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人生初の落語会。
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7月14日。
時々、無性に食べたくなるバターチキンカレーとコーヒーの美味しいお店
ケディバシュカン
さんで、落語会が催されるという。
私は落語が好きだし、音源も幾つか持っている。
でも寄席や落語会に行ったことがなかった。
そこにちょうど東海地方出身で、県内をツアー中の落語家さんがいらして。
登龍亭獅鉄さん。元鉄道会社勤務で脱サラして落語家になったという変わり種。
なんと、その獅鉄さんがケディさんで落語会をやると。
なんとなんとケディバシュカンを切り盛りする御夫婦の旦那さん、ことカツミさんも一席披露すると。
そういうことなら、一丁見てみよう!
というわけで一路、西へ。
いつも常滑や知多半島に向かうのは午前中。
夏の夕暮れに沈みゆく、日曜の梅雨の終わりの工業団地は空いていた。
ぼんやりと紫がかった空と、影になったビル、タンク、工場、丘陵地帯に並ぶ屋根。
ああ、死ぬ寸前に見る場所ってこんな空の色なのか。
たまの「サーカスの日」の歌詞みたいだった。こういう景色って好きだなあ。
いざ始まると、なんと今では珍しいという薩摩琵琶奏者の森本磨姫子さんが
「耳なし芳一」
のダイジェスト版を演奏・実演してくださることに。
ちゃんとやると30分ぐらいかかる演目を、輸入するジュースの素みたいに濃縮し6分ほどにしたという…案外パワータイプな古典芸能のお姉さんであった。
と思ったらブログに元メタルバンド出身で空手や剣術も嗜んでいる、と書いてあった。嗜む、とだけ書いて何段とかなんとかずらずら書かない辺り結構な使い手である可能性も…。
薩摩琵琶どころか琵琶という楽器を生で、演奏しているところを見るのは初めてかもしれない。琵琶湖のほとりに親類は居るが、元ネタの琵琶のほうとは縁がなかった。
というか昨日(7月13日)は散々エレキギターだのベースだの見て、今日(14日)は琵琶て。
この日、なんと腰の負傷を押しての出演だった森本さん(日記を拝見すると相当だったようだ…お大事に…)だが、なんとカツミさんこと大橋亭トリオさんの出囃子を生演奏する際には艶やかな装いに激しいプレイング。背面弾き(反弾琵琶)は何気にずっと昔からある奏法らしい。そりゃそうだ、エレキギターでこれをやったのはジミヘンだもの。
琵琶はもっと昔からあるもんな。
バンド、武術、古典芸能、と知れば知るほど底なしの森本さんであった。
大橋亭トリオ、という名前だけは折に触れて目にしていた。
カツミさんのプロフィールにも書いてあるし、落語がお好きなことも知っていた。
だからって、プロの噺家さんを前にして「死神」をやるとは思わなかった。
お金のこと、欲をかいちゃいけないということを開口一番から積んでいたので、まさかと思ったら。
しかも、この死神が結構コワイ。
普段は物静かで気は優しくて頑固者、なカツミさんが、ひとたび大橋亭トリオになると豹変。はじめこそ照れや不安や緊張を覗かせていたのが、じわ、じわ…と話の中に入り込んでゆき、死神と対話する。
結末をある程度は知っていても、どうやってそこに持っていくかが大事だ。
そしてこの死神の所業は、ちょっとした工夫ですべてを台無しにする最悪の悪戯だった。
斬新かつ、滑稽で残酷。
いい死神に会えました。
そして今回の主役、獅鉄さんの出番は二回。
まずは自己紹介や名古屋でのプロの落語家事情。
薩摩琵琶奏者の全体数の話を聞いた後だと余計に驚いた。そして、そのわけも納得だった。プロレスだってそうだもんな、東京や大阪…しまいにゃメキシコに行ったっていい。
意外と地元でプロになろうという選択は取られないし、どんなにいいプロが居ても、なかなか広まらなかったりもする。
それでも何がやりたいのか、どうなりたいのか。それが生き甲斐であり文化であり、それで生きられるのが豊かな社会だと思う。芸事って絶対必要だけど、声高に保護されるようになったらオシマイだ。
鉄道好きの噺家さんらしく、ひとつ目の演目は
青春18切符
を使ったもの。豊橋から東京までの、あの区間。
話の中で在来線と新幹線とが巧みにアンダークロスし接続し合うスリリングな展開。
この区間が長いのなんの。余程じゃないと苦行である。
それを部活に見立てた話というのがなんとも斬新で、青春18切符ならではのサゲにも納得。ベタなダジャレも持っていき方次第で活かしようは幾らでもあるということか。
プロレスでもたまに、古典的な関節技や投げ技が注目されることあるもんな。
アルゼンチンバックブリーカーとか。
落語家さんがとにかく言われるのが
歌舞伎を見ろ!
