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「大府市は13時」
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愛知県大府市。運転席のデジタル時計は13:48を示している。トラックで迷い込んだ狭い路地、坂道の上に薄曇りの空がとろりと白く広がっている。
抜け道を探して入ったはいいが、ひどく狭くてトラックの横幅すれすれにブロック塀や施設の白いフェンスが迫っている。ガツンと当てたりしたら厄介だ、そーっと走って向きを変えられる場所を探す。
幸い、静かなところで車や歩行者は殆ど来ない。
しんと黙り込んだ白昼の住宅街に不釣り合いなトラックのエンジン音が雑に響く。様々な姿形をした民家と、鉄筋コンクリート造で如何にも質実剛健といった趣の建物。会社か、施設か、裏庭の片隅に置かれた赤い灰皿が物悲しい。
一つ目の点滅信号が昨日も、今日も、明日も、設置された日からずっと変わらず点滅を繰り返す四つ角に差し掛かった。ここなら切り返して来た道を戻れそうだ。でも、坂道を上るのに少しアクセルを踏み込んでしまっていたためスピードを落とし切れずそのまま通り過ぎてしまった。
しまった、今のところなら……と思ったまま百メートルほど進む。次の交差点は正面がさらに狭くなっており右折の一方通行だ。曲がるのもやっとだが、その先は通れるような道幅なのだろうか。里山か何かが住宅地になったような場所なせいか坂道と狭い道がそのまま残っている。サイドミラー越しに見下ろす景色は灰色の、墓碑銘の群れのような街並み。
そのさらに彼方には曇天の白い海と、かすむ対岸の山並み。
固く確かな小さな町が幾つも寄り集まった迷路のような街路の果て。
Colorfulな道路標識と行き交う自動車の群れ
姿形は様々でも中で燃えているものはみな同じGasolene
見知らぬ街かどで購う錠剤
薬局の戸棚で笑う液体
パートタイムに片棒を担ぐ人材
時給1200円で切り売りする現在
とっくに通り過ぎたはずの一つ目の点滅信号が背中を見つめて嗤ってら
ただでさえ狭い路地の左側からせり出したクスノキが荷台に引っかかってキィキィ鳴く。右側のフェンスは道路に少しはみ出している。落ち葉を踏みしめるタイヤの感触と、ハンドルの手触りが熱を持つ。
狭い、狭い路地裏に今、道に迷った自分が右往左往していることなんて表通りを走る無数の車も、この近くに住む人でさえも知らないだろう。
いま自分がここにいることを、知っているのは自分だけ
誰も知らない場所で、誰も知らない間に、見たこともない街角で道に迷う自分を
誰が救ってくれるのだろう
心の巣食っている孤独を、誰が見つけてくれるのだろう
静かな屋根と屋根の連なりのあいだに敷き詰めたアスファルト踏みしめて、あてもなく走り続けていた。元来た道は、もうわからない。この坂道の先が続く場所もわからない。ただ少しずつかげって来た陽射しが無情な時間の流れを知らせてくれる。
一方通行と駐車禁止の標識が神社の幟のようにひしめく。この場所に留まることも出来ず、理由も知らされず進むことも立ち入ることも出来ない場所が今そこにあることだけを知らされて走り続ける午後のUnknown.
粗末なオーディオからCalifornication
行き先不明のDestination.
