたら、蹴り込んだ左足を付ける前に太ももを高く上げる。するとヒョロ長がハイキックを警戒して顔を守った瞬間にコキっと軌道を変えて、膝裏を刈り取るように蹴る。
ベキ! と、ブチ! の混じった音がした。靭帯と軟骨が両方イカれた音だ。そのまま声も出せずに崩れ落ちたヒョロ長は、暫く歩けまい。するとすかさず、マッチョメンが僕を背後から羽交い絞めにした。
「ちょっと何よ! アンタたち」
「あぶくちゃん、あぶくちゃん、こっち!」
サンガネが彼女の手を引っ張って階段を駆け上がって行った。ナイスな判断だが僕より先に彼女の肌に触りやがって、お前も許さん。
「な、なんやねんお前」
「誰(だぁ)れにモノ言ってるんだチビ」
僕はマッチョの手首を母指球の上からそっと抑えて、間髪入れず内側に捩じる。マッチョが痛みと体勢を崩したのをこらえて、少し体を傾けた瞬間に踵を跳ね上げた。
バスッ、と、グチッ、の混じった音がする。バスッ、はマッチョの衣服に僕のあんよがめり込む音。グチッはマッチョのキンタマが僕のあんよでブッ潰れた音。
「ああああ、あああーっ!」
我が身に起こった出来事と痛みでマッチョが悲痛な叫びをあげる。ガクっと膝をつき、ズボンの股を血で汚しながら、それでもキッと僕の方を見て睨み付ける。
女の子に因縁をつけるようなチンケなイキりチビなんかの味方をしておいて逆恨みも甚だしいが、その闘志やヨシ。僕はマッチョの立てた膝に飛び乗ると自分の片膝を勢いよく、その髭に埋もれた顎の中心を突き抜くようにして叩きつけることで敬司、いや敬意を示した。
西暦2000年代に誕生した華麗なる技を披露し、上機嫌でィーーヤッ! とポーズを取る僕を見て、チビが遂に絶叫した。
「お前何しとんねんゴラァ!」
「コッチが聞きてえよ、お前こそ僕のあぶくちゃんに突っかかってどうするつもりだったんだ。聞いたぞ、謝罪だあ? そんなもんお前が地獄に落ちてから好きなだけエンマ様にしろ」
「お前カンケーあらへんやんけ、ほんでなんでこいつらこんな」
またまたチビが何か言っているが、構わずツカツカと間合いを詰めながら土手っ腹に拳をめり込ませて黙らせる。
蹲って丸出しになった延髄に体重の乗った肘打ちを落とし、襟首を掴んで立たせたら今度は喉元を掴んで持ち上げる。片手でスイっと持ち上がる時点でコイツは強いとか怖いとかいう類のものではない。
強さは体の重さに比例する。どんなチビでもヒョロガリでも、そいつが強ければ相手にこんな真似はさせないはずだ。
「お前、軽いな。全部」
僕はチビを絞首台のように持ち上げたまま雑居ビルの階段を踊り場まで上って行った。
「んーー、まだ低いか?」
もう一度チビの喉元を掴んで2階のバルコニーまで登る。
「こんなもんか」
僕はバルコニーの板を蹴り抜いて、往来を覗き込んだ。真下は放置されたゴミや自転車が堆積している。
「……!!」
しっかりと首が絞まっているうえ恐怖と絶望でチビが何か言おうとしても声にならない。ただやみくもにヒュコー、ヒューヒューと喉を鳴らしながらジタバタするばかりだ。
「お、良いものがある」
雑居ビルの階段は雑居ビルらしく色んなものが雑多に置かれたり積まれたりしている。そこにはビールのケースや、前あった店が放って行ったと思われるふちに沿って電球をあしらったプラスチック板の立て看板がある。白地にペンキで「SNACK土手ガール」と描かれた看板を往来に蹴り落とすと、バシャーーンガシャンと派手な音がしてプラ板と中の蛍光灯、電球が砕け散った。
「これで、よし。と」
満足した僕はチビの首を改めてグッと絞め、一段と高く持ち上げるとそのまま砕けた看板に向かって投げ落とした。勢いよく腕を振って、いいところで手を離す。が、タイミングは完璧だったにもかかわらず、落下した時の音やダメージは僕の思っていたものとは程遠かった。
「おーいチビ、お前、軽すぎだよ。枯れ葉みてえな奴だな、お前な」
さて。憧れのヒロイン、あぶくちゃんの勤めるオールドレコード・カフェ
Cafe de 鬼
は、ニッポンバシオタロードにそびえる雑居ビルの3階にあった。ここまで道案内をしてくれたのは、僕が僕の傍らを偶然通りかかったところを呼び止めたサンガネと名乗る太っちょ眼鏡で気のいいOTAKUな青年だった。
夕暮れ時のニッポンバシオタロード。酔客と酔狂の入り乱れた混沌が流れゆく往来に客を招く女の子たちと、招かれるOTAKUな男子たちと、招かれざる客の見るからに乱暴な見るからにイキっている連中。
細身に見える暗色の安い背広を来たチビがリーダー格。その両隣には、それぞれ大柄でドレッドヘアに顎髭のマッチョメンと、ヒョロ長で真夏でも皮のコートを着込んだ長髪色白の殺し屋みたいな奴が控えている。
イキりチビは往来に面したビルの前で、フライヤーを片手に抱えた黒いフリフリゴスロリワンピースに黒いボブヘアー、赤いカチューシャ、黒いタイツに黒い皮のブーツを履いたあぶくちゃんに何やら詰め寄っているようだった。
ん?
