上 下
986 / 1,301

第915回。真夏の給与明細

しおりを挟む
大したことじゃないと思ってても、やっぱりイザ自分がやらないとなると
よくあんなことやってたな
と思う。
新しく私の後に入った人に色々と作業の流れやお客の場所などを覚えて貰い、少しずつ仕事をこなしてもらっている。覚えよう、動こうとしてくれているし、私よりずっと年上なのにいつも敬語できちんと接してくれる人だということがわかり、私も心を開きはじめた。だけどまだ、やっぱりあんまり余計な事は言わないように気を付けなくちゃいけない。私は辞めちゃう人間だから何がどうでももう構わないけど、その、私がそんな風な考えになる会社と仕事にこの人は今から取り組むことになるからだ。なるべくイヤなことは言わないようにしたいが、事実を事実として淡々と話せば話すほどなんだか暗く冷たい話になりそうで。結局黙っていることが多い。元々は話好きな性分だが、何しろ毎日疲れてしまっている。どうにもエンジンがかからず、不完全燃焼のまま日々を過ごしている。
思えば最近の休みは月に4日くらい。日曜日だけ、という月が一年の半分くらいある。少なくとも三分の一は確実にある。それ以外にも、朝は毎日早出して1時間半か2時間は早く始めている。5時には起きて6時半には会社に着く。日がな一日走り回って、重たいものを幾つも運んでは積み下ろす。
混み合う道をチンタラ進んで家に帰って風呂と食事を済ませたらもう20時近い。
何もする気が起きない。
ヒマでヒマで仕方がない日も確かにある、半端にヒマなときもある。だけどそれ以上に、夕方から確実に定時退社出来ない時間に注文が来て配達に出たり、イレギュラー対応に追われる日の方が多い。

きっと私のしていることなんて大した仕事じゃないだろう。自分で自分の事をわかっているつもりの私が十年近く続いた業種なのだから。そして何よりそう思うのは、会社の他の連中が絶対に私のやっていることを
あんなもん大したことない
あんな奴大したことしてない
と言っているに決まっているからだ。
私に向かって
「そんなのは誰々にやらせておけばいい」
という人が、果たしてその誰々さんの前で
「そんなこと佐野にやらせておけばいい」
と言ってないわけがないじゃないか。私は少なくとも他人に対してそこまで思ったことは無いし、真意はどうあれそういう言い方はしたくない、幾ら好きな会社じゃない、好き好んでやってる仕事じゃないとはいえしてこなかったつもりだ。
陰口を言うのも陰日向があるのも別に当たり前だしそれ自体はどうでもいいが、じゃあ自分の前で誰かの事を言うこの人が、その誰かの前で私の事を言ってないわけがないのだ。そういう小さな不信感と日々の疲労が少しずつ積もり積もって今日がある。創作意欲も、まとまったお話も、元々そんなにゴボゴボ湧いてるタイプの人間じゃないが、すっかり枯れかけていた。ぬるま湯のようなぬかるみは、ある意味で地獄だった。地獄の中じゃ最低級だろうが、やっぱり立派な地獄だった。効能が違うだけで、温泉も地獄も同じことだ。入ってればそのうち結果として何かが変わる。
職業に貴賤は無い、とはいうものの、好きでやれてたり頑張れていたり、そういう仕事があるのは幸せなことだとは思う。
忙しいのがいいことだったとき、働けることが幸せだったとき、働けば働くほど仕事が楽しく給料が沢山になってたとき、というのはすべて過去の事になった。働き方改革なんてのはよくわからないけど、20年前に出来た20年前でも時代遅れなまま20年前から止まったままの田舎の会社勤めにはまだまだ無縁な話。
仕事に対する考え方や日常生活の送り方、あらゆる常識や感覚が全然違っていて、それをわかってもらえたり尊重してもらえることもあるけど、大前提になる常識とか観念みたいのが全然違うのでどこかで何かがズレてくる。そのズレが寂しかったりしんどかったりする時期は随分前に終わった気がする。
まあいいか、どうだって
まあそんなもんだろ
と思うようになった。これを青臭く否定されるとカチンとくるくらいには、私もまだ短気だ。オトナじゃない。だけど、じゃあアツくなりたいかと言われればそんなこともなくなった。正直頑張ってたと思う。盆暮れ正月ゴールデンウィーク、祝日と日直が交代で出勤する日以外の土曜日は全部仕事した。だけど給料は上がらなかったし小遣いは足りないままだった。体重は増えた。ストーブの中に妖精がいるのが見える。おたふく風邪にかかったような顔をしているがかなり可愛く、キャラキャラした耳障りな声で歌い、クルクルトコトコ踊る。いつかそのストーブの中のステージに上がってみたいと思っていた。
仕事を増やしても小遣いは増えなかった。生活はちっとも楽じゃない。
だけど仕事を減らして休んでも電話はかかってくるし給料は減る。前にいた会社でもらってた額よりも5万円近く下がり、時間外労働はそれでも20時間していた。5年いて、時間外労働だってして、その額かと。時間外労働で言えばホントはもっとしているが計上されていない分が存在する。タイムカードもないから立証出来るのかも怪しい。そもそもタイムカードも無いってのがダメなんじゃねえの、とも思うが、そういう諸々を暴いたりチクったりする手間を割いてお金をもらったとして、手数料とか差し引いて満足するような額なのかもわからない。
どっちにしろ、積んでたんだ。今の生活は。だからグジグジ言う前に新しいことを始めよう、と思ったのは間違ってなかったと思う。何をどう後悔しても戻りたいとは思わない、と、思う。だから今、辞めるまでのこの給与明細のことはなるべく忘れないようにしていたいと思う。
悔しかったり虚しかったりしたことだけでも、心の奥底にしっかり残して。
明るく楽しく新しく根に持って行こうと思う。私みたいな性格の人間には、そのぐらいがちょうどいいんだ。そしてそういう性格では、この会社は合わなかった。それだけのことだし、それがわかったうえで税金やら年金やら払えと言われるものは払ってられたのだから、まあ、ヨシとするフリをする。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

カクヨムでアカウント抹消されました。

たかつき
エッセイ・ノンフィクション
カクヨムでアカウント抹消された話。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

処理中です...