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粘膜サンシャイン18
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干潟のあぶく
散々ぱら飲んだつもりだったがビックリするほどお値打ちな会計を済ませて、店を出るとピンクの彼女がコッチコッチ、と飛び跳ねるように先を走る。
薄暗い、半分廃墟のようなビルで真夏の真夜中、全身ピアスとタトゥーで埋め尽くされたピンク色のロングヘアーをなびかせた女の子に導かれて行く先なんて、普通で考えたら地獄か悪夢のどっちかだろう。ああ、そういえば──
「ああ、そういえばお姉さん!」
「え、なあにー?」
ふらつく足で踊るように小走りしながら振り向いた彼女は、そのまま羽根のようにフラーっと回転してスッ転んだ。
冷たいコンクリートの床にスペーン! と綺麗に寝転んだ彼女が大股を開いたままキャハキャハ笑って足をバタつかせるので、ホットパンツの裾から紫のツルツルした下着が丸見えだ。いや、その下着からはみ出た毛足の長い剛毛までもが、白すぎて青く見える蛍光灯に照らされてハッキリ見える。
「オイオイ大丈夫かよ」
「あはごめーん、で、なんやったん?」
「お姉さん、お名前は?」
僕は彼女を抱き起こし、よっこいしょ、と立たせながら訪ねた。タバコと香水と、剥き出しの腋の下から少しツンとする匂いがしてドキっとする。
「アタシ? そういえば名前知らないね、ウケるね!」
アハハハ、と手を叩いで笑いながら、彼女はそれには答えずにフラフラと歩いて階段を下りてしまった。あとを追い掛けると、コッチコッチと手招きしているのは、さっきのうどん屋さんだった。
「ココめっちゃ美味しいねんで!」
「そうだったの、さっき入らずに上がってきちゃったんだよ」
「こんばんはー!」
カラララ、と軽快に開く引き戸の奥も温かみを感じる和風の装いで、ここだけ別空間に来たようだ。カウンターだけの小さな店だが、れっきとしたうどん屋さんの佇まいである。
ありゃまー……、と周囲を眺めていると、瘦せ型だが体格の良い、うどん屋さんというよりキックボクサーのような雰囲気の店主の男がぬっとオシボリとお冷を出してくれた。
「いらっしゃい、今日は何する?」
オススメするだけあってピンクの彼女は
「梅こんぶ!」
と即答した。
「はいよ、そちらのお兄さんは?」
「じゃあ、僕も同じで!」
「はいありがとうございます、少々お待ちくださいねー」
背の高い店主が厨房の中で少し背を屈めるように麺を茹で、丼とツユとトッピングを用意し始めた。店内には低いボリュームで古い洋楽が流れている。
「梅こんぶめっちゃ美味しいねん」
「僕も飲んだ後だしサッパリしたもんが欲しくってさ、ちょうどいいやと思って」
「そやねん、〆にはココのオウドンが最高やで!」
椅子に座ると先端が地面に付いてしまいそうなほど長いピンクの髪の毛を、何処から出したのかクシで梳いたり縛ったりしていると
「はいおまち!」
もう出て来た。ほかほかの湯気の向こうには透明なおつゆに浮かぶ太く白い麺。散りばめられた油かす。そしてとろろ昆布の山がこんもりと盛られ、その山頂に梅肉が鎮座して紅色の微笑を投げかけている。
「かすうどん、好き?」
「え、これがそうなの? 初めて食べるよ僕」
「まじでー、初めてがココとか、よその食べれへんよ?」
カウンターの奥で店主が照れ臭そうにしている。
「美味しそうだなあー」
「めっちゃ美味いで、はよ食べ!」
「ああーいい香り……いただきます」
お腹の中に入る前に、酔った知覚に染み渡るダシの香りがたまらない。早速テーブルの壺のなかから割り箸を二膳取り出して、一つを彼女に手渡し、もう一つをバキッと割って丼に差し込む。うどん、とろろ昆布、梅肉が絡みつき、油かすも一緒に幾つか掴んでそのまますすり込む。
「いただきまーす」
隣で彼女も食べ始めた。形の良い唇には派手なルージュが引かれていて、ピアスだらけの耳や鼻、眉間までが店の照明で星座のようにキラキラ光っている。それがうどんの湯気でほんのり霞んで、唇をすぼめて麺をすする彼女の横顔をうっすら隠す。
「美味しいなーこれ!」
初めて食べるかすうどんは、彼女の言う通りメッチャ美味しかった。
うどんのダシと、油かすの脂と旨味が混じって、そこにこんぶの塩気や梅のエキスがさらに乗る。何とも言えない複合関節技のような味わい。ハマると抜け出せなくなりそうだ。
「やろー、アタシもうココでしか食べへんねん」
「ああー美味しかった!」
「え、もう食べたん!?」
彼女が思わず早口になってしまうほど、僕はあっという間に平らげてしまった。値段のわりに大きな丼で、しかもなみなみ一杯入っているからお値打ちを通り越してボリューム満点なのだが、こんなに美味しいと早くもなる。
それに、食事に時間をかけないのは兄さんと一緒に居た頃からの習慣みたいなものだ。
「ごめんね、いやあ美味しいから、つい。ゆっくり食べてね」
「んー、待ってなー」
髪の毛を左手でかきあげて、右手の箸で麺をすする。んがっ、と開けた口に箸で掴んだ麺を運ぶ時に、ちょっと舌がお迎えに行っている。箸の持ち方は綺麗だ。育ちがいいんだな。
「ちょっとー、そんな見んといてよー」
