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「Aguascalientes」
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君は可愛いよ
僕には君がいちばんさ
いつもみたいに
そうよ私は可愛いって
言ってくれよ
それなりなんて言わないで
そんなことない、
なんて言わないで
そうよ今日も可愛いって
言ってくれよ
今日も可愛いって
言わせてくれよ
アグアスカリエンテスに行ってみたいんだ
僕がいたのはナウカルパンで
アグアスカリエンテスには行ったことがないんだ
行ったこともないメキシコの話って
きっとそんなことなんじゃないかな
有機溶剤の海の底で
屍イルカが音もなく
落とした目玉を探しては
昨日に、昨日に向かってく
この街を名残惜しむつもりで
いつものスーパーの片隅にある
いつもの店でフライドポテトを買った
いつものおばちゃんはいなくて
やたら不愛想で暗いオバサンが
作り置きのポテトをほいと寄越して250円
味もそっけもない冷たいフライドポテトをモソモソ食った
いつかそれがこの街の名残になる
爪を切るくらいしか予定のない木曜日
どこにも居場所がないから
どこにも行かずに過ごしてる金曜日
週末はどこへ行っても混雑しているから
昼も夜もわからなくなる土曜日曜
天気予報も交通情報も他人事だったのは
子供の頃だけの話じゃなかった
どこにも居場所がないから
どこにも帰らずに過ごしてる
昼も夜もわからなくなって
何もかも他人事になってる
闇夜に上がる銀幕は
古い映写機が映し出す
薄れて行く意識のなかで
過去に向かってのオデッセイ
幻覚と妄想の境目は
狭い寝台車に乗って
笑いながら死ぬためだけの
快晴の彼方へのジュブナイル
生きながら死ぬ
死にながら生きる
夕陽が弾丸になって
反射した光が
骨身に食い込む木造アパート
私鉄沿線 最寄駅から十五分
歩きながら泣く
泣きながら歩く
夕陽の影になって
轟音をまとって
鉄橋を渡る真っ赤な特急
助手席の車窓から
快晴の浜名バイパス、弁天島を左手に
浜名大橋はパッカーンと音がしそうなくらい
晴れた空
隣に並んだ軽トラのジジイは日に焼けて
痩せた肌にヨレヨレの白いランニング
ジジイは無心で耳をほじる
ハンドルを片手にほじる
無表情で前を見つめて、時々ハンドルを少し動かして、ジジイは耳をほじっている。人差し指の第二関節くらいまでしっかりと差し込んで
ジジイの指がどんどん入る。軽トラは走り続ける。弁天島の鳥居が時速80キロで飛び去ってゆく。防砂林から頭を出した灯台がそれを見送り立ち尽くしてる
やがてバイパスが馬郡から坪井に差し掛かる頃には、ジジイの耳から血と耳垢にまみれた何かよくわからないものがぬるぬるぐじゃぐじゃとあふれ出してくるようになっていた
それでもジジイは前をじっと見て、真顔でハンドルを握っている。アクセルも踏み込んでいるし、必要とあればブレーキも踏む
だけど耳だけはほじり続けていた。細長く黄土色のやわらかい管のようなものが耳から鎖骨にかけて垂れさがり、白いランニングに血を滴らせている。前だけをじっと見ている
前だけを向いている
顔だけが
目はどこも見ていない、どこにも視線は向いてない
前だけを見続けているジジイの軽トラがしゅーっと吸い込まれるようにインターチェンジの分岐点に向かって一直線に突っ込んでいった。オレンジの緩衝材とガードレールに車体がぶつかり、ドキャッ! と ぐちゃっ! の混ざった乾いているけど湿っぽい音を立てたのをテールランプだけが聞いていた
君は可愛いよ
僕には君がいちばんさ
いつもみたいに
そうよ私は可愛いって
言ってくれよ
それなりなんて言わないで
そんなことない、
なんて言わないで
そうよ今日も可愛いって
言ってくれよ
今日も可愛いって
言わせてくれよ
アグアスカリエンテスに行ってみたいんだ
僕がいたのはナウカルパンで
