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ALMOND EYE

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 日当たりのいいリビングルーム。真新しいテーブルセットの向こうで風に揺れる白いカーテン。10歳ぐらいの男の子が、にこにこしながらいそいそとやって来る。自分の身体と同じぐらいの古びた箱を持ち上げて
 それは古いボードゲーム。すっかり色あせて埃をかぶった、年代物のボードゲーム。決して貴重なものではない、今では希少であるかもしれない。ある年代まではごくありふれた、何処のおもちゃ屋さんでも手に入ったボードゲーム
 華奢な体に日焼けした素肌、つやつやした黒い髪、くりくりした黒い瞳。少年は目を輝かせながら箱を開け、サイコロとコマ、おもちゃのお金を取り出すと机の上に綺麗に並べて意気揚々と架空の人生を歩み始める

 帆を張った船の上、望遠鏡を片手に持って宝島を指さした。虹色の波をかき分けて、月の泳ぐ海を行く。神様がお見通しなのは旅路か、それとも運命(さだめ)か
 お見通しのはずなのに、見て見ぬふりをする。神様も閻魔様も道行く人も誰もみな、そうみんなが見て見ぬふりをする、みんなで見て見ぬふりをして、近所で節約できる店、みんなで接続できる店。みんなで接続されるため。みんなで殺害されるため

 記憶の中に広げたボール紙の地図に敷かれたレールの上をおもちゃのクルマは縦横無尽。男の子がルーレットを回す。黒く大きな瞳の中でクルクル回るルーレット。造り物とわかっていながら歩み出す架空の人生をバラ色にしても背負った運命は軽くもならない
 升目に描かれたMEMORIES、一つ一つ塗りつぶし、歩み出せばそのひと足が道となり、そのひと足が恥と成る。泣きながら笑いながら、模造品の人生をバラ色に飾り付ける。遊んでいる自分がそれよりも豊かでなければ惨めなばかりだということに、この子はいつ気が付くだろう

 いつの間にかボロボロになってた。玄関の立派な扉、物置にしてた旧家屋、すっかり黄ばんで破れた畳。架空じゃない、実生活のみじめさを覆い隠すように外へ出て足りないお金をひねり出してまた遊んでいた。苦しい財布を見せずに涼しい顔をしていれば僕は立派な社会人だったし、年上で大人の男でいられた。だけど家に帰れば玄関のドアは表面が剥がれて捲れて、自室の畳はボロボロ、物置には足も踏み入れられず年月ばかりが積もり重なってゆくのを呆然としながら見て見ぬふりをし続けていた
 安い給料と休めない仕事と釣り合わない生活とを折り重ねていくと毎晩死にたくなる、夜になれば朝が嫌だし休みになれば夜が嫌だし夜が来たら明日が嫌で憂鬱ばかりが膨れ上がってあざなえる縄の如し。その縄で目出度く首を吊って架空の人生に専念しよう。あの子が回したルーレット。出た目の升目に書いてある僕が味わう酷い目は、いつかの嘘の揺り返し。嘘も方便と言ってくれたのは祖母だった。だけど方便だって糞詰まり、いつか自分の首を絞める。二進も三進も行かぬまま孤独になって気が付いた
 こんなゲーム、やめたらいいじゃん

 世界の事は何でもわかるけど自分の事は何にも見えない。調べて答えが出ることばかり詳しくなって、答えのないものは曖昧な心をダシにした物言いを答えとすることに依存して。諦めることも逃げ出すことも認められないことも認められず自意識だけが綺麗なまま際限なく肥大化したお目出度い出目金みたいな連中が澄んだ水の有難みも知らずに住んだ国をコキ下ろす
 覗き見た世界が綺麗なほど今いる場所が惨めになるけど、考えてみれば汚れた場所などわざわざ見せない。素直に、ありのままに、なんて軽薄な歌が流行っただけで人の心はみな同じ。独裁国家の首領様に見せる鉄道沿いに積み上げた借り物の稲穂のように、どこの人でも豊かで綺麗なところを映したいだけ

 綺麗で楽しくお金持ちになれる、架空の人生が君を待ってる
 真っ黒な瞳をくりくりさせて、つやつやした黒い髪の毛を優しく吹き抜ける風が揺らして
 このあと起こる出来事は全部つくりもので、君は架空の人生を楽しく生きてる
 わかったね?
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