たこやきください

ダイナマイト・キッド

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2.屋台に来る人びと

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 おれがこのだだっ広い緑地公園の片隅に屋台を出して最初の春が来た
 あれから一か月ほど経っただろうか。例の坊主から便りが届いた。お世辞にも綺麗とは言えない文字とちぐはぐな文章ではあったが、自分は元気であること。おじいちゃんは優しくて家が広いこと。そして、たこやきがおいしかったことが書かれていた
 柄にもなくそれが嬉しくて、おれは毎日カバンの中にその手紙をしのばせて持ち歩いていた。最もそのカバンの中身と来たら他には僅かばかりの小銭が入った財布と運転免許証、それにちょっとしたポイントカードやスマホぐらいのもんだけれど

 毎日ぼんやりと屋台を出して此処に居ると、色々な人がやってくる。勿論お客が一番多い……と言っても一日平均十人も居ないが、フツーに通りかかってフツーにたこ焼きをお買い上げ頂くことが殆どだ。でも、時にはそうじゃないこともあって……またそんな奴に限って中々印象的だったり忘れたころにまたひょっこり顔を出したりする
 ホラ、向こうから便所履きみてえなサンダルにヨレたジャージで走ってくる中年の男。太鼓のように出っ張った腹を揺らしながらゼエゼエ言って走ってくる。頭はすっかり禿げ上がって、たるんだ頬と顎の肉が呼吸のたびにぶるぶるしている
 最近よく顔を見せる男で、近所の人からは「たっつあん」と呼ばれているので、おれもそれに倣って「たっつあん」と呼んでいる。そんなたっつあんは所謂
買わない方の常連客
 の一人で、この近くに住んでいるらしい。が、こんなド平日の昼間からジョギングとは。一体普段はナニしてるんだ?
 わりと時間や曜日を問わず、よくこの公園を走っているから自然と声をかけあうようになったんだけど……まあ、それだけの関係だからな。知らないことだらけな方がフツーか
「やあ、大将。いい天気だね」
 革袋を破いたようなダミ声で愛想よく声をかけて来たたっつあんに
「たっつあんこんちわ!ねーほんと!」
 と短い挨拶で同意を示す。確かに今日は春先らしい陽気がいい日で、仕事なんかしてるよりも木陰に寝っ転がって椎名誠の冒険小説でも読んでいたいくらいだ。たっつあんは薄くなった白いタオルで粘っこそうな汗を拭いながら、ずっべずっべと鈍い足取りで走り去って行った