こんな時間がいつまでも、少しでも長く続くように心の底で願ってた。誰にも知られず、誰にも見られず、狭い狭い路地の向こうに降り注ぐ雲の切れ目から差し込む陽射しを目指して黄色い時間をただ彷徨って。
時間が足りなければ作ればいい、知恵が足りなければ盗めばいい、嘘が足りなければ重ねればいい、血が足りなければ流せばいい、速度が足りなければ踏み込めばいい、標識が足りなければ立てればいい、恥が足りなければかき続ければいい、地図に乗ってなければ書き足せばいい、燃料が足りなければ注げばいい、幻が足りなければ買い足せばいい。
見知らぬ街かどで購う錠剤
薬局の戸棚で笑う液体
パートタイムに片棒を担ぐ人材
時給1200円で切り売りする現在
大府市は15:32
抜け道を探して入ったはいいが、ひどく狭くてトラックの横幅すれすれにブロック塀や施設の白いフェンスが迫っている。ガツンと当てたりしたら厄介だ、そーっと走って向きを変えられる場所を探す。
幸い、静かなところで車や歩行者は殆ど来ない。
しんと黙り込んだ白昼の住宅街に不釣り合いなトラックのエンジン音が雑に響く。様々な姿形をした民家と、鉄筋コンクリート造で如何にも質実剛健といった趣の建物。会社か、施設か、裏庭の片隅に置かれた赤い灰皿が物悲しい。
一つ目の点滅信号が昨日も、今日も、明日も、設置された日からずっと変わらず点滅を繰り返す四つ角に差し掛かった。ここなら切り返して来た道を戻れそうだ。でも、坂道を上るのに少しアクセルを踏み込んでしまっていたためスピードを落とし切れずそのまま通り過ぎてしまった。
しまった、今のところなら……と思ったまま百メートルほど進む。次の交差点は正面がさらに狭くなっており右折の一方通行だ。曲がるのもやっとだが、その先は通れるような道幅なのだろうか。里山か何かが住宅地になったような場所なせいか坂道と狭い道がそのまま残っている。サイドミラー越しに見下ろす景色は灰色の、墓碑銘の群れのような街並み。
そのさらに彼方には曇天の白い海と、かすむ対岸の山並み。
固く確かな小さな町が幾つも寄り集まった迷路のような街路の果て。
Colorfulな道路標識と行き交う自動車の群れ
姿形は様々でも中で燃えているものはみな同じGasolene
見知らぬ街かどで購う錠剤
薬局の戸棚で笑う液体
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とっくに通り過ぎたはずの一つ目の点滅信号が背中を見つめて嗤ってら
ただでさえ狭い路地の左側からせり出したクスノキが荷台に引っかかってキィキィ鳴く。右側のフェンスは道路に少しはみ出している。落ち葉を踏みしめるタイヤの感触と、ハンドルの手触りが熱を持つ。
狭い、狭い路地裏に今、道に迷った自分が右往左往していることなんて表通りを走る無数の車も、この近くに住む人でさえも知らないだろう。
いま自分がここにいることを、知っているのは自分だけ
誰も知らない場所で、誰も知らない間に、見たこともない街角で道に迷う自分を
誰が救ってくれるのだろう
心の巣食っている孤独を、誰が見つけてくれるのだろう
静かな屋根と屋根の連なりのあいだに敷き詰めたアスファルト踏みしめて、あてもなく走り続けていた。元来た道は、もうわからない。この坂道の先が続く場所もわからない。ただ少しずつかげって来た陽射しが無情な時間の流れを知らせてくれる。
一方通行と駐車禁止の標識が神社の幟のようにひしめく。この場所に留まることも出来ず、理由も知らされず進むことも立ち入ることも出来ない場所が今そこにあることだけを知らされて走り続ける午後のUnknown.
粗末なオーディオからCalifornication
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こんな時間がいつまでも、少しでも長く続くように心の底で願ってた。誰にも知られず、誰にも見られず、狭い狭い路地の向こうに降り注ぐ雲の切れ目から差し込む陽射しを目指して黄色い時間をただ彷徨って。
時間が足りなければ作ればいい、知恵が足りなければ盗めばいい、嘘が足りなければ重ねればいい、血が足りなければ流せばいい、速度が足りなければ踏み込めばいい、標識が足りなければ立てればいい、恥が足りなければかき続ければいい、地図に乗ってなければ書き足せばいい、燃料が足りなければ注げばいい、幻が足りなければ買い足せばいい。
見知らぬ街かどで購う錠剤
薬局の戸棚で笑う液体
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大府市は15:32
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