だそうで。
九州まで四谷怪談の歌舞伎を見に行く顛末を先ず聞かせたうえで、さあ、ふたつ目の演目はというと…
夏だし怪談噺
または
東海地方が舞台の古典落語
さあ、どっち!
と。私としては怪談が気になったけど、やはりというか地元の話をきかせてもらえることに。
名古屋の熱田から桑名までの渡し船の話。
地名の本とか、古い地図なんか読むとやっぱり今よりずっと海が広く近かった時代。
渡し船の身近さ、重要性が今とは段違いで。
そこで巻き起こる騒動と顛末。
だんだんスピードが増して、ドライブがかかってくる感じ。
牧歌的といえばそうだし、残酷といえば残酷な時代の情景を切り取ったような。
聞いているうちに自分たちも江戸時代の渡し船の上に乗せられて、話の波間をプカプカ漂ってゆく。
そしてふっと、現代に引き戻されると話が終わっている。
一件落着にオチがつく平和なお話だった。
終演後すかさずお声掛けさせていただき、着物と同じ柄のクリアファイルを購入。
なんと鉄道標識が散りばめられている。
私も北野桝塚、大門、中岡崎駅などには縁があったので、そんな話も…北野桝塚駅を降りたとこのミニストップの話を常滑市のお店でするとは。世の中は狭い。
この日は嬉しいことにカレーの販売もあり、コーヒーもおかわり出来てお腹もいっぱい。
満足して家路につきました。
時々、無性に食べたくなるバターチキンカレーとコーヒーの美味しいお店
ケディバシュカン
さんで、落語会が催されるという。
私は落語が好きだし、音源も幾つか持っている。
でも寄席や落語会に行ったことがなかった。
そこにちょうど東海地方出身で、県内をツアー中の落語家さんがいらして。
登龍亭獅鉄さん。元鉄道会社勤務で脱サラして落語家になったという変わり種。
なんと、その獅鉄さんがケディさんで落語会をやると。
なんとなんとケディバシュカンを切り盛りする御夫婦の旦那さん、ことカツミさんも一席披露すると。
そういうことなら、一丁見てみよう!
というわけで一路、西へ。
いつも常滑や知多半島に向かうのは午前中。
夏の夕暮れに沈みゆく、日曜の梅雨の終わりの工業団地は空いていた。
ぼんやりと紫がかった空と、影になったビル、タンク、工場、丘陵地帯に並ぶ屋根。
ああ、死ぬ寸前に見る場所ってこんな空の色なのか。
たまの「サーカスの日」の歌詞みたいだった。こういう景色って好きだなあ。
いざ始まると、なんと今では珍しいという薩摩琵琶奏者の森本磨姫子さんが
「耳なし芳一」
のダイジェスト版を演奏・実演してくださることに。
ちゃんとやると30分ぐらいかかる演目を、輸入するジュースの素みたいに濃縮し6分ほどにしたという…案外パワータイプな古典芸能のお姉さんであった。
と思ったらブログに元メタルバンド出身で空手や剣術も嗜んでいる、と書いてあった。嗜む、とだけ書いて何段とかなんとかずらずら書かない辺り結構な使い手である可能性も…。
薩摩琵琶どころか琵琶という楽器を生で、演奏しているところを見るのは初めてかもしれない。琵琶湖のほとりに親類は居るが、元ネタの琵琶のほうとは縁がなかった。
というか昨日(7月13日)は散々エレキギターだのベースだの見て、今日(14日)は琵琶て。
この日、なんと腰の負傷を押しての出演だった森本さん(日記を拝見すると相当だったようだ…お大事に…)だが、なんとカツミさんこと大橋亭トリオさんの出囃子を生演奏する際には艶やかな装いに激しいプレイング。背面弾き(反弾琵琶)は何気にずっと昔からある奏法らしい。そりゃそうだ、エレキギターでこれをやったのはジミヘンだもの。
琵琶はもっと昔からあるもんな。
バンド、武術、古典芸能、と知れば知るほど底なしの森本さんであった。
