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低い空

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 低い空。同じ空。繰り返す文(ふみ)と便り。さざ波のように寄せては返す言葉の連なりがやがて運んでくる気持ちは一体どんな色をしていて、どんな形で表せばいいのか。
 夏の終わりの、良く晴れた何でもない日を妙に覚えているように。
 君の紡いだ何気ない言葉を運ぶ端末の籠に閉じ込めた青い鳥。遠い街。繰り返す君の声に、荒波に飲まれて揺れて揺れて、やがて運ばれてゆく砂浜は一体どんな色をしていて、どんなたとえで伝えればいいのか。

 黒く豊かな長髪に包まれた丸く深い漆黒の瞳とツヤツヤした唇。おとがいの線がきれいで、虚ろで儚げな表情が良く似合う。
 内なる世界、つまり心の奥で渦巻く気持ちや記憶から湧き上がる言葉たちを、君だけの詩にして、句にして、物語にして紡いでゆくため、錬金術の触媒みたいに文学や映画や、歩き回り触れ合うことの出来る外の世界そのものを取り込んで生きてゆく。

 解放と固執、美醜とプライド、恋愛と粘膜。
 相反する事柄を胸に抱えていることを誰にも話せず、語らず、息をひそめている君。そのお人形のように白く、陶磁器のように冷たくつるりとして見える素肌……顔と手と、首筋くらいまでしか見えないその外気とぬくもりの最後の一線に触れてみたい。
 そう言われたらうれしい、と意外なほどに喜んでくれた君のことを、どれだけ滅茶苦茶に出来るだろうか。どんなに好き放題、愛することが出来るだろうか。
 小高い丘にも、深い茂みにも、まだ誰も足を踏み入れていない最後の楽園に残された愛の巣箱を満たしてしまいたい。壊したり傷つけたり辛い思いをさせたりしたいわけでは決して無い。ただ結果そうなってしまったとしても、僕は僕が悔やまないためだけに、君に恨まれても構わないと、僅かでも思ってしまったのだ。

 悔やまぬように、恨まれぬように、粋な別れを浮かべて生きてられたらどれほど素敵か。いつもグズグズと肉色の沼に沈み込み、欲に溺れて生きて来た僕に君の無垢で虚ろな微笑は儚すぎた。勝手に美しく祭り上げ、勝手に可愛いと囃し立て、勝手にギャップを感じて身悶える。通り一遍の安上がりな盛り上がり方をしては、お約束の結末を迎える。
 君との出会いをそんな風にしたくない。だけど、君の全てが欲しいし見たい。

 身勝手で下世話な懊悩を抱えて、僕は君に便りを返す。
 窓の外は低い空。君の部屋と同じ空。返事を待つ文と便り。昂る気持ちを押し殺して紡ぐ言葉の連なりがやがて辿り着く砂浜は一体どんな結末を見て、どんな顔で君に会えるのか。
 君と砂浜と低い空。鈍色(にびいろ)をした海と空。
 
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