「え、ああ。ごめんごめん……可愛いなーと思ってさ」
「やだもお、褒めてもなんも出えへんよ」
散々ぱら飲んだつもりだったがビックリするほどお値打ちな会計を済ませて、店を出るとピンクの彼女がコッチコッチ、と飛び跳ねるように先を走る。
薄暗い、半分廃墟のようなビルで真夏の真夜中、全身ピアスとタトゥーで埋め尽くされたピンク色のロングヘアーをなびかせた女の子に導かれて行く先なんて、普通で考えたら地獄か悪夢のどっちかだろう。ああ、そういえば──
「ああ、そういえばお姉さん!」
「え、なあにー?」
ふらつく足で踊るように小走りしながら振り向いた彼女は、そのまま羽根のようにフラーっと回転してスッ転んだ。
冷たいコンクリートの床にスペーン! と綺麗に寝転んだ彼女が大股を開いたままキャハキャハ笑って足をバタつかせるので、ホットパンツの裾から紫のツルツルした下着が丸見えだ。いや、その下着からはみ出た毛足の長い剛毛までもが、白すぎて青く見える蛍光灯に照らされてハッキリ見える。
「オイオイ大丈夫かよ」
「あはごめーん、で、なんやったん?」
「お姉さん、お名前は?」
僕は彼女を抱き起こし、よっこいしょ、と立たせながら訪ねた。タバコと香水と、剥き出しの腋の下から少しツンとする匂いがしてドキっとする。
「アタシ? そういえば名前知らないね、ウケるね!」
アハハハ、と手を叩いで笑いながら、彼女はそれには答えずにフラフラと歩いて階段を下りてしまった。あとを追い掛けると、コッチコッチと手招きしているのは、さっきのうどん屋さんだった。
「ココめっちゃ美味しいねんで!」
「そうだったの、さっき入らずに上がってきちゃったんだよ」
「こんばんはー!」
カラララ、と軽快に開く引き戸の奥も温かみを感じる和風の装いで、ここだけ別空間に来たようだ。カウンターだけの小さな店だが、れっきとしたうどん屋さんの佇まいである。
ありゃまー……、と周囲を眺めていると、瘦せ型だが体格の良い、うどん屋さんというよりキックボクサーのような雰囲気の店主の男がぬっとオシボリとお冷を出してくれた。
「いらっしゃい、今日は何する?」
オススメするだけあってピンクの彼女は
「梅こんぶ!」
と即答した。
「はいよ、そちらのお兄さんは?」
「じゃあ、僕も同じで!」
「はいありがとうございます、少々お待ちくださいねー」
背の高い店主が厨房の中で少し背を屈めるように麺を茹で、丼とツユとトッピングを用意し始めた。店内には低いボリュームで古い洋楽が流れている。
「梅こんぶめっちゃ美味しいねん」
「僕も飲んだ後だしサッパリしたもんが欲しくってさ、ちょうどいいやと思って」
「そやねん、〆にはココのオウドンが最高やで!」
椅子に座ると先端が地面に付いてしまいそうなほど長いピンクの髪の毛を、何処から出したのかクシで梳いたり縛ったりしていると
「はいおまち!」
もう出て来た。ほかほかの湯気の向こうには透明なおつゆに浮かぶ太く白い麺。散りばめられた油かす。そしてとろろ昆布の山がこんもりと盛られ、その山頂に梅肉が鎮座して紅色の微笑を投げかけている。
「かすうどん、好き?」
「え、これがそうなの? 初めて食べるよ僕」
「まじでー、初めてがココとか、よその食べれへんよ?」
カウンターの奥で店主が照れ臭そうにしている。
「美味しそうだなあー」
「めっちゃ美味いで、はよ食べ!」
「ああーいい香り……いただきます」
お腹の中に入る前に、酔った知覚に染み渡るダシの香りがたまらない。早速テーブルの壺のなかから割り箸を二膳取り出して、一つを彼女に手渡し、もう一つをバキッと割って丼に差し込む。うどん、とろろ昆布、梅肉が絡みつき、油かすも一緒に幾つか掴んでそのまますすり込む。
「いただきまーす」
隣で彼女も食べ始めた。形の良い唇には派手なルージュが引かれていて、ピアスだらけの耳や鼻、眉間までが店の照明で星座のようにキラキラ光っている。それがうどんの湯気でほんのり霞んで、唇をすぼめて麺をすする彼女の横顔をうっすら隠す。
「美味しいなーこれ!」
初めて食べるかすうどんは、彼女の言う通りメッチャ美味しかった。
うどんのダシと、油かすの脂と旨味が混じって、そこにこんぶの塩気や梅のエキスがさらに乗る。何とも言えない複合関節技のような味わい。ハマると抜け出せなくなりそうだ。
「やろー、アタシもうココでしか食べへんねん」
「ああー美味しかった!」
「え、もう食べたん!?」
彼女が思わず早口になってしまうほど、僕はあっという間に平らげてしまった。値段のわりに大きな丼で、しかもなみなみ一杯入っているからお値打ちを通り越してボリューム満点なのだが、こんなに美味しいと早くもなる。
それに、食事に時間をかけないのは兄さんと一緒に居た頃からの習慣みたいなものだ。
「ごめんね、いやあ美味しいから、つい。ゆっくり食べてね」
「んー、待ってなー」
髪の毛を左手でかきあげて、右手の箸で麺をすする。んがっ、と開けた口に箸で掴んだ麺を運ぶ時に、ちょっと舌がお迎えに行っている。箸の持ち方は綺麗だ。育ちがいいんだな。
「ちょっとー、そんな見んといてよー」
「え、ああ。ごめんごめん……可愛いなーと思ってさ」
「やだもお、褒めてもなんも出えへんよ」
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