#不思議系小説 ニューシネマ・パラダイスシティ

ダイナマイト・キッド

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クロヤナギ博士の手記。

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 継ぎはぎの肉体には、継ぎはぎの心が宿るだろうか。
 答えは否だ。とある映画に、潰れた魂には義足さえつけられない、というセリフがあった。寄せ集めて依り合わせた肉体には、魂を入れる事は出来ない。体積も重さも、肌も髪も爪もあるのに、だ。
 何故か。つまりこういうことだ。
 肉体は幾つもの部品に分けて考える事が出来る。義足というのも、要するに生体部品の代わりに無機物を添えているのだから。自動車と同じだ。
 しかし魂は、心は、精神は違う。部品や代替品を用意する事が出来ない。肉体が自動車だとすれば、魂は風船のようなものだ。取り出されたばかりの新品に空気を吹き込めばどんどん大きく膨らみ、そして年老いてしぼんでゆく。記憶は体積を持たない。重さもない。しぼんだように見える風船の中には、そうした濃密な年月の残り香がずっと漂っているものなのだ。
 その風船の中から取り出した様々な記憶を繋ぎ合わせ、一つの世界にまとめるという事を始めたのが救世主、ウノだった。あの戦争が終わったあと何処にも行き場がなく、秘密警察に捕まって殺されるだけだった私をここへ連れてきて、その為の研究を任された。彼が考える究極の世界、それは世界中の人間の精神を一つに融合すること。そして其の為には肉体が現実世界に存在する必要は無いという。無限の精神世界にホストの記憶に残った肉体を再現する。自分の思い通りのものでもいいし、もっと突飛なものでも良い。夢のような世界。いや、夢の中で生きる事そのものだ。はじめは俄かには信じられなかった。そんなものが作れるはずがない。しかし、彼は答えを持っていた。
 それが、この巨大な生体装置だ。彼は贋臓物主と呼んでいた。何故これが贋作だというのかも、本物が何処にあるどんな形のものかも私は知らない。ただ彼と共に、これを苦心の末作り出した。
 この現実世界の研究室から精神を繋げた架空世界、いや架空ではない。其処は本当に存在するのだから。なんといえばいいのか、そう、精神世界とでも言うべきだ。ウノは其処を月触領域と名付けた。月と人間の肉体との密接さは誰でも知っている。月が欠けて行き、やがて暗闇となる様と、その新月の夜空の様な漆黒の闇に浮かぶ精神の真理に触れる事を合わせた命名だとか。
 月触領域と現実世界の両面に鎮座する贋臓物主。その連絡通路となる人肉鍾乳洞を作り上げたのも私とウノだ。ウノは妙な技術を知っていた。人間を破滅に導き、その上で材料にするか、仲間にするか選別をしていた。そして人肉鍾乳洞、私たちは縮めて肉洞と呼んでいるが、それを作る時にも作業の傍ら、ぽつりぽつりと独り言のようにこれまでの彼の事をこぼしていた。それは壮絶な日々だったのだろう。切れ切れに聞こえる彼の心の中は、いったいどんな世界が広がっているの言うのか。

 研究室、月触領域、贋臓物主。これらを結ぶ際には大量の人間が必要だった。肉体は原料に、精神は実験に使われた。人間界には諍いごとも戦争も事欠かない。私もその戦争で身を立てていた一人だったから、そこは容易かった。
 月触領域と現実世界を行き来できる者は限られていた。生前の残存思念の強い者ほど姿形を維持できるが、そうでないものは段々と月触領域に浸食され、同化されていく。肉体を装置に繋がれたものはそのまま吸収されることもあったし、私が取り出して分解し、部品ごとに加工を施したうえで再利用する事もあった。
 肉洞、贋臓物主の維持・拡張。そして私が開発した人造人間の主たる部品として活用された。網引島人間、という。品質も数もまちまちな人間の心身ではあるが、贋臓物主に接続することである程度の選別が可能になった。強い者が生き残り、弱い者は部分的に残りつつ消えていくのだから話が早い。精神の溶けきった抜け殻たちを切り貼りして出来上がったこの人造人間は意外と好評で、人間界の戦争や娯楽で大いに活用された。金銭というものに価値のない月触領域にあってその見返りは当然ながら苦痛を味わって死んだ者たちの精神だった。肉体が残ればそれでもよかったが、純粋な精神だけを抽出し月触領域に放り込んで実験が行えたことは大いに役立った。多くの記憶、精神を同時に処理し続ける事は贋臓物主に大きな負担をかけることになるが、それもどのくらいの処理が可能なのかは実際にやってみなければわからない。どういった時にどの程度の負荷がかかっているのか、それを把握する事が出来た。
 興味深いのは、現世で受けた苦痛が大きいほど、また今際の際に欠損した部位が多いほど、月触領域での姿形がいびつで醜悪になる事だ。これは殆どの人間に共通している。虐殺、迫害、拷問、強姦、裏切り、心身ともに追い詰められた者ほど、月触領域での精神力は強大で、凶暴になる。まるで理性は肉体に宿っていて、そのタガの外れた精神が獣を通り越して魔物と化してしまったようだ。