 うし。と気分を変えて鉄板に向き合ったもののたこ焼きを焼くあてもなく、坊主がいつも座ってたベンチには退屈そうなカラスが一羽。一歩、二歩、三歩とリズミカルに飛び跳ねたところでフサフサフサっと羽ばたいて何処ぞへと飛んでいった
 それと入れ替わるように通りの向こうから、老人特有の手押し車が二つ仲良く並んでコロコロとやって来た。あの二つの手押し車は双子の老婆で、同じ形の色違いを姉妹でそれぞれ使っているのだ。向かって右が姉のタケさんで赤っぽいベージュ。反対側が妹のウメさんで青みがかったグリーン。老人らしいシブい色味であるがハッキリと見分けがつく。問題は一卵性双生児の老婆姉妹で、こちらは髪の長さから髪型、白さ、それに体格、背骨の曲がり方から顔のしわまで丸っきりソックリで余程よく見ないとわからない
 本人たちも長年そうして過ごしてきたせいかそれを楽しんで居るフシがあり、たまに
「さてワシはどちらかの?」
 とクイズを出されることもある。しかもイタズラ好きで洒落がわかるというのか、たまに手押し車を交換しているのでそれだけを目安にしていると間違える。別にだからって怒るわけでもなく笑われて終わりなだけだが、油断のならない老婆たちだ
 ただ、彼女らはたこ焼きを買ってくれることもあるのでそこも含め有難い。二人そろってひとパックずつ買ってくれるのだが、実は二人の見分けが難しいのはここなのだ。双子の姉タケさんは柔らかくてアツアツのたこ焼きが好きなのに対し、妹のウメさんは割としっかりしてて熱すぎないくらいじゃないとダメ
 こんなにソックリなのに、なんで妹だけ猫舌なのか、つくづく双子というのは不思議なものだがこっちとしては感心している場合じゃない。二人とも買ったらすぐに坊主のベンチに座って仲良く食べ始めるのだが、好みに合わないと実に寂しそうな顔をする。食べ物に苦労をしてきた世代だからか文句を言ったり捨ててしまったりすることは決してない。それだけにこちらとしても申し訳なく思う。ので、二人が来るとちょっと緊張するんだな、これが
「ああ、お兄さん。いい天気ねえー」「ねえー」
 手押し車をキコキコ押すタケさんウメさんが、にこやかにユニゾンを決めながら挨拶をする
「やあ、気持ちがいいねえ。散歩かい?」
「コーヒー飲んで来たもんでね」
「腹ごなし、腹ごなし」
 どうやらすぐ近くのモンキーポッドでモーニングを済ませて来たらしい。この辺りの喫茶店は何処もそうで午前中に来店し飲み物を注文するとオマケと呼ぶには多すぎるくらい色々と付いてくる。これをモーニングサービス、縮めてモーニングと呼び、大抵の場合は無料で三角形の分厚いトーストと卵ぐらいは付いて来る。初めて見た時は面食らったが、どうも常識らしく店によってはサラダや果物まで付いてきたり、割増料金で味噌汁とご飯に変更出来たり、トースト二枚、またはホットサンドにグレードアップも可能な場合もある。タケさんウメさんだけでなく、この辺りの住人は皆モンキーポッドという老舗が行きつけだそうで、おれもたまに顔を出すようになった
「ウズラ沢山食べたかい?」
「ああ」「ええ、食べすぎちゃったよぅ」
 歩く速度がゆっくりなので、屋台越しに見ているとまるでベルトコンベア越しに会話をしているみたいだ。双子の老婆は上機嫌でヨチヨチ歩いて、やがて遊歩道の十字路に差し掛かったのを見届けたおれが再び鉄板に視線を落とそうとした、その時だった
 突然ビリビリと空気を裂くようなエンジン音と共に猛烈なスピードで原付が飛び出してきて、双子の老婆を横から突き飛ばした。ブレーキも殆どかかっておらず、まともに直撃を受けた青い手押し車が無残な姿で宙を舞うのがスローモーションで見えた
「あっ!」
 おれはその瞬間たまらずに駆け出していた。一体どういうことなんだ、何でこんなことに!? 頭の中は依然としてパニックだったがとにかくタケさんウメさんが心配だ。駆け付けるとタケさんは呆然として座り込んでいたが無事なようだった。そして……ひしゃげてしまった青い手押し車の向こうに、ウメさんが頭から血を流してうつ伏せに倒れていた
 タケさんは小刻みに震えながら、あ、あ、と声にならない嗚咽を漏らしている。おれはウメさんの元に駆け寄って声をかけた
「ウメさん! なあ、ウメさん!!」
 だが応答はなく、まるで糸の切れたマリオネットのようにぐったりとしたまま動かない。揺り起こしたかったが、果たして動かしても良いものなのかどうか……どうしたらいいのかわからず、ただウメさんの名を呼びながら狼狽えることしか出来なかった
「こっちだ!」
「たっつあん、早く!」
 背後から誰かがバタバタと走ってくる。叫ぶような怒声と激しい足音、そして聞き覚えのある名前とダミ声
「ああーっ! エライこっちゃあ、ホレ救急車ぁー!」
 おれの背後から滑り込むようにしてやってきた人影は手早くウメさんを仰臥させると衣服を緩めて心肺蘇生法を試みようとしていた
「あ、頭を打ってるんだ!」
「そうだねえ、でも大丈夫。気ぃ失ってるだけだあ」
「そうなのか、良かった。そうだ!」
 おれは屋台に走り、お手拭き用の使い捨てペーパータオルを引っ掴んで現場に戻った
「コイツで拭いてくれ!」
「おぅ、あんちゃん有難うよお」
 たっつあんは相変わらず手際よくウメさんの傷口周辺をペーパータオルで拭い、その間に誰かが通報してくれたらしき救急車が到着しウメさんを乗せて走り去って行った
 嵐のような、一瞬の出来事が永遠に続いていたような時間がひと段落すると、タケさんのことが気になって辺りを見渡した。タケさんはその場におらず、坊主のベンチに腰掛けたまま呆然としていた。隣にはたっつあんが座って、タケさんの背中をさすっている
「たっつあん、有難うよ」
「なんのぉ、あんちゃんこそ有難うよ。流石、手際が良かったねえ」
「とんでもない、もうどうしたらいいかわからなくてさ……タケさん、ごめんよ、おれ……」
 タケさんは震えながら、小さく首を横に振ってくれた

 その後、ウメさんは意識を取り戻したが全治1ヶ月の重傷と診断され暫くは入院を余儀なくされた。公園内を暴走した原付の運転者はすぐに見つけ出され、その場で逮捕されたという。おれも事故後には目撃者として色々と警察に協力した
 タケさんは日課の散歩とモンキーポッドでのモーニングを欠かさなかったが、一人で歩く姿は少し寂しそうに見えた。ただ時折お見舞いにとたこ焼きを買ってくれることもあるので、相変わらず焼き加減には気を使っている

 驚いたのは、たっつあんの正体だ。若い頃に自衛隊に入って様々な免許を取り、除隊後は定年まで埠頭で荷揚げ作業や重機を扱う仕事の責任者をしていたそうな……道理で救助活動の手際が良かったわけだ。現在は現役時代から続けていた副業の人材派遣業で埠頭に人足を送り込みつつ自分もたまに現場で助っ人をしているらしい
「社長がいちばん売れっ子だよぅ、まだまだ負けちゃらんねえからな!」
 ガハハ、とダミ声で笑うたっつあんが、いつもより頼もしく見えた

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