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ミュースカイ乗ったら思い出した、即席ニホンゴ教室。

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あっ!オレ、ミュースカイ乗ったことねえや!

と思って乗って来ました。
豊橋から一路、名古屋へ。
神宮前で乗り換えだって?
ちょっとでも長く乗りたかった。

けど昼間の時間は名古屋発だか名古屋行だかしかなくて、仕方がないので名古屋~中部国際空港を往復することに。
別に用は無い。
なので、行きも帰りも乗るだけだ。
他の乗客は皆、大荷物だ。そりゃそうだ海外旅行だもの。
デカいトランクを引きずったり、リュックサックを背負ったり、デカいトランクを引きずったり、キャリーバッグをガラゴロ鳴らしたり、デカいトランクを引きずったりデカいトランクやデカいトランクを引きずったりしている。旅行鞄のことをロクに知らないのでこうなる。

空港に着いても、別に目的は無い。
飛行機を見ようかと思ってデッキに行ってみるが、雨が降って来たのでスゴスゴと建物に戻った。第1ターミナルでは日中友好45周年、錦秋のつどい、というのをやっていた。
錦秋のつどいは賛成だが緊縮の財政は勘弁してほしいな。

ちょうど昼時でどこもかしこも混雑している。日曜日だしな。
帰りのミュースカイは日本語より他所様の言葉のほうが圧倒的に多くて、自分がドコに居るんだかわからなくなってとても楽しかった。

電車の中で大声で話すのはきっとどこの国でもマナー違反だろうが、耳慣れたニホンゴでべらべらと聞きたくもない知らない奴等のうわさ話や法事の愚痴、自分の認められない頑張り、みたいなのを後ろの席から流し込まれるぐらいなら、ハングル語やポルトガル語や聞いたことも無い国の言葉のが断然マシだ。聞き取れたら耳触りかもしれないが。

そういえば私がメキシコに渡って、また帰って来ちゃった2005年当時は愛・地球博が絶賛開催中だった。私も当時お付き合いしてた人が行きたいというので一緒に行った。リニモに乗りたくて。意外と遅いし、ガタコン音はするし、井上陽水の歌よろしくスシ詰めだしロクなもんじゃねえな、と思った。その彼女も名古屋駅に着くなり大行列の宝くじ売り場に並ぶと言い出して、思えばあの時点で早くも結構なご機嫌斜めモードになった私(バクチも嫌いだし行列も大嫌いだし人混みは戦争の次に嫌い)と、無邪気なあの人との間には隙間風が吹いていたな…別に並びたきゃ並ばせてサテンでお茶でも飲んでればよかったのだが、一緒に居たいとは思っていたのだ。若かったね。

愛・地球博自体も、まあ見たっちゃ見たけどどこも大混雑で人間なんか腐るほど見れたし、昼飯も何処にも入れなくて、愛想も無ければうまくも無いクッチャクチャの高いミートスパを適当なバイトのあんちゃんに放り出されるように手渡され、座る場所もないフードコートの白い屋根の下でモチョモチョ食った覚えしかない。

私の中で愛・地球博は、このまま5代目だか6代目のバルタン星人にでも見せてやれば良かった、と思うような代物だった。
が、その愛・地球博に、はるばるメキシコから仕事に行くのだという家族連れと帰りの飛行機で一緒になった。

3人掛けの窓際におばあちゃん。真ん中がその娘さん。通路側が私。
で通路を挟んでその隣が、娘さんの旦那さん。
なんで!!?
por qué???
チケットを取ってくれたのが堀口ひろみ先輩だったのだが、今どうなさっているやら…。

で、このおばあちゃん。何故か私をエライ可愛がってくれた。
ニホンジンの太ったガキが珍しいのか、結構コワイが根はやさしい人なのか、オマケに海外旅行でテンションが上がり、早くもセルベッサで出来上がっていたからなのか。
たぶん全部だ。
窓際から娘さんを挟んで私に指令や質問が飛ぶ。
(機内食の和食を見て)「サノ、コレはナンだ!?」
(カラになったビールの缶をフリフリしながら)「サノ、セルベッサだ!」
(急にニホンゴに興味を持ってくれたのか)「サノ、ニホンゴの挨拶ってのは、なんていうんだ!」
おかげで帰りのフライトでは殆ど退屈せずに過ごしていた。
私の日本語、片言の英語、なんとか聞き取れる程度のスペイン語。
娘さんの英語とスペイン語、さらに片言の日本語。
おばあちゃんのスペイン語。
3か国語が入り乱れる同時通訳をこなす娘さんの優秀さ、そりゃ呼ばれるわと言わんばかりの達者ぶりであった。

まず簡単で実用的なところから。字で読むとおばあちゃんは横柄に見えるかも知れないが、実際のところはちゃんとお礼も言ってくれるし、最初こそムスっとした顔に見えたが別に不機嫌なんじゃなく(日本はおろか海外旅行も初めてで緊張してたらしい)、メシやビールがお気に召すとニコニコしていた。そこで、
「サノ。グラシアス!」
と度々言ってくれるうちに、ふと
「サノ、ニホンゴでグラシアスは何て言うんだ?」
となる。これは簡単だ。私がおばあちゃんにビール(スペイン語でセルベッサという)を手渡してあげるジェスチャーをして、「ア・リ・ガ・ト・ウ」「アリガートー」「si.si.アリガトウ!」「アリガトウ!」
即席ニホンゴ教室の一丁あがりだ。
こうやってひとつずつ、「ゴメンナサイ」「オハヨウ」「サヨナラ」「イチ、ニ、サン、ヨン……」と進んでいく。が、ひとつ難問にぶつかった。
「じゃあコレは!?」
と満を持しておばあちゃんが取り出したのは、セルベッサ。つまりビールである。
「エステ、ビール!」
これはビールだ、というが、納得してくれない。違う!とまで言われてしまう。
困っていると娘さんが助け舟を出してくれた。
「ビール(Beer)はハポンでもビアーなのよ。だからこれはビアーでいいのよ」
というのだが、酔いも手伝ってかおばあちゃん「それはエングレッサだ!ニホンゴではなんというのだ!?」と言って聞かない。二人して困っていたのだが、ふと思いついて
「字で書くと、こうだ!」
と、手近な紙切れに「麦酒(Cerveza)」と書いて見せたところ
「オー!」
と大喜び。よかった。漢字、それは東洋の神秘。

椎名誠さんが昔、パタゴニアを旅した際にチリ軍の軍艦に乗せてもらい、その時に乗組員の名前を漢字で書いたら大ウケだったというエピソードを読んでおいてよかった。

なんのかんの言っているうちに私は成田空港で降りることになり、一家は中部国際空港まで行くという。……私も中部国際空港のが断然近いのだが、いったん降りる。
空港のゲートで出迎えてくれた母は、笑顔で待っていてくれた。
そしてたった今、起こったばかりの出来事を成田エクスプレスで聞いてくれた。
話し終わると急に、車窓に広がる風景がにじんでぼやけて、母の顔もわからないぐらいになった。ゴーグルもつけずにプールに潜ったみたいだ。
泣きじゃくる私に母は、
「だけど今にまた、プロレスの時代が来るよ。アンタはその時までプロレス、好きでいなさいよ」
と言った。

随分と遠回りをしたが、プロレスは確かに息を吹き返した。
そして私も、まだ元気でプロレスが好きだ。
中部国際空港に降り立った、あの一家のことを、太田川に近づくミュースカイの座席でぼんやりと思い出していた。

周りで聞こえて来た異国語のなかに、スペイン語は混じっていなかっただろうか。
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