「あぶくちゃん」
と僕が彼女の名を呼ぶのと、彼女の前に立ちはだかるゴミ虫三匹に向かって走り出すのが殆ど同時だった。後ろでサンガネが何か言っているが、もう僕の耳に届くべき音はふたつ。
このゴミ虫どもの悲鳴と、肉体の砕ける音だけだ。
「ねえ、君の方から僕にぶつかって来てさ、謝罪する前に何か言っちゃしゃあないやないです、か。幾らね、君に誠意があっても、それが伝わる前に、僕にね。僕も悪いですよ急いでたし。でも急いでるからって君に僕がぶつかってたら僕はすぐ謝罪しましたよ。見た目と違って僕ら、そういう礼儀とかはホント大事にしてますんへヴぇ!」
チビが何か言っているが構うものか。僕は助走をつけて、思い切り飛び上がって、イキりチビの顔面に向かって、分厚いブーツの靴底をお見舞いした。
地べたに片足を付けて低く構えたら、蹴り込んだ左足を付ける前に太ももを高く上げる。するとヒョロ長がハイキックを警戒して顔を守った瞬間にコキっと軌道を変えて、膝裏を刈り取るように蹴る。
ベキ! と、ブチ! の混じった音がした。靭帯と軟骨が両方イカれた音だ。そのまま声も出せずに崩れ落ちたヒョロ長は、暫く歩けまい。するとすかさず、マッチョメンが僕を背後から羽交い絞めにした。
「ちょっと何よ! アンタたち」
「あぶくちゃん、あぶくちゃん、こっち!」
サンガネが彼女の手を引っ張って階段を駆け上がって行った。ナイスな判断だが僕より先に彼女の肌に触りやがって、お前も許さん。
「な、なんやねんお前」
「誰(だぁ)れにモノ言ってるんだチビ」
僕はマッチョの手首を母指球の上からそっと抑えて、間髪入れず内側に捩じる。マッチョが痛みと体勢を崩したのをこらえて、少し体を傾けた瞬間に踵を跳ね上げた。
バスッ、と、グチッ、の混じった音がする。バスッ、はマッチョの衣服に僕のあんよがめり込む音。グチッはマッチョのキンタマが僕のあんよでブッ潰れた音。
「ああああ、あああーっ!」
我が身に起こった出来事と痛みでマッチョが悲痛な叫びをあげる。ガクっと膝をつき、ズボンの股を血で汚しながら、それでもキッと僕の方を見て睨み付ける。
女の子に因縁をつけるようなチンケなイキりチビなんかの味方をしておいて逆恨みも甚だしいが、その闘志やヨシ。僕はマッチョの立てた膝に飛び乗ると自分の片膝を勢いよく、その髭に埋もれた顎の中心を突き抜くようにして叩きつけることで敬司、いや敬意を示した。
西暦2000年代に誕生した華麗なる技を披露し、上機嫌でィーーヤッ! とポーズを取る僕を見て、チビが遂に絶叫した。
「お前何しとんねんゴラァ!」
「コッチが聞きてえよ、お前こそ僕のあぶくちゃんに突っかかってどうするつもりだったんだ。聞いたぞ、謝罪だあ? そんなもんお前が地獄に落ちてから好きなだけエンマ様にしろ」
「お前カンケーあらへんやんけ、ほんでなんでこいつらこんな」
またまたチビが何か言っているが、構わずツカツカと間合いを詰めながら土手っ腹に拳をめり込ませて黙らせる。
蹲って丸出しになった延髄に体重の乗った肘打ちを落とし、襟首を掴んで立たせたら今度は喉元を掴んで持ち上げる。片手でスイっと持ち上がる時点でコイツは強いとか怖いとかいう類のものではない。
強さは体の重さに比例する。どんなチビでもヒョロガリでも、そいつが強ければ相手にこんな真似はさせないはずだ。
「お前、軽いな。全部」
僕はチビを絞首台のように持ち上げたまま雑居ビルの階段を踊り場まで上って行った。
「んーー、まだ低いか?」
もう一度チビの喉元を掴んで2階のバルコニーまで登る。
「こんなもんか」
僕はバルコニーの板を蹴り抜いて、往来を覗き込んだ。真下は放置されたゴミや自転車が堆積している。
「……!!」
しっかりと首が絞まっているうえ恐怖と絶望でチビが何か言おうとしても声にならない。ただやみくもにヒュコー、ヒューヒューと喉を鳴らしながらジタバタするばかりだ。
「お、良いものがある」
雑居ビルの階段は雑居ビルらしく色んなものが雑多に置かれたり積まれたりしている。そこにはビールのケースや、前あった店が放って行ったと思われるふちに沿って電球をあしらったプラスチック板の立て看板がある。白地にペンキで「SNACK土手ガール」と描かれた看板を往来に蹴り落とすと、バシャーーンガシャンと派手な音がしてプラ板と中の蛍光灯、電球が砕け散った。
「これで、よし。と」
満足した僕はチビの首を改めてグッと絞め、一段と高く持ち上げるとそのまま砕けた看板に向かって投げ落とした。勢いよく腕を振って、いいところで手を離す。が、タイミングは完璧だったにもかかわらず、落下した時の音やダメージは僕の思っていたものとは程遠かった。
「おーいチビ、お前、軽すぎだよ。枯れ葉みてえな奴だな、お前な」
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