大橋亭トリオ、という名前だけは折に触れて目にしていた。
カツミさんのプロフィールにも書いてあるし、落語がお好きなことも知っていた。
だからって、プロの噺家さんを前にして「死神」をやるとは思わなかった。
お金のこと、欲をかいちゃいけないということを開口一番から積んでいたので、まさかと思ったら。
しかも、この死神が結構コワイ。
普段は物静かで気は優しくて頑固者、なカツミさんが、ひとたび大橋亭トリオになると豹変。はじめこそ照れや不安や緊張を覗かせていたのが、じわ、じわ…と話の中に入り込んでゆき、死神と対話する。
結末をある程度は知っていても、どうやってそこに持っていくかが大事だ。
そしてこの死神の所業は、ちょっとした工夫ですべてを台無しにする最悪の悪戯だった。
斬新かつ、滑稽で残酷。
いい死神に会えました。
そして今回の主役、獅鉄さんの出番は二回。
まずは自己紹介や名古屋でのプロの落語家事情。
薩摩琵琶奏者の全体数の話を聞いた後だと余計に驚いた。そして、そのわけも納得だった。プロレスだってそうだもんな、東京や大阪…しまいにゃメキシコに行ったっていい。
意外と地元でプロになろうという選択は取られないし、どんなにいいプロが居ても、なかなか広まらなかったりもする。
それでも何がやりたいのか、どうなりたいのか。それが生き甲斐であり文化であり、それで生きられるのが豊かな社会だと思う。芸事って絶対必要だけど、声高に保護されるようになったらオシマイだ。
鉄道好きの噺家さんらしく、ひとつ目の演目は
青春18切符
を使ったもの。豊橋から東京までの、あの区間。
話の中で在来線と新幹線とが巧みにアンダークロスし接続し合うスリリングな展開。
この区間が長いのなんの。余程じゃないと苦行である。
それを部活に見立てた話というのがなんとも斬新で、青春18切符ならではのサゲにも納得。ベタなダジャレも持っていき方次第で活かしようは幾らでもあるということか。
プロレスでもたまに、古典的な関節技や投げ技が注目されることあるもんな。
アルゼンチンバックブリーカーとか。
落語家さんがとにかく言われるのが
歌舞伎を見ろ!
だそうで。
九州まで四谷怪談の歌舞伎を見に行く顛末を先ず聞かせたうえで、さあ、ふたつ目の演目はというと…
夏だし怪談噺
または
東海地方が舞台の古典落語
さあ、どっち!
と。私としては怪談が気になったけど、やはりというか地元の話をきかせてもらえることに。
名古屋の熱田から桑名までの渡し船の話。
地名の本とか、古い地図なんか読むとやっぱり今よりずっと海が広く近かった時代。
渡し船の身近さ、重要性が今とは段違いで。
そこで巻き起こる騒動と顛末。
だんだんスピードが増して、ドライブがかかってくる感じ。
牧歌的といえばそうだし、残酷といえば残酷な時代の情景を切り取ったような。
聞いているうちに自分たちも江戸時代の渡し船の上に乗せられて、話の波間をプカプカ漂ってゆく。
そしてふっと、現代に引き戻されると話が終わっている。
一件落着にオチがつく平和なお話だった。
終演後すかさずお声掛けさせていただき、着物と同じ柄のクリアファイルを購入。
なんと鉄道標識が散りばめられている。
私も北野桝塚、大門、中岡崎駅などには縁があったので、そんな話も…北野桝塚駅を降りたとこのミニストップの話を常滑市のお店でするとは。世の中は狭い。
この日は嬉しいことにカレーの販売もあり、コーヒーもおかわり出来てお腹もいっぱい。
満足して家路につきました。
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