アグアスカリエンテスには行ったことがないんだ
行ったこともないメキシコの話って
きっとそんなことなんじゃないかな
僕には君がいちばんさ
いつもみたいに
そうよ私は可愛いって
言ってくれよ
それなりなんて言わないで
そんなことない、
なんて言わないで
そうよ今日も可愛いって
言ってくれよ
今日も可愛いって
言わせてくれよ
アグアスカリエンテスに行ってみたいんだ
僕がいたのはナウカルパンで
アグアスカリエンテスには行ったことがないんだ
行ったこともないメキシコの話って
きっとそんなことなんじゃないかな
有機溶剤の海の底で
屍イルカが音もなく
落とした目玉を探しては
昨日に、昨日に向かってく
この街を名残惜しむつもりで
いつものスーパーの片隅にある
いつもの店でフライドポテトを買った
いつものおばちゃんはいなくて
やたら不愛想で暗いオバサンが
作り置きのポテトをほいと寄越して250円
味もそっけもない冷たいフライドポテトをモソモソ食った
いつかそれがこの街の名残になる
爪を切るくらいしか予定のない木曜日
どこにも居場所がないから
どこにも行かずに過ごしてる金曜日
週末はどこへ行っても混雑しているから
昼も夜もわからなくなる土曜日曜
天気予報も交通情報も他人事だったのは
子供の頃だけの話じゃなかった
どこにも居場所がないから
どこにも帰らずに過ごしてる
昼も夜もわからなくなって
何もかも他人事になってる
闇夜に上がる銀幕は
古い映写機が映し出す
薄れて行く意識のなかで
過去に向かってのオデッセイ
幻覚と妄想の境目は
狭い寝台車に乗って
笑いながら死ぬためだけの
快晴の彼方へのジュブナイル
生きながら死ぬ
死にながら生きる
夕陽が弾丸になって
反射した光が
骨身に食い込む木造アパート
私鉄沿線 最寄駅から十五分
歩きながら泣く
泣きながら歩く
夕陽の影になって
轟音をまとって
鉄橋を渡る真っ赤な特急
助手席の車窓から
快晴の浜名バイパス、弁天島を左手に
浜名大橋はパッカーンと音がしそうなくらい
晴れた空
隣に並んだ軽トラのジジイは日に焼けて
痩せた肌にヨレヨレの白いランニング
ジジイは無心で耳をほじる
ハンドルを片手にほじる
無表情で前を見つめて、時々ハンドルを少し動かして、ジジイは耳をほじっている。人差し指の第二関節くらいまでしっかりと差し込んで
ジジイの指がどんどん入る。軽トラは走り続ける。弁天島の鳥居が時速80キロで飛び去ってゆく。防砂林から頭を出した灯台がそれを見送り立ち尽くしてる
やがてバイパスが馬郡から坪井に差し掛かる頃には、ジジイの耳から血と耳垢にまみれた何かよくわからないものがぬるぬるぐじゃぐじゃとあふれ出してくるようになっていた
それでもジジイは前をじっと見て、真顔でハンドルを握っている。アクセルも踏み込んでいるし、必要とあればブレーキも踏む
だけど耳だけはほじり続けていた。細長く黄土色のやわらかい管のようなものが耳から鎖骨にかけて垂れさがり、白いランニングに血を滴らせている。前だけをじっと見ている
前だけを向いている
顔だけが
目はどこも見ていない、どこにも視線は向いてない
前だけを見続けているジジイの軽トラがしゅーっと吸い込まれるようにインターチェンジの分岐点に向かって一直線に突っ込んでいった。オレンジの緩衝材とガードレールに車体がぶつかり、ドキャッ! と ぐちゃっ! の混ざった乾いているけど湿っぽい音を立てたのをテールランプだけが聞いていた
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僕には君がいちばんさ
いつもみたいに
そうよ私は可愛いって
言ってくれよ
それなりなんて言わないで
そんなことない、
なんて言わないで
そうよ今日も可愛いって
言ってくれよ
今日も可愛いって
言わせてくれよ
アグアスカリエンテスに行ってみたいんだ
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