 人間はみな、理想とする自己像を持っている。それはどんなに容姿に恵まれ、富を得ても決して満たされることは無い。一分一秒の老いも衰えも許せないものなど五万と居る。月触領域に入れば、それが完璧に叶う。しかし、生前または現世で受けた苦痛が大きいほど、それは装置を通る事で歪められてしまうようだ。いびつに増長され、そのまま解き放たれた精神は他者の精神をも貪り、吸収してゆく。精神の共食い、際限なき喰らい合いが始まる。そうして膨れ上がった精神は原型をとどめなくなり、自我を崩壊させて尚喰らい続け満たされることがない。

 一方でそんな状況でも気丈にも耐え続けられる者も居る。そういうツワモノだけをより集めた組織が救世主・ウノの親衛隊だ。彼らは皆、ウノによって運命を遮られ、苛烈な人生を歩んだまま死んだ男たちであるが、当然それを知っているのは本人と私だけだ。
 贋臓物主にはこんな使い方もある。
 特殊な波動を発する事で無意識化に命令を与え、対象者の思考や行動をある程度ならば制御できる。脳波のリモコンと考えればよい。これには盛大波動と名付け、早速実験を行った。個体により効果には差が出たが、ほぼ思い通りの人材を獲得する事が出来た。
 東北の寒村の住民を、腕のいい漁師を、島人と恋に落ちた軍人を、酒乱の父親を、ピアノ弾きの実家を、そしてその親戚の男を。これまで真っ当に生きてきた人間であっても誰も彼もが呆気なく狂って行った。酒癖も性癖も集団心理も。初めは些細な切っ掛けだった。そこからは流れるままだ。こうなると対象が死ぬまで止まらない。あの少年の叔父は結局、同性愛者として生涯を終えたくらいだ。
 そこで私たちは次の実験に移った。この贋臓物主を動かす事は出来ないかわりに、動く無線基地を作り出そうとしたのだ。実験体に選ばれたのはとある財閥の懐刀だった。
 実験は大成功だった。狙いはその財閥の御曹司。見事に転落と放浪を味わい死んでくれた。財閥には救世主を信仰しているとか言う地上の宗教を通じて我々の現世での財政支援もさせる事が出来るようになった。我ながら上出来だ。

 人間無線波動機の脳には常に一定の波動を照射するナノマシンを仕掛けてある。私が独自に開発したものでもない、昔から考えられていたものだ。このようなありきたりな手段でこんなに上手く行くとは。こちらからは贋臓物主を通じて波動を調整するだけで良かったのだ。権力中枢に近く、経済や人心掌握に通じており人望もある。そういう人物の居る財閥の御曹司、というお誂え向きの者がいた事が何よりではある。おかげで同性愛者にトラウマを持つようになってしまったが、なあにあれだけの精神力の強さを見るに直ぐ克服するだろう。

 むしろ強姦されたうえ同性愛に目覚めた挙句、相手を取っ替え引っ替えした末に投身自殺をした瞬間に盛大波動を浴びるという、全くの偶然から親衛隊に加わるチャンスを掴んだケースが生まれたことの方が嬉しい誤算であったと言える。教養もあり、世俗に通じているこの美少年は何かと重宝するはずだ。何より特筆するのは修羅場をくぐって身に着けた、その厚かましさだ。見た目の華奢さとは裏腹に、ウノがどんなに脅かし、排除を試みても動じないどころか、益々意地になって居座って遂に彼らの仲間に加わってしまった。れっきとした男性でありながら妙に中性的で、異性愛者の男性であってもドキリとさせられる。

 彼らウノに魅入られた者たち(一人は例外だが)は、みな月触領域に入っても尚、己の姿かたちを見失っていない。自我を完全に保ち続けているうえ、精神力を様々に使いこなしてさらなるパワーアップを果たしているほどだ。
 沖縄からやってきた巨漢は、その良い例だ。身長がもっと欲しいと思っていたものが此処へやってくると、大抵の場合は背中の曲がった醜い外見になりがちだ。だが彼は生まれついての巨体を鍛え抜いていたおかげでそんな事もなく、軍人だった父の遺伝と教育の賜物か運動神経は抜群だ。無口で必要な事だけをボソボソと話すところも好感が持てる。だが、彼は単純に日本語が苦手なだけなのかも知れない。流暢な英語で陽気にまくし立てているのを聞いたことがある。

 青森の寒村から上京したという青年にも同様の傾向が見られる。彼も日本人にしては相当の巨漢であるうえ、過酷な労働で鍛えられた肉体は凄まじいパワーを秘めている。それは死後この世界にやってきた後も遺憾なく発揮されていて、他の者たちをはるかに凌駕している。この巨漢二人に共通しているのは、苛烈な経験によって自我が抑圧され続けており、その欲のない性格と相反する破壊的な衝動を心の奥底に封じているという点だ。これによって自我が強烈に保護されたために、月触領域に至っても精神の根幹が蝕まれることが無かったものと思われる。

 このような様々に植え付けられた体験から、彼らは自らの存在を保っている。言い換えればそれらはれっきとした精神的外傷であり、それが解消されれば月触領域で生きる力を失う事にもなる。

 贋臓物主は盛大波動によって被験者の脳に直接干渉する。その際の侵入口となるのが、対象者の精神的外傷だ。心の隙間、と言えばわかりやすい。その傷が深く広いほど干渉は容易くなるが、その分影響も受けやすくなるので制御が難しい。精神的に脆い人間では直ぐに月触領域に取り込まれて亡者と化してしまうし、そうでなければ中途半端に操られてしまうだけだ。自分は未来から世界を救いに来たと言い張る男が主人公の映画を見ているような、そんな言動を繰り返す患者様の一丁上がりだ。この塩梅が難しい。
 そこで、先ずは環境や求める人材に応じて、被験者の周囲に居る取り込みやすい者を選び出してそこから狂わせ、長い年月をかけて徐々に苦しませてゆく方式を取った。そういった事を考えさせるとウノは実に独創的で、残酷で、天才的だった。そうしてじっくりと苦しみぬいた魂は鍛え抜かれ、深くどす黒い傷跡を抱えることになる。根っから明るい男ばかりが揃ったように見えるが、その背中には膿すら枯れた壮絶な傷跡が深々と刻まれているのだ。
彼らと共に、この世界を変えてゆくのだ。贋臓物主と盛大波動さえあれば……。私は年甲斐もなく、そんな夢想をするようになっていた。私の精神もウノによって捻じ曲げられてしまったのだろうか。誰のためでもなく人を殺し、狂わせるためだけの研究に全てを捧げてきた私は、終戦とともに死んだ。そして私自身も、月触領域の精神体としてよみがえった。ここは私が作り出した世界でもあるのだ。私が存在する事は容易い。だが、この夢の世界を保つには多くの肉体と、精神が必要となる。いつか現実と月触領域が入れ替わる事が出来れば、そんな心配もなくなるのだろうが。
 
 今は更に多くの人間を集め、夢や希望、怒りや失望、悲しみと絶望を束ねて装置にかけてゆく事だ。そうすれば、この贋臓物主の素晴らしさ、正しさがわかるのだから。それだけを考えていればいい。その為の研究を続ければいい。私が二度死ぬ、その時